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13 vs巨大イナビカリタケ

「き、キノコ……!? これが今日討伐予定だったイナビカリタケ……?」

 私たちをぐるりと取り囲んでいるのは、人間の大人と背丈が変わらないほどの大きなキノコたちだ。
 足のようなものが生え、ウゾウゾ動いている。それは予備知識の通りなのだけれど、問題はそれがあまりに大きすぎるということだ。

「何か知らねぇけど、巨大化してんな。本当は幼児の背丈くらいしかないはずなのに」

 言いながら、ディータは剣を抜いて構えた。私もいつ襲いかかられてもいいように杖を構える。スイーラも、地面に爪を立て、背中の毛を逆立てている。
 その臨戦態勢で、先に動いたのはキノコたちだった。
 キノコたちは、ニョッキリ腕のようなものを生やすと、唐突にそれで自らのカサをポカポカと殴り始めたのだ。

「息止めろ! 絶対に吸うな!」

 ディータが叫んだ直後、イナビカリタケのカサから大量の粉末が噴き出した。
 胞子だとわかり急いで息を止めたものの、スイーラは息を止めることも自分で口を覆うこともできないと気づいた。
 慌ててバリアを張ったけれど、少し吸い込んでしまったみたいで、体が痺れていた。スイーラもどうやら同じらしい。

「囲まれてる以上、このままバリアの中にいても時間稼ぎにしかならないな。敵認定を受けている間は、移動玉を使うのは禁止されてるから、ギルドに戻るにも一旦安全なところに逃げなきゃだし……」

 ボカボカとバリアを殴るキノコたちを見つめながら、ディータは苦い顔をしていた。
 イナビカリタケは凶暴な性質のモンスターではあるものの、本来は強くないのだ。被害といえば、冒険者でない人が森で囲まれて不意を疲れて麻痺させられたということくらいだ。
 それはせいぜい、しばらく動けないくらいの被害で済むが、こんなに大きなもの相手だと、話は違ってくるだろう。
「焼き払いますか? そうすれば、避難経路は確保できると思いますが」
「だめだ。そうすると絶命するまでの間に苦しんで、胞子を出しまくるから」
「それじゃあ、結局こちらも麻痺させられて動けなくなってしまいますね……」
「雷雨でも来てくれりゃ、話はかわってんだけのな。こいつら、イナビカリタケなんて名前なのに、雷が苦手で動けなくなるんだよ」

 ディータの話を聞きながら、私は空を見上げた。雷雨を願ったところで意味がなさそうなくらい、きれいな青空だ。

「くそ……俺たちはいいが、スイーラが心配だ。こんなにおとなしくなるなんて」

 スイーラの、目を開けてはいるもののジッと身を伏せているのを見て、ディータは苦々しく言った。自分のわがままで連れ出したから、私も胸が痛くなる。

「俺が先に走っていってこいつら斬り捨てて、退路を開く。イリメルはその後ろをスイーラを連れて走ってくれるか?」
「わかりました!」

 覚悟を決めたディータが、口を布で覆って駆け出した。向かってくるキノコたちを、大剣で斬り捨てていく。

「行くよ、スイーラ」

 せっかく彼が開いてくれた道だ。このチャンスを逃してなるものかと、私はスイーラを小脇に抱えて走り出した。
 元々は攻撃力はないモンスターたちだ。次々と繰り出されるディータの斬撃に、なすすべなく斬り捨てられていく。
 しかし、数が多いのが厄介だった。
 それでも、立ち塞がられるたび斬り捨て、近寄られるたび斬り捨てるうちに、数自体は減ってきていた。
 開けたところへ出れさえすれば、隙を突いて移動玉が使えるはず――そう思っていたのだけれど、それがあまりにも甘い考えだったと気づかされる。

「何だ? 急に暗く……?」
「危ない!」

 突然視界が暗くなったことで、ディータが少しの間止まってしまった。その頭上に〝拳〟が振り下ろされそうになるのを見て、私は慌てて彼の周囲にバリアを張ろうとした。
 でも、すんでのところで間に合いそうにない。だから、突如ひらめいて杖から雷魔法を放った。
 見上げると、そこには大木ほどの大きさのキノコがいた。明らかにボスだとわかる巨大なイナビカリタケが、動きを止めてこちらを見ている。
 このままでは絶対に勝てない。
 でも雷魔法は効いた。
 私はスイーラたちを守らなくてはいけない――。
 一気に思考が駆け抜けていき、次の瞬間には私は地面に杖を突き立てていた。そして、記憶にある強大な魔法の名を叫ぶ。

粉砕する雷槌(ミョルニル)ー!!」

 直後、太い稲光が空から急降下し、巨大キノコを脳天から突き刺した。
 雷に貫かれ、身じろぎする暇もなく、その体は砕け散る。

「イリメル、今ほどのでなくていいから、もっと雷魔法を打ってくれ!」
「はい!」

 ディータの意図がわかり、私は雷を辺りに降り注がせた。すると残りのイナビカリタケたちも動けなくなり、その隙を突いてディータが斬っていく。
 胞子を撒き散らせる隙を与えさせなかったから、キノコだったものは、無害な状態で地面の上に散乱していた。

「……全部やったな」
「みたいですね」
「めちゃくちゃたくさん、採取して帰れるな」
「そうですね」

 危機が去った安堵からしばらく地面に座り込んでいたディータと私だったけれど、動けるようになったスイーラが鼻先でキノコの残骸を突いているのを見て、当初の目的を思い出した。
 私たちはこのキノコをたくさん集めて、お金をたくさんもらうつもりでいたのだ。不本意だけれど想定よりはるかにたくさんのイナビカリタケを討伐してしまったから、責任持ってありがたく、全部の残骸を拾って帰らなければ。
 それから私たちは、せっせと地面の上に転がったキノコの破片を集めて回った。知恵がついたのか、スイーラも鼻先でぐいぐい押して一か所に集めてくれたから、かなり助かった。
 そうして集中して作業をしていると、突然ディータが殺気立った。

「誰だ!?」

 ディータがそう言って剣を突きつけた先には、何匹かのゴブリンがいた。
 まさかイナビカリタケをやっつけた報復に来たのかと思ったけれど、彼らは両手を胸の高さに上げ、ひらひらさせている。どうやら、敵意はないと伝えたいらしい。

「おまえら、なかまたすけた。あいつら、やつけた。おれい、する。むら、くるいい」

 代表と思われる一匹のゴブリンが、前に進み出て言った。その言葉を解釈するなら、先ほど見かけたゴブリンをイナビカリタケから助けたお礼を言われているのだろう。
 私はディータと顔を見合わせ、少しの間考えた。そして、彼らから敵意を感じなかったことから、申し出を受けることにした。
 というのも、スイーラのお腹から例の恐ろしげな音が鳴り始めていたのだ。
 こうなってはどうしようもない。おやつだけで収まるものではないから、ゴブリンの村で休ませてもらって、できたら何か食べさせてあげないと。
 ゴブリンたちに連れられて、私たちはそこから少し歩いたところにある村に連れて行ってもらった。
 ゴブリンたちは、植物で作ったテントのようなものが点在する場所に暮らしていた。ところどころに物見櫓みたいなものを建てているから、外敵を警戒するという意識はあるみたいだ。
 そこで焼いた肉や果物などの簡単な食事でもてなしを受けながら、私たちは彼らがここ最近悩まされていたことを聞いていた。
 拙いながらも人間の言葉を話す彼らの言葉を要約すると、ここのところ森の中のモンスターの様子がおかしくなっていたのだという。敵対関係にないはずのモンスターに突然襲われたり、共存共栄関係にあったはずのイナビカリタケが巨大化し、言うことを聞かなくなってしまっていたりしたらしい。

「あいつら、おれたちてきになった。むらまもてくれないどころか、しびれごな、いぱいいぱいふりかけてくるしめた。おれたち、むらのそといけなくなった」
「これまで友好的だったのに、あなたたちに危害を加えるようになったんですね。……本当に、ここのところどこもおかしいんですね」

 ゴブリンたちの話を聞いて、私はこれまでに目にした異変のことを考えていた。
 どれもこれも原因はわからないけれど、何かおかしなことが起きているのは間違いなさそうだ。

「おまえらのりゅうも、おかしな。ちっちゃい。たんそく」
「竜? ああ、この子は何ていう生き物なのかわからないんです。でも、竜に間違われたのは初めてだね」
「ちっちゃい。かわいい。でも、みじゅくでおかしい」

 ゴブリンたちはスイーラに興味があるのか、じっと見つめては何事かを囁きあっている。貶されたり褒められたりしているのだけれど、当の本人は気にした様子もなく、もらった肉を齧っている。

「おまえたち、れいやる。すごいいいいす」

 しばらく雑談をしていると、何かを思い出したように代表ゴブリンが言った。すると、ほかのゴブリンたちも「そうだそうだ」と同意するようなことを言って、どこかへ行ってしまった。
 そして、〝いす〟とやらを運んで戻ってきた。

「え……〝いす〟ってなんだ? ゴブリン語だから、意味がわからないとかか?」

 ゴブリンたちが運んできたものを見て、ディータが驚愕していた。私も、正直言って混乱している。
 それも無理はない。
 なぜなら、ゴブリンたちが運んできたのは、縄でぐるぐる巻きにしてある男性だったのだから。

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