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第十八話 それは嘘か誠か



 非常口を抜けて、人通りの少ない裏道に行き、小さな路地に入る。
 そこでようやく、ロジィはウィードから解放された。
「すまなかった、ロジィ」
「煩い、話し掛けないで」
 申し訳なさそうに謝って来るウィードを撥ね付けてから、ロジィはピリリと痛む首筋に指を這わせる。
 見れば指に絡み付く赤い鮮血。くそっ、やっぱり切れていたじゃないか。
「怪我、したのか?」
「あんたには関係ない」
「関係なくはない。オレがした事だ」
「触らないで!」
 血の付いた手をそっと取られるが、ロジィはその手を思いっ切り振り払う。
 そしてウィードに向き直ると、彼女はギロリと鋭く彼を睨み付けた。
「どうしてデニスとサーシスを撃ったの? 最初から利用して、そして斬り捨てるつもりで私達に近付いたの? デニスは国を裏切るつもりで、あんた達と手を組んだの? 私、何も聞いてない!」
「違う。聞いてくれ、ロジィ、全て誤解なんだ」
「誤解?」
 鋭く睨み付けて来るロジィの瞳を、ウィードは真剣に見つめ返す。
 そして彼女の中に生まれてしまった疑いを晴らすべく、彼は言葉を続けた。
「リリィ姫が誘拐されたらしいが、そこにオレ達は関わっていない。ロイ国王はオレ達がやった事だと疑っていたが、それは勘違いだ。オレ達は全くの無実だ」
「でも、マシュール王国の軍服を着た人がデニス達を襲っているのを見たって……」
「お前はアホか」
「何だと!」
 まさかの暴言に、ロジィは更に鋭くウィードを睨み付ける。
 そんな彼女に対して、ウィードは呆れたように溜め息を吐いた。
「一国の姫を攫うんだ。何故、周囲に身元を晒す必要がある? やるなら自分達がどこの誰だか分からないようにしてやるのが普通だ。わざわざ軍服を纏い、マシュール王国が犯人ですと、バラしながら犯行に及ぶバカは我が国にはいない」
「じゃあ、誰かがマシュール王国の犯行に見せ掛けようとしたって事?」
「そうだろうな」
「だったらどうして、それを国王に言わなかったの? そうすれば国王だって、少しは話を聞いてくれたかもしれないのに」
「あの状況でか? 無理だな。リリィ姫が誘拐された事で、ロイ国王は怒りの感情に支配されていた。そして敵の思惑通り、オレ達マシュール王国の犯行だと思い込んでしまった。その状況でオレの話なんか聞くと思うか? 問答無用で投獄されるのがオチだな」
「なら、ライジニア王子とシンガはどうするつもり? やっぱり一旦マシュール王国に戻って、兵を引き連れて総攻撃を仕掛けるつもりなの?」
 捕えられたライジニアとシンガを救出するには、マシュール王国から応援を呼んで来るのが一番だろう。しかしそんな事をしたら、この国とマシュール王国はもう仲良く同盟など結んではいられない。同盟など即刻破棄し、その後は悲惨な戦いが始まってしまうだろう。
 その先に待つ結果を想像して、ロジィは悲しげに瞳を揺らがせる。
 しかしそんなロジィに対して、ウィードは「そんな事はしない」と首を横に振った。
「そんな事をしたら、我がマシュール王国とこのヒレスト国の同盟は決裂。オレ達は敵対関係となる。でもそれだとこっちも困るんだ。だからもっといい方法がある」
「いい方法?」
 ロジィを人質に取り、王子や仲間を見捨てて逃げて来たウィード。そんな彼の考えるいい方法とは一体何なのか。
 その答えを促すべくロジィが首を傾げれば、ウィードは真剣な眼差しを彼女へと向けた。
「リリィ姫を救出する」
「え?」
「そして真犯人を見付けるんだ。そうすればオレ達の疑いは晴れ、王子もシンガも解放される。そしてそれと同時に、デニス達が裏切り者ではない事も証明されるだろう。そうすれば、お前はすぐにデニス達を助けに行く事が出来るんじゃないか?」
「あ……」
 何者かの襲撃によって、重傷を負ってしまったデニスとサーシス。病院で治療を受けているものの、その容態は悪く、生と死の境を彷徨っているらしい。
 病院できちんとした治療を受けているのだろうが、それでも油断は出来ない。回復する可能性だってもちろんあるのだが、逆にそのまま死んでしまう可能性だってあるのだ。
 しかしロジィの持つ治癒能力を使えば、二人は確実に助ける事が出来る。今はリリィ姫誘拐の疑いが掛けられているから助けに行く事は出来ないが、その疑いが晴れれば、すぐにでも彼らを助けに行く事が出来るのだ。
 ギルドのリーダーとしてみんなの中心となっているデニス。そして幼なじみとしてずっと側にいてくれたサーシス。
 そんな二人を失う事になるなんて嫌だ。こんなくだらない疑いのせいで、大好きな二人と二度と会えなくなるなんて絶対に嫌だ。
「オレと協力しないか、ロジィ」
「え……?」
 そっと、ロジィの前にウィードの右手が差し出される。
 そして真剣な眼差しを向けたまま、彼は言葉を続けた。
「リリィ姫を助け出し、オレ達に罪を被せようとしている真犯人を国王陛下の前に突き出す。それで王子達もデニス達も助けられるし、オレ達も晴れて自由の身となれる。利害が一致しているのなら、協力した方がいい」
「……」
 手を組もうと、差し出された彼の右手。しかしロジィは、すぐにはそれを取らなかった。
 確かにウィードの言う事は分かるし、今すぐにでもデニス達の所に飛んで行きたい気持ちももちろんある。
 しかし万が一、ウィードが嘘を吐いていたらどうする?
 真犯人なんていなくて、やっぱりマシュール王国が犯人で、ウィードは我が身可愛さのために、ライジニア達を見捨てて逃げていたのだとしたらどうする?
 そしてロジィは、その逃亡の手伝いをさせられただけだとしたらどうする?
 本当に、この手を取っても大丈夫だろうか?
「オレは、嘘は言っていない」
「……っ!」
 中々手を取ろうとしないロジィに、ウィードが静かに言葉を紡ぐ。
 その声にハッとして我に返れば、再びウィードの真剣な群青の瞳と目が合った。
「それでもお前がオレを信じられないと言うのなら仕方がない。オレの事は信じなくていい。ただお前は、仲間を助けるためにオレを利用したらいい」
「利用……?」
「ああ。そしてそれと同時にオレを監視しろ。オレが少しでも怪しい動きをしたのなら、途中でオレとは手を切り、お前はその旨を国王陛下に伝えればいい。幸い、お前は国王陛下の娘だ。お前が一人で城に戻ったとしても、城の兵士達はお前に危害を加えたりしないだろう」
(陛下の、娘……)
「手を組むのが嫌なら、そうしたらいい。オレはそれでも構わない」
「……」
 言い直されたウィードのその言葉に、ロジィは少しだけ考える仕草を見せる。
 しかしその返答をする前に、ロジィはポツリと言葉を落とした。
「ねぇ、いつから気付いていたの?」
「何?」
「リリィ姫が私だって事。やっぱりウィードの怪我を治すため、この力を使った時?」
「……」
 俯きながら問われたその質問に、ウィードは一度差し出した右手を下ろす。
 そうしてから、彼はあろう事か呆れたように溜め息を吐いた。
「どうしてお前がそう思ったのかは知らないが……。しかしお前、相当鈍感だな」
「何っ!」
「最初からだ」
「は? 最初?」
 まさかの暴言に勢いよく顔を上げたロジィであったが、あっさりと白状されたウィードの言葉に、ロジィはキョトンとした丸い目を彼へと向けた。
「まず、オレはリリィ姫とは知り合いだ」
「は……?」
 知り合い?
「オレはマシュール王国第一王子、ライジニア王子の付き人だぞ。王子がリリィ姫と面会する時は、必ずお傍に仕えている。だから名前と顔が一致するくらいには、リリィ姫はオレの事を知っているんだ」
 そこで一度言葉を切ってから。ウィードは更なる呆れた眼差しを、ロジィへと向けた。
「それなのにお前ときたら、助けに来たオレを見て、「お前は誰だ」という顔をしやがった。そのおかげで、一発で偽物だと分かったぞ」
「え、嘘……」
「嘘じゃない。それからお前の目、覗き込んだら薄い膜が張っているのが見えた。それ、カラーコンタクトだろ。目の色を変えている証拠だ。それを見て、やっぱり偽物かと確信したんだ」
「……」
 マジかよ。
「まあ、マシュール王国の襲撃を予測して、国が用意した影武者だろうから、オレも気付かないふりをしていたんだが……。それにしてもお前の変装、かなり杜撰だぞ。少なくとも目を見れば、一発で偽物だと分かるんだからな。その辺り、改良した方がいいと思う」
「ず、杜撰っ? そ、そんな事ないもの! これでも今まで誰にもバレた事なかったんだから!」
「じゃあ、この国の人間はみんなアホだな」
「何だと!」
 コイツ、ヒレスト国の国民をみんなアホ呼ばわりしやがった。何て失礼な男なんだ。
「さすがにその偽物が、お前であるとはすぐには分からなかったんだが。でもお前はあの時、リリィ姫護衛の任務には参加しないと言っていた。リーダーであるデニスとともに、国王陛下から直々にその依頼を受けているにも関わらずに、だ。それなのにその任務には参加しないなんて、おかしな話だろう。だからすぐに分かったんだ。お前はリリィ姫の影武者という重要な役目を担っているからこそ、デニスはオレにその情報が漏れないように、お前が任務には参加しないと嘘を吐いたんじゃないかって。だからオレはそれを確認するために、無理矢理あの任務に同行したんだ。そしてオレの前に現れた『リリィ姫』の瞳には、思った通りコンタクトレンズの膜があった。そこで確信したんだよ、ここにいるリリィ姫は偽物であり、その正体はロジィだってな」
「……」
 まさかそれだけの情報で、リリィの影武者がロジィであると断定してしまうとは……。凄い。
「ちなみにお前が国王の血を引いていると知ったのは、お前がオレの怪我を治癒能力で治してくれた時だ。ヒレスト国の王家の血を継ぐ者は、それと同時に特別な治癒能力も受け継ぐだろう? だから何でお前がそれを使えるのかと不思議に思って調べれば、今の国王には前の妃である一般人との間に、王族から抹消された子供がいるというじゃないか。それですぐに分かったんだ。お前がその血を継ぐ、王家から抹消された子供だとな」
 しかもその上で、ロジィの正体まで調べ上げてしまうとは。やはりさすがだ。これはもう、凄いと認めざるを得ない。
「違う、オレが凄いんじゃない。お前が穴だらけなんだ」
「んなっ?」
 ハッ、とバカにしたように鼻を鳴らすウィードに、ロジィはムッとして眉を吊り上げた。
「そういうわけだ、ロジィ。オレはお前に嘘を吐くつもりはない。お前が求めれば、その疑問には正直に答えよう。今みたいにな」
「……」
 嘘を吐くつもりはない。ロジィの疑問に正直に答える事によってそれを証明すると、ウィードは改めて、その右手をロジィの前へと差し出した。
「改めて、オレと手を……いや、オレを利用してくれ。安心しろ。オレも王子達を助け出すためにお前を利用する」
「……」
 その言葉に、ロジィは再び考える仕草を見せる。
 手を組むのではなくて、互いに利用し合う。そして怪しい動作を見せたなら、すぐに手を切り国王へと報告に向かう。真犯人を見付け出せるに越したことはないが、万が一ウィードが自分達を騙していたとしても、その証拠を国王に付き出す事が出来れば自分達の疑いは晴れ、デニス達を助けに行く事が出来る。
 だったらここは、形だけでも協力し合った方がいいのではないだろうか。
「分かった」
 そう考えたロジィは、差し出されたウィードの手をそっと握る。
 そして真っ直ぐに見つめて来るウィードの瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。
「その代わり、あんたが怪しい行動をしたらすぐに手を切る。そして国王に突き出してやる」
「ああ、それでいい」
 ロジィの返事に頷くと、ウィードは満足そうに口角を吊り上げて笑う。
 しかし真犯人を見付け、リリィを助け出すとは言っても、一体どうしたらいいのだろう。まずは何をしたらいいのだろうか。
「ロジィ、まずはお前達のギルド、ゴンゴに行こう。そこで護衛時の状況が聞きたい。気になる事があるんだ」
「気になる事?」
 リリィ姫の護衛時の状況。そこにある、ウィードの気になる事とは一体何なのだろうか。
 とにかく何か考えがあるらしいウィードに従って、ロジィは一度ゴンゴへと戻る事にした。

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