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第十九話 迷走する真実



 どうやら城の兵士達は、リリィの捜索とともにロジィ達の行方も追っているらしい。町には既に沢山の兵士が来ており、躍起になってその姿を捜していた。
「ダメだ、ゴンゴにも手が回っている」
 リリィを誘拐したマシュール王国と、手を組んでいると思われているロジィ達のギルド、ゴンゴ。もしかしたらそこにも手が回されているのではないかと心配していたが、残念な事にその予感は的中し、その入り口は兵士達の手によって塞がれていた。
「オレやロジィがゴンゴに戻って来る事を予想されていたか。まあ、当然と言えば当然だな」
「みんな大丈夫かな。酷い事されてないといいんだけど……」
「それなら大丈夫。疑いが晴れるまでギルドの中で待機するようにと命じられているけど、それだけだ。それ以外の事は何もされてないよ」
「っ!」
 物陰に隠れ、様子を伺っていたロジィ達に、背後から第三者の声が掛かる。
 まさかもう見付かってしまったのかと思い、勢いよく振り返ったロジィとウィードであったが、そこにいたのは敵ではなくて、味方であるラッセルであった。
「ラッセル! 良かった、無事だったんだ!」
「何とかな。リリィ姫誘拐の報告をしたら、その疑いを掛けられて捕えられそうになってさ。慌てて逃げて来たんだけど、それからすぐに兵士達が押し掛けて来て、オレだけ何とか隠し通路から逃げて来たんだ」
「隠し通路?」
「いざという時のために作っておいた、隠し部屋に繋がる隠し通路だよ。そこはまだ兵士達には見付かっていないんだ。来て、案内するよ」
 首を傾げるウィードにそう説明すると、ラッセルは一見壁にしか見えない隠し扉を開けて、ギルドの中に入る。
 するとまさしく隠し部屋と呼ぶに相応しい小さな部屋が現れた。
「とりあえずロジィはさっさとその変装解いた方がいい。リリィ姫の格好じゃあ何かと不便だろ? ウィードもその軍服は何かと目立つから着替えちゃいなよ。その辺にある服は適当に使っていいからさ」
「ありがとう、感謝する」
 ラッセルに指摘されたウィードが適当な服に着替えている間に、ロジィもまた、赤い鬘と桃色のコンタクトレンズを外し、ドレスから動きやすい服へと着替える。
 リリィからロジィへと戻ると、ラッセルは改めて安堵の笑みを浮かべた。
「でも良かったよ、ロジィが無事でさ。ウィードがお前を人質に取って逃走しているって話を聞いた時はビビったけど。でもとりあえず無事に合流出来て良かった」
「あの場から逃げるには、そうするしかなかったんだ。それについては申し訳ないと思っている。怖い思いをさせて悪かったな、ロジィ」
「別に。気にしてない」
 同じように着替えを終え、そう詫びるウィードから視線を逸らすと、ロジィはぶっきらぼうにそう答える。
 何故だろう。素直に謝罪を受け入れるのに、こうも抵抗を覚えるのは。
「大体の話は知っているよ。どうする? ほとぼりが冷めるまでここに隠れておく?」
「いや、それでは何も解決しない。オレ達に罪を擦り付けた犯人を見付け出し、国王陛下に突き出すつもりだ」
「なるほど。確かにその方が手っ取り早いな」
 ウィードのこれからの行動に、ラッセルは納得したようにうんと頷く。
 すると今度はウィードが、先程から気になっていたそれをラッセルへと問い掛けた。
「ラッセル。リリィ姫が襲われた時の状況を聞きたいんだが」
「いいよ。オレが知っている事なら話すよ」
「リリィ姫は町中で襲われたんだろ? そもそも、何で町中にいたんだ?」
「……。姫様のご希望だったからだよ。せっかく城から堂々と抜け出せたんだから、町に行ってショッピングがしたい、遊びたいって言い出してさ。それでデニスとサーシスを護衛に付けて、町に出掛けて行ったんだ」
「デニスとサーシスを? おい、まさかたった二人だけの護衛じゃないだろうな?」
「……。二人だけだよ。だってあんまりいっぱい護衛を付けたら目立っちゃうし、何のイベントだと思われちゃうだろ?」
「はあ? お前、それは護衛の仕方に問題があったんじゃないのか? 一国の姫君だぞ。ライジニア王子のように剣の心得があったり、オレ達のように鍛えられた護衛兵が付いたりするのなら分かるが、リリィ姫は戦力としては問題外だし、デニスとサーシスだってプロの戦闘員じゃない。それなのに何で彼女をそれだけの護衛で外に出したんだ? いや、そもそもリリィ姫を外に出すべきじゃなかったと思う。ちょっと軽率過ぎるんじゃないのか」
「いやあ、その……」
 確かにラッセルの話を聞く限り、落ち度はゴンゴにあるように思われる。ウィードの言う通り、たった二人の護衛で姫を町に行かせるのは、ちょっと軽率過ぎではないだろうか。
 しかしそれよりも気になるのは、さっきからラッセルがチラチラとロジィの様子を伺っている事だ。一体何なのだろう。言いたい事があるのなら、はっきり言えばいいじゃないか。
「その、あの、実はリリィ姫はサーシスとよくお忍びで町で遊んでいたと言うか、むしろ今回はデニスが一緒だった分、護衛は厳重だったと言うか、何と言うか、その……」
「はあ?」
「いや、だから、あの、何と言うか、その……」
「ねぇ、ラッセル。さっきから一体何をゴニョゴニョと言っているの? 言いたい事があるのなら、もっとはっきり……」
「ごめんっ、ロジィ!」
「ええっ、何っ?」
 さっきから様子のおかしいラッセルに、遂に痺れを切らしたロジィがその疑問を口にしようとする。
 しかしそれを言い切る前に、ラッセルが突然、勢いよく頭を下げた。
「実はオレ達みんな、ロジィがロイ国王様と前のお妃様との間に生まれた子だって知っているんだよ!」
「はああ? 何だってーっ?」
 ラッセルのまさかの告白に、ロジィは悲鳴にも似た驚愕の声を上げる。
 王家を追放されてからずっと隠し通せているものだと思っていたこの正体。それをみんなが知っている? 嘘だろ?
「オレもデニスもシフォンも他のみんなも、実は全部知っていたんだよ。だけどみんな、知らないふりをしていたんだ。だからお前のその髪が本当は赤だって事も、王家に受け継がれる治癒能力を持っているって事も、みんな知っているよ!」
「な、何でっ? 何で知っているの? まさかサーシス? サーシスが全部喋ったの?」
「違うよ。喋ったのはリリィ姫だよ!」
「はああ? リリィ姫っ?」
 再び告げられたまさかの事実に、ロジィはこれまた素っ頓狂な声を上げる。リリィがロジィの正体をバラした? え、何で?
「ごめん、ロジィ。オレ達リリィ姫に口止めされていたんだよ。リリィ姫が全部知っている事も、サーシスがリリィ姫に全部バラした事も、それをオレ達に全部バラした事も、全部ロジィには黙っていてくれって」
「いや、いやいやいやいや? そもそも何でリリィ姫が私の正体知ってんの?」
 とんでもない事実の連発に頭の整理が追い付かないロジィであったが、ラッセルは構わず話を続けた。
「もともとリリィ姫は、自分に腹違いの姉がいる事も知っていたし、興味もあったらしいんだ。そして国王様から直々に呼び出される上、自分そっくりに変装する事が出来るロジィ、お前がその姉なんじゃないかって予想を付けた。そしてその予想を真実にするために、彼女はゴンゴのリーダーであるデニスと、お前と幼なじみであるサーシスなら事実を知っているんじゃないかと見当を付け、権力やその他諸々のモノを駆使して二人を締め上げ、そしてサーシスから真実を吐かせたんだ」
「え、吐かせたの?」
 何か、思ったよりも恐ろしいお姫様だな。
「そして真実を手に入れたリリィ姫は、躊躇う事なくそれをオレ達にもバラした上で、こう提案して来た。「お姉様が私になれるのなら、私もお姉様になれるんじゃない?」って」
「え……?」
 髪と目の色を変え、多少のメイクを施した後にドレスを着れば、どこからどう見ても完璧なリリィへと変装する事が出来るロジィ。ならばその逆も出来るんじゃないかと、リリィはそう考えたのだ。確かに、そう言われてみればそれもそうだ。
「リリィ姫に口止めされていたから、ロジィには言わなかったけれど。ロジィがリリィ姫となっている間、リリィ姫もロジィとなっていたんだ。姫の言った通り、彼女の変装も完璧で、どこからどう見てもロジィだった。元々存在する人物に変装するんだ。ロジィとして外を歩く姫を気にする人など、一人もいなかった。それを利用してオレ達は、リリィ姫をロジィに変装させ、彼女を少ない護衛で目的地まで送り届ける事が出来ていたし、リリィ姫だって、度々サーシスに城から抜け出すのを手伝わせては、ロジィの姿を借りて、町でサーシスと遊んだりしていたんだ」
「そう、だったんだ……」
 確かにリリィをどうやって目的地まで送り届けているのかなんて、聞いた事もないから知らなかったけれど。でもまさか彼女が自分に変装して、行動していたとは思わなかった。
「ああ、いつもの事だったんだ。だから今回もいつものように、姫はお前となって、デニスとサーシスと一緒に町に遊びに行っただけなんだ。それなのにまさかこんな事になるなんて……」
 いつもやっている事だからと油断していたが、よくよく考えればウィードの言う通り、軽率な行動だったかもしれないと、ラッセルは今更になって反省する。
 しかし今は反省などしている場合ではない。さっさと真犯人を突き止め、無実を証明しなければいけないのだから。
 ラッセルから得たその情報に、ロジィは考える仕草を見せた。
「って事は、犯人はリリィ姫が私に変装しているって事を知っていた人物?」
「オレもそう思うんだけど……」
 そう頷きながら、ラッセルは視線をウィードへと向ける。リリィ達を襲った人物は、マシュール王国の軍服を着ていたという情報があったからだろう。そのため、ラッセルはマシュール王国が事件に関与しているのではないかと、僅かながらにも疑っているのだ。
 しかしラッセルからのその疑惑の目に、ウィードは、それはないと首を横に振った。
「それなら、やはりマシュール王国は無関係だ。オレ達は、ロジィがリリィ姫に成り代わっている事は知っていたが、リリィ姫がロジィに成り代わっている事は知らなかったんだ。これはお前達と親しくしていたオレ達でも知らなかった情報だ。万が一オレ達の知らないところで他のマシュール王国の者が動いていたとしても、オレ達より早くその情報が得られるとは考えにくい」
「ならその犯人が、マシュール王国にその罪を擦り付けようとしたって事か? 何のために?」
「それが分からないんだ。その犯人がマシュール王国に恨みを持っているのかもしれないし、ただ面白がって、マシュール王国の軍服を身に付けていただけかもしれないしな」
 ああだこうだと、真犯人についての話を進めて行く。
 するとラッセルが、ふと苛立ったように溜め息を吐いた。
「つーか、犯人のヤツ、マジで何考えてんだよ。マシュール王国の軍服を着てリリィ姫を誘拐なんかしたら、国際問題に発展するの、目に見えて分かるだろ。ただでさえ同盟関係の継続は危ういって言われてんのに。これが原因で戦争なんて始まったらどうするつもりなんだよ。この国も、犯人自身もタダじゃ済まないって、ちょっと考えれば分かる事だろ」
「なら逆を考えれば、マシュール王国じゃなくって、このヒレスト国に恨みを持った人物の犯行って事? こんな国、自分諸共滅ぼされてしまえばいいって、そう思ったからとか?」
「はあ、何だそれ。クソ迷惑な輩だな!」
「ヒレスト国に恨みを持った人物の犯行、か……」
 ラッセルとロジィの会話に、少しだけ考える仕草を見せてから。ウィードは顔を上げると、その真剣な眼差しを二人へと向け直した。
「とりあえず動機は置いておくとして、犯人はリリィ姫がロジィに成り代わっていた事を知っている人物だ。これで大分絞れるだろう。ラッセル、その事実を知っている者は他にいないのか?」
「それがいないんだよな。リリィ姫の変装はかなりクオリティが高かったからさ、それを見破るのは結構難しいと思うぜ。町にいるロジィの友達でさえも見破れなかったってのに、何の関係もない犯人に、あれがリリィ姫だって見破れるかなあ?」
「それじゃあ、その事実を知っていたのは、ゴンゴの人間だけという事になるんだな?」
「そうだな。そうなっちゃうんだよな」
「ちょっと待ってよ。何、その言い方? まさかウィード、あんた、私の仲間を疑ってんの?」
「可能性の話だ」
「可能性って……そんなわけないでしょ! デニスもサーシスも怪我してんのよ! 仲間に怪我を負わせてまでリリィ姫を誘拐するヤツなんか、このゴンゴの中にはいないわよ!」
 確かに現段階だと、ゴンゴにいる人間が一番疑わしい。リリィを誘拐するには、彼女がロジィとなって町に繰り出している事を知っている必要があるからだ。そしてそれを知っているのはゴンゴにいる仲間達だけであり、外部の人間がそれを知るのは難しい。つまり現段階でリリィを誘拐する事が出来るのは、ゴンゴの仲間達だけなのである。
「別にお前の仲間だと確定したわけじゃない。だが、現段階ではその可能性が最も高いという事を、頭の片隅にでも入れておくべきだ」
「それじゃあ、私に仲間を疑えって言うの?」
「そこまでは言っていない。可能性の話をしただけだ」
「同じじゃない!」
 ピシャリとそう言い切ると、ロジィはクルリと踵を返す。
 そして彼女が隠し扉に手を掛けたところで、ウィードはロジィを呼び止めた。
「どこに行くんだ?」
「私は仲間を疑わない。真犯人は別にいるって考えている。だから仲間に犯人がいるって考えているあんたとは、もう手を組めない」
 はっきりとそう断言すると、ロジィは一度だけ振り返り、ウィードを睨み付けた。
「私は私で真犯人を捜す。そして国王にもあんたにも犯人を突き付けて、私達の無実を証明してやる!」
 それだけを言い残すと、ロジィは周囲に気を配りながら、さっさと隠れ家から出て行ってしまった。
「なあ、ウィード」
 そんなロジィに対して困ったように溜め息を吐き、彼女の後を追おうとするウィードを呼び止めると、ラッセルは自分を振り返った彼の瞳をジッと見つめた。
「ロジィはああ言っているけど、実際に一番疑わしいのはオレ達だ。オレだって、もしかしたら仲間の中に裏切り者がいるかもしれないって、ちょっとだけ疑っている。だからお前がオレの仲間を疑おうがオレは否定しない。疑いたければ疑えばいい。ただ……」
 そこで一度言葉を切ってから。ラッセルはその疑いの眼差しを、逆にウィードへと向けた。
「お前こそ、本当に犯人じゃないんだろうな?」
「ああ、違う」
「ロジィに何かしたら殺すぞ」
「勝手にしろ。彼女に危害を加えるつもりはない。マシュール王国の神に誓ってな」
「はっ、誓っているところが信用出来ねぇよ」
 不敵な笑みをラッセルに残してから。ウィードもまた、隠し扉の向こうへと姿を消した。

しおり