他罰と自己正当化に精を出す豚
[入間川高校の学生諸君に告ぐ、我々は黒薔薇党!]
黒薔薇党?なんだそれ?
ハウリングのような雑音の後に男の声が鳴り響く。
どうやら高校の校内放送を使っているようだ。
[我々がここに来た目的はただ一つである。
十文字裕人ことヒロタン、本名風間詩郎の首級を挙げることだ。]
俺の首を取りに来ただと⁉︎
[十文字裕人ことヒロタン、本名風間詩郎は醜く肥えに肥えた男だ。
しかも見た目以上に人間性が酷い。
敢えて言おう、風間詩郎の人間性はカスであると。
人の触れて欲しくない部分に踏み込み、それを嘲笑い、容赦なく蹂躙する。
さらに風間詩郎は自分が不利になった時だけ被害者のように振る舞い、憐れみを乞い弱者を装い、人の善意につけ込み利用する。
それだけではない!
風間詩郎は弱者を気取りながらも、自分よりも弱いと見定めた者達へ何をしてきたか⁉︎
蔑み、たかり、理不尽な暴力を振うという悪逆非道を行ってきた!
イジメ被害を訴えた者がイジメ加害者であるという理不尽。これは許されることなのか?
この男には人の心というものが無いのか?
学生諸君にも風間詩郎の行いに心当たりがあるだろう。
私はここまで下衆な人間を知らない。
風間詩郎は自らを顧みることなく、他罰と自己正当化に精を出す豚だ。
風間詩郎と比べたら、下水道を流れる人糞さえも綺麗に思える。]
「こいつらに俺の何がわかるんだ!」
不意にクロと目が合った。
クロは気不味いとでも言いたげに視線を逸らした。
パリスはいつもの薄笑いを浮かべてやがる。
[そんな史上、類を見ない醜悪なこの男が傲岸不遜にも我々の神である黒薔薇婦人と対等に接し、送迎までさせたのだ!
これは断じて許される所業ではない!
天に唾する悪魔の所業だ!
よって我々は風間詩郎に命をもって償わせることを宣言する!]
そういことか!
黒薔薇党は黒薔薇婦人の狂信者集団ってところか!
どうせこの類いの連中は僻み根性旺盛なもてない奴ら集団だろうよ。
そんな年齢=童貞集団なぞ、俺の敵ではない…
[入間川高校の学生諸君の中にも風間詩郎に苦しめられた者がいるはずだ。
風間に怒る者、我々と志を共に出来る者がいたら、黒薔薇の下に集え!
そして逆賊、風間詩郎とその一味であるブラックファミリーの構成員に天誅を下すのだ!
既に構成員一人を討ち取った。
残すは風間詩郎を含め七人だ。
諸君!正義を実行する時が来た!]
その時、まるで地響きのような歓声が起こった。
これは放送を通じてのものではない。
声が幾重にも重なって鳴り響き、校舎全体を揺らしたのだ。
もしかして皆、この狂信者集団に共感してるのか?
そんな訳はない。
俺はインフルエンサーのヒロタン。
今や俺の高いカリスマ性は他の追随を許さぬほど抜きん出ているはずなのだ!
ふと周りを見回す。
クロも妻殴りもパリスも俺に背を向けている。
榎本と糞平は…、姿が見当たらない。
「おい、みんな。」
呼び掛けたが誰も反応しない。
聞こえなかったのかもしれないから、もう一度、
「おい、みんな。」
誰も反応しない…
明らかに皆、俺を無視している。
何故だ…
黒薔薇党の放送を聞いて、俺に対して何か思うことでもあるというのか?
奴らの言う通り、俺は他罰と自己正当化に精を出す豚だとでも思ってるのか?
醜悪な下衆野郎とでも言いたいのか?
「俺はそんなに……、最低最悪の人間か?」
誰も何も言わない。
俺と視線を合わせようとさえしない。
「俺はそんな奴じゃないよな⁉︎」
「そんな奴じゃないよな⁉︎、な⁉︎」
「そんな奴じゃないと言ってくれよ、な⁉︎、な⁉︎」
目頭が熱くなってきた。
「な⁉︎」
「な⁉︎」
「なーーーっ⁉︎」
誰も何も言わない。
俺が今までしてきたことは何だったのか…
ついさっき急に現れた奴らの演説気取りの言説を信じるのか?
俺たちの絆は、この程度で揺らぐような弱いものだったのか?
「何とか言ってくれ!クロ!栗栖!糞平、妻殴り、若本…じゃなくて榎本っ、さん!高梨、あと……、
バリス、お前はいいや。」
ここに居ない奴らの名まで口をついて出た。
目頭に熱い何かが溢れてきそうだが、ここは耐えるんだ、ここで耐えないと俺は……
視界が歪んできた、もう駄目なのか。
「彼らの言う通りことにも一理あるよ。」
長く感じた沈黙をクロが破ったのだが、
こいつっ、許さん!
「何だとクロっ!お前っ!」
「待ってよ、シロタン。
彼らの言う事は当たっているけど、それはかなり悪く言えばの話だよ。かなり悪く言えば、ね。
僕の知るシロタンは良いところもあるよ。
だから僕達はこうして仲間なんだよ。」
なんか引っかかる物の言い方だ、しかし…
俺の感情を逆撫でするかのようにハウリング音が鳴り響く。
[風間詩郎、この放送が聞こえているはずだ。
今すぐスマートフォンで某大手動画投稿サイトにアクセスしろ。
そこで黒薔薇チャンネルと検索し、見つけたらチャンネル登録をした後、我々のライブ配信を見るのだ。
いいか、ブラックファミリー構成員全員でチャンネル登録をしてから見ろ!]
チャンネル登録しろだと?図々しいにも程がある。
ライブ配信など知ったことか。そんなものを見る状況ではない。
「シロタンっ!大変なことになってるよ!」
クロはスマートフォンを片手にしていた。
黒薔薇党のライブ配信を見たようだ。
その顔面は蒼白で全身を震わせている。
何が大変なのか知らぬが、奴らの言葉通りにライブ配信なぞ見てやる必要ないのに…
クロのこういった妙な律儀さには辟易する。
「クロ、何故お前は奴らの言いなりになるんだ?」
「いいから、とにかくライブ配信を見て!」
俺は仕方なくスマートフォンを取り出し、某大手動画配信サイトへとアクセスする。
そして黒薔薇と検索する。
あった。
黒薔薇チャンネルを見つけ、ライブ配信をタップする。
画面には黒装束に身を包み、頭から黒い頭巾を被った者たちが数名映し出されていた。
黒い頭巾の額の辺りには青黒い薔薇の刺繍が入っている。
映像は信じられない現実を映し出す。
黒装束集団は皆、軍隊並みの武装をしていて、中には身長よりも高いライフルを背負っている者がいるのだ。
「あれは対物ライフルだよ…」
クロが呟いた。
クロはより一層に顔面蒼白となり、今にも嘔吐しそうな表情だ。
あぁ、俺も知っている。
あんなもので撃たれたら痛い痛くない以前に命ごと吹っ飛ぶぞ。
これは只事じゃない、こいつら高校生相手に戦争をしにきたのか?
ライブ配信の映像が引き、中継をしている部屋全体が映し出される。
このライブ配信はここの放送室だ。
やはり奴らは放送室にいる。
「ん?」
黒装束集団の後の壁に何かが掛けてあった。
三本の十字架だ。
十字架は横に並べて壁に掛けてあり、その十字架にはそれぞれ、人が磔にされていた。