第8話『デビューとインタビュー』
「本日は、新人VTuberとしてデビューしたイロハちゃんに来てもらいました~! わー、ぱちぱち!」
「ど、どうもー。”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす。うわ~、まだこのあいさつ言いなれない! 恥ずかしい……」
「そんなことないヨっ、かわいいヨっ☆」
「あ、はい」
>>塩対応で草
>>アネゴにだけそっけないのいつみても草
>>ダウナー幼女はぁはぁ
「あれ? イロハちゃんいつもよりよそよそしくない? と思ったそこのキミィ! 鋭い! じつは来てもらったといいつつ、いつもより物理的に距離が遠いんだよ姉ぇ~」
>>いや、塩対応はいつも通りだぞ
>>現実見なアネゴ?
>>アネゴ相変わらず強メンタルすぎるwww
俺はあー姉ぇに買ってもらったデスクトップパソコンに向き合っていた。
画面内にはふたりのVTuberが並んでおり、その端には視聴者のコメントがすごい勢いで流れていた。
ひとりは
そして、もうひとりが俺こと”翻訳少女イロハ”だ。
デザインはほとんどデビュー前と変わらず。
いや、むしろ前よりロリ感がちょっと増してない? 中身が成人男性なだけに複雑な感情ががが。
「今までは物理的に家に来てもらってたんだけど、今日は配信機材の問題もあってそれぞれの自宅から配信してるんだよ姉ぇ~。イェ〜イ、イロハちゃん見ってるぅ〜?」
あー姉ぇはいつもどおりだ。
だが正直、俺は脳みそがパンクしそうだった。
会話に、コメントチェックに、配信ソフトの操作。
脳みそが3つ欲しいぞこれ!?
「さてさて、ではさっそくイロハちゃんへの質問コーナ〜! 事前にもらっていたマッシュマロや、トゥイッターのハッシュタグトゥイート、配信内のコメントから質問を拾ったり拾わなかったりしていくぜ!」
>>待ってました!
>>拾わなかったりするなw
>>ちゃんと拾えwww
「えーまず、最初の質問は――」
そこから先は質問と回答がテンポよく、はないが続いていった。
なにせ質問者があー姉ぇなのだ。話が脱線する、脱線する。
「イロハちゃんってハーフ? それともアメリカ系日本人? はたまた日本系アメリカ人? ……なんたら系ってなに? どゆイミ?」
「純日本人です」
「ちがうよ天使だよ?」
「なんであー姉ぇが答えんだよ」
とか。
「英語以外にも話せるの?」
「フランス語と中国語はちょっとだけ(前世の大学の授業で)勉強したけど、どうだろ? 試したことないや」
「ちなみにあたしは日本語もあんまわかん姉ぇー!」
「知ってる」
とか。
「小学生ってガチなの? ガチならギフテッドなのでは?」
「いや、ちがうと思う。検査受けたわけじゃないけど、ぶっちゃけ勉強は人並みというか」
「こう言ってるイロハちゃんですが、VTuberデビューに反対する親を、小学校のテストでオール満点取って黙らせてました! あたし見ました!」
>>マジ?
>>すげぇ
>>苦手とは???
>>俺、社会とか小学校の時点で挫折したんだが
>>小学校なら余裕だろ
>>小学校とはいえ全部は普通にすごくね?
とか。
……そして、次が一番しんどかった質問で。
「英語の曲を歌ってみて」
「英語で歌!? って、ちょっと待て。それ質問か!? ていうか、聞いてないんだけど!? あー姉ぇ、事前の台本に書いてないよねソレ!?」
>>台本www
>>台本って言うなw
>>ぶっちゃけててワロタ
「あ、うん! おもしろそーだったからあたしが今、採用しちゃった! じゃあ今からあたしの曲を流すから、英語に翻訳しながら歌ってみよっか!」
「へ!?」
>>鬼畜で草
>>もとから英語の曲を使えばいいのでは???
>>本業でもわりとキツくね?
「イロハちゃんあたしの曲わかる?」
「そりゃ、あー姉ぇはわたしの推しだし」
>>エモい
>>これはてぇてぇ
>>だというのにこのアネゴは
「じゃあ大丈夫! できるできるっ!」
ムチャ振りにもほどがあるぞ!?
しかしコメント欄はすでに大盛り上がり。もはや引き下がれない。
「よしじゃあ再生!」
ええい、ままよ! と俺は挑んだ。
得意なわけではないが、推しの曲だ。それなりの数を歌ってきている。
頭が沸騰しそうだった。そんな中で、俺は全力を尽くした。
結果は――。
>>これは、どうなんだ?
>>なんというか彼女の歌は個性的だね(米)
>>なぜ笑うんだい? 彼女の英語は完璧だったよ(米)
コメント欄がざわついていた。英語で歌ったからか、英語圏からのコメントが増えていた。
それらをあー姉ぇがぶった切った。
「イロハちゃんめっちゃオンチで草」
「お前ぇ〜!?」
「はっはっは。今日は画面越しだから掴みかかれないもん姉ぇ~、怖くないよ~っだ」
「配信終わったあと家行くから覚えてろよ」
「あっ」
>>これは残念でもなく当然
>>うちのアネゴがいつもすいません
>>草
しかし、我ながら本当にオンチだったな。
翻訳はスムーズだったのだが、リズムと音程がバラバラ。
例えるならそう――読み上げソフトに歌詞を突っ込んだ、みたいな?
あれー? おっかしーな。
たしかに元から歌はウマくないけど、ここまで酷くはなかったはず。
「え~、あ~。で、でもみんな翻訳は完璧だったって言ってるよ? ほらっ、できるって言ったでしょ! どうよみんなウチの子すごいでしょ!」
>>なんでアネゴがエラそうなんだよwww
>>お前んちの子でもねーだろw
>>フルボッコで草
「おーっと、盛り上がってるとこ悪いけどそろそろ時間だな〜!? イロハちゃんの親御さんも見てるらしいし、監督者としては責任を問われる前に切り上げないと」
>>逃げたw
>>逃げたなwww
>>おい逃げんな!www
「イロハちゃんのチャンネルはこれ、トゥイッターはこれ。この動画の概要欄にも貼ってあるからみんなチャンネル登録、フォローしてあげて姉ぇ~っ☆」
「あと、このあと20時から自己紹介動画も公開予定なので、よかったら見に来てくださーい」
「お前ら絶対に見ろよ~! それじゃあ、本日はご視聴ありがとうございました。”まった姉ぇ〜っ☆”」
「”おつかれ~た~、ありげ~た~”」
言いなれてきた締めのあいさつをして配信を閉じる。
大丈夫だよな? ちゃんと配信切れてるよな? ……よし。
ふぅ、と息を吐いた。
やがて、時計の針が20時をまわる。
予約投稿の自己紹介動画と、宣伝用トゥイートが発信された。
それをあー姉ぇやあんぐおーぐ、これまでコラボしたVTuberたちがリトゥイートしてくれたり、お祝いトゥイートをくれたりする。
リトゥイート数、いいね数がうなぎ上りに増えていく。
自己紹介動画に次々とコメントがついていく。
今回のコラボ配信と自己紹介動画も切り抜きが作られ、爆発的に『イロハ』という存在が拡散されていく。
チャンネル登録者はたった1日で1万人を超え、さらに伸び続けた。