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第23話 やはり、上手くいくものではなかったのだ


 次の日の朝、シェリルは何度も鏡を見て確認する。人間の耳が見えないように髪の毛とカチューシャで隠して、獣耳を強調させるように位置を調整する。うん、これならば大丈夫だ。そう何度もいい聞かせてから部屋を出た。

 すでに玄関先で馬を連れて待っていたラルフが「丁度、来たぞ」と指さした。馬に乗ったヴィルスとユラだ。「おっはよー」とユラが元気よく挨拶をしたので、「おはよう」と返せば彼女はよし行こうとテンション高めだ。

 ユラのテンションに引っ張られながらシェリルはラルフに馬に乗せてもらう。すると彼がじっと見つめてきたのでどうしたのだろうかと、首を傾げれば「やはり似合っているな」と小さく笑われた。

 そんなにこの耳は似合っているのだろうか、シェリルの不思議そうな顔にラルフはまた笑うと馬を走らせた。

          * 
 
 城下へ到着してこの前、訪れた表通りのカフェへと向かうと、ユラは「待ってました!」と食べたかったであろうケーキと果実水を注文した。シェリルはクレプのタルトと紅茶を、ヴィルスとラルフは飲み物だけ頼んでいた。

 人は多かったけれどテラス席が空いていたのでそこへ四人は腰を下ろした。早速とばかりにケーキを食べるユラは幸せそうで、これだよこれとテンションが上がっている。シェリルも久しぶりに食べるクレプのタルトに舌鼓を打った。


「やっぱりこれ美味しいぃ」
「よくそんな甘いもの食えるなぁ」
「お兄には分からないのだよ、この美味しさが!」


 甘党というわけではないヴィルスにはお菓子を好んで食べる趣向というのが理解できないようだ。美味しそうに食べる妹を「よく食べたもんだな」といったふうに眺めている。

 ユラはお菓子が大好きらしく、特に甘いものを好むらしい。彼女が頼んだケーキはフルーツがたくさんのっている。果実の甘さとケーキの甘さが絶妙だとユラはにこにこしながら食べていた。


「満足したか?」
「満足だよ! もっと食べたいけどね!」


 まだ食べる気かとヴィルスは呆れる。ユラはあと二つは食べれるとキリッとした表情を見せた。ヴィルスに「そんな顔をしても買わないぞ」と言われて、「そんな~」とユラは眉を下げる。


「シェリルも美味しいか」
「えぇ、美味しいですよ!」


 ラルフにそう問われたシェリルは頬を綻ばせながら答える。やはり、クレプのタルトは美味しい。生の果実ももっちもちの食感で美味しかったのだが、タルトにするともっと美味しくて、この甘さがなんとも言えない。

 そうやってケーキを食べてユラたちと会話をしながら、なんとなしに外を見てシェリルは思わず顔を背けた。少し先に特徴的な黒服を着た人間の男が数人、人混みのかで何か話しているのが見えた。あの黒服には見覚えがあるフィランダー公爵の部下たちではなかっただろうか。

 彼の部下たちは特徴的な黒服を着ていたのをシェリルは覚えていた。間違いない、自分は探されているという事実にシェリルは悲鳴を上げそうになった。

 ぐっと出そうになる悲鳴を堪えてシェリルは顔を俯ける黒服の男たちから必死に見えないようにした。そんな彼女を不思議に思ったのか、ユラが「どうしたの?」と問う。


「なんでもないの」


 そう答えるしかない。心なしか手が震えている気がするが、それを誤魔化すようにティーカップを両手で添えて持ち上げた。ラルフはそんなシェリルに気づいたのか周囲を見渡して、彼もまた黒服の人間たちを認識する。

 シェリルが頑なにそちらの方を向かない様子にラルフは自分の座っている位置をさりげなくずらした。それにはシェリルも気がついて目を瞬かせれば彼は何も言わず、なんとも思っていないふうに果実水を飲んでいた。

         ***

 ケーキを食べ終えてカフェを出るとユラはもっと見て回りたいと駄々をこねる。けれど、ラルフが「今日はもう帰るぞ」と強く言うものだから彼女は頬を膨らませながらも諦めた。

 ラルフに手を引かれながらシェリルは俯いてケープで顔を隠す、早くこの表通りを無事に抜けたかった。気づかれませんようにと念じながらラルフに隠れるように歩いていれば、すらりと黒い影は横切った。


「おい、そこの」


 びくりと肩を振るわせる。声をかけられてラルフは立ち止まって振り返ると黒服の男が二人立っていた。間違いない、フィランダー公爵の部下で、これは駄目だとそろりとシェリルはラルフの後ろに隠れる。


「なんだろうか」
「あぁ、その女性なんだが……」
「おい、耳がある」


 隣に立っていた男がひそりと話すと、彼もシェリルの耳に気付いたようだ。彼らには本物の獣耳に見えたようで、人違いだと認識したのかすまないと男は頭を下げる。


「すまない、知り合いに似ていたんだ」
「そうか、もう行っていいか?」
「手間を取らせてしまった」


 男たちはそう言って早足に人混みの中へと消えて行った。姿が見えなくなったのを確認してシェリルは安堵の息を零す、この耳をつけてきてよかったと感謝した。この耳をつけていなければ気づかれていただろう事実に身体がまた震える。

 二人が着いてこないのに気付いてか、ユラが「どうしたのー」と呼ぶ。ラルフは「なんでもない」と答えてちらりとシェリルを見たが、何を言うでもなく握る手を強めて歩き出した。

 シェリルはもう追っ手のことで頭がいっぱいだった。間違いなく自身を探している、顔を見られていたらどうなっていたかと恐怖で身体が震えた。

 フィランダー公爵が探しているのならば、まだ妻にすることを諦めていないのだろうか。もし捕まれば彼の嫁になるのはほぼ決まったようなものだ。あぁ、どうしよう。シェリルは泣きそうになるのを堪えた。

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