第34話『能力の進化』
「えーっと、新衣装ってどんなのがいいんだろ?」
「イロハちゃんはどんな幼女が好き?」
「幼女限定!? わたしはむしろ、長身でモデル体型のお姉さんが――」
「ダメです」
「ですよねー」
それからふたりでいくらかアイデアを出しあった。
加えて、お仕事を依頼するやりかたも学ぶことになった。
最初の2Dモデルはあー姉ぇが依頼から納品受け取りから支払いまですべてやってくれた。
しかし「いい機会だし、今回は自分でやってみよっか」とのこと。
立ち会ってはくれるらしいので、そこまで心配もいらないだろうが……。
と、そんなことを考えているとあー姉ぇが「そういえば」と口を開く。
「近々、あちこちの国のVTuberとコラボするんだよね?」
「成り行きといいますか、スパチャのおかげといいますか」
「ちがうちがう、怒ってるんじゃないよ。むしろうれしいの。イロハちゃんがついに自発的に、ほかのVTuberと接しはじめてくれたんだなーって」
「それは、なんというか。ファンとしてだけじゃなく、VTuberとしての活動もちょっと楽しさがわかってきたというか。やることがわかってきたというか。もちろん一線は引くけれどね」
「ふふっ、そっかー。……そっか、そっかぁ~!」
ニマァ~、と笑みを浮かべてこちらを見てくる。
俺は「うっとうしい」とあー姉ぇの顔を押しのけた。
立ち上がり、逃げるかのようにドアノブに手をかける。
「ふふっ、どこ行くの?」
「マイにさっきのお願いしてくる!」
後ろ手に勢いよく扉を閉めた。
あーくそっ、顔が熱い。
* * *
「――って感じに、今後のスケジュールはなってまーす」
>>すごいよなこの国際感
>>ここまで多国籍にコラボしてるVTuberはほかにいないよね(米)
>>こんなやつがゴロゴロいてたまるかwww
俺は配信で今後の予定を公開していた。
宣伝が半分。俺自身も配信の頻度が多くなって漏れがないか心配になったので、視聴者にダブルチェックしてもらおうというのが半分。
そろそろ配信を終えるかなーと思ったとき。
ふと、1件のスーパーチャットが目に留まった。
>>¥1,680 どうしたらイロハちゃんのように外国語をいくつも覚えられますか? ぼくは外国語がすごく苦手で英語すら覚えられません。学校のテストでもいつも赤点を取ってしまいます。
「英語……英語の覚えかた、かぁ」
>>俺も知りたい
>>外国語ほんと苦手
>>日本は島国だから外国語を覚える能力がそもそも低いんだよ
俺の場合、チートじみた言語能力の影響で、覚えること自体は一目で済んでしまう。
そのせいか覚えかたを説明するのは苦手だ。
言語そのものについてや、その特徴、ほかの言語とのちがいについては話すこともできるのだが。
しかし、そんな中でも外国語のインプットを繰り返しているうちに、俺自身なにかを掴みかけていた。セオリーとでもいえばいいのだろうか?
もっとわかりやすく言うなら――。
――能力が”成長”している。
一言語あたりの習得にかかる時間が、あきらかに短くなってきている。
もちろん習得する言語にもよるが。
自覚したのはウクライナ語を短期間で覚えたあたりから。
イギリス英語なんてそれこそあっという間だった。
「わかった。じゃあ、”なぜ日本人は英語を覚えるのが苦手なのか?” わたしなりの解釈でよければ話してみるね。もしかすると”英語の覚えかた”ってのとは話がちょっとズレちゃうかもだけど」
>>よっ、待ってました!
>>ええんやで
>>イロハちゃんのそういう話が聞きたくて配信見てるまである
「え~っと、では……こほん。お耳を拝借」
俺は緊張とともにゆっくりと口を開いた。
「なぜ日本人は英語を覚えるのが苦手なのか? 理由はいろいろ考えられると思う」
俺は頭の中で考えをまとめつつ言葉を紡ぐ。
あくまで持論なので正確性は保証できないが……。
「一番はやっぱり”必要性”だと思う。さっきコメントでもあったけれど、日本で生活しているかぎり、日本語以外が必要な場面ってほとんどないから。使わないなら覚える必要もない。けど、じつはこれって日本にかぎった話じゃないんだよね」
>>そうなんか?
>>けど外国人はみんな第二言語持ってるイメージある
>>みんな英語使えるくない?
「たしかに英語をネイティブと同じくらい話せる国も多いね。けど、逆に英語圏はどうだと思う? たとえばアメリカだと、むしろ日本よりも第二言語の習得に対してネガティブだったりする。理由はさっきと同じ――必要がないから」
俺は「もちろんそれがすべてではないだろうけど」とつけ足しておく。
アメリカ人には「英語こそが世界共通語だ」と考える人も多い。そして実際あながち間違っていないと思う。
「逆に、必要性にかられて英語を学んでいる国も存在する。たとえばこれはインドで実際にあった話なんだけれど……」
インドはとても巨大な国だ。
人口は14億人と中国に匹敵するほど。
地球上に人口の重心を取ればインドの北部になるほど。
「インドはその人口に見合って言語数もめちゃくちゃ多い。じつに200以上とも言われてる。同じインド人同士でも、言葉が通じないのはよくある話」
だから学校で教育を行おうとしたとき、困ったことになった。
そもそも言葉が通じないのだ。
これでは教育以前のお話。
「言語を勉強するのではなく、まずは勉強するために言語が必要になった」
服を買い行くための服がない、みたいな。
まるでジョークみたいなことだが、そんな問題が実際に起こったのだ。