第26話 運命というのは待ってはくれない
告白を受けてから少し経つも、ラルフは相変わらず態度を変えることはなく、いつもと変わらなかった。返事の催促をすることもなくてその話題を出すこともしない。
シェリルは返事をしたかったけれどまだ迷っていた。ラルフは気持ちが固まるまで待ってくれるつもりのようで、だから答えてあげたかった。でも、自分の気持ちがよく分からなくなっていた。
そうやって自分の心に問いかけながら家事をこなした昼過ぎた頃だ。少し出ていくと言ってラルフは馬に乗って出ていった。彼がそうやって出かけいくのはよくあったので、シェリルはいってらっしゃいと見送る。
調理場で食料棚の整理をしながらぼんやりと考える、彼のことを自身はどう想っているのだろうかと。
ラルフは優しくて、気遣いのできる良い人だ。気分転換にと城下に連れて行ってくれて、美味しいケーキを食べて、他愛のない話をして、泣いていれば励ましてくれた。いつまででも此処にいるといいと言ってくれて、好きか嫌いかならば、好きだ。
あぁ、でも彼と離れることになるとしたら悲しいなと思う。だってラルフと一緒にいたこのなんでもない日々というのが好きだった。これが恋だというのなら、きっと自分はと心が答えるように鳴ってシェリルは胸を押さえた。
こんこんと玄関の扉がノックされて意識を戻したシェリルは返事をする。食料棚を閉めて玄関まで向かい扉を開けて――固まった。
玄関の前には特徴的な黒服をぴしりと着こなす複数人の男が立っていた。人間であるのは獣耳がないことですぐにわかる。そもそも、その黒服に見覚えがあったので人間であるのはそれだけで見分けがついた。
「此処にいましたか、シェリルお嬢様」
一人の男がやっと見つけたといったふうに息をつき、シェリルの身体は震え上がっていた。とうとう見つかってしまったのだ、いずれは見つかると思っていたがそれでも早く感じた。
がくがくと震える身体など気に留めずに男は告げる。
「フィランダー様がお探しです、ご両親も心配なさっています。私共に着いてきてくださいますね?」
有無を言わさないその言葉にシェリルは逃げられないのだと理解しする。断ることを、拒絶することを彼らは認めない、それほどの圧を放っていた。
嫌だと声を上げたかったけれどシェリルは堪えた。どんなに泣き喚いたところで彼らは無理矢理にでも引き摺ってでも連れ帰るつもりだ、無駄なことはしたくなかった。
涙を流しながら頷くと彼らは「ではこちらに」と促すそこには複数の馬が待機していた。あの馬に乗って馬車を待たせているところまで行くらしい。シェリルは促されるがままに着いて行こうとして足を止めた。
「あの」
「なんでしょうか?」
「その、此処に住まわせてくださった方にお別れを言いたいの。だから、お手紙を残させてくれないかしら?」
震える声でシェリルは頼む、ラルフに黙って出て行くことはできなかった。せめて、別れの言葉と返事を伝えたかった。
男たちは顔を見合わせてから「すぐに済ませるのならば」と条件をつけてそれを了承してくれた。シェリルは部屋へと向かい、紙と羽根ペン、インクを持ってテーブルへと置いて筆を走らせた。
(ごめんなさい、ラルフさん)
アナタの気持ちには答えられそうにない、溢れる涙を拭いながらシェリルは想いを綴った。
***
夕方を過ぎた頃、ラルフは家へと戻ってきた。玄関を開けていつものように食卓の方へと向かうがシェリルの姿が見えない。いつもなら彼女はここで夕飯の支度をしているはずだ。
不審に思ったラルフはふと、テーブルの上に紙が置かれていることに気がついてそれを手にするとラルフは眉を寄せる。
【ラルフさん
突然でごめんさい。私を探していた方々の迎えがやってきました。私は彼らに着いていくしかありません。拒否権など、私にはないのです。
ラルフさん、私は言わなければならないことがあるの。私はエイルーン国の公爵家の娘、シェリル・アルカードーレ。エイルーン国第三王子の元婚約者です。彼の愛した女性を手に入れるために利用された哀れな女です。
私がこの国に来た理由を話しますね。いわれのない罪を着せられて、好きでもない男の元へと嫁がなくてはならなくなって、何もかも嫌になって逃げ出したのです。両親も誰も無実の罪だなんて信じてくれませんでした。誰も助けてはくれず、結婚は避けられないことでしょう。
証拠がないのですから。けれど、それでも構いません。私はもう考えるのはやめたのです。帰りたくない気持ちはありますけれど、彼らはそれを許してはくれません。それにアナタに迷惑はかけたくないの。
私は国に帰り、フィランダー公爵の元へと向かいます。短い間でしたけれど、とても楽しい日々でした。ユラさんやヴィルスさんと、ラルフさんに出会えて本当によかった。
お世話になりました、今までありがとうございます。
それらか、お返事が遅くなってしまってごめんなさい。あの時の返事を手紙でになってしまうことを許してください。私はきっとアナタが好きでした。
シェリル】
ラルフは読み終えたその紙を握りしめた。少し遅かった、いや、少しどころではない、もっと早く動いていれば、決断していればよかった。
ラルフは唇を噛む、後悔しても遅かった。これは臆病になった自身のせいだとぎゅっと拳を握って金色の瞳を鋭く光らせる。
「待っていろ、シェリル」
ラルフは紙を仕舞うと家を飛び出した。