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2 救いの主は流星のごとく

「グオォッ」

 目の前のモンスターが咆哮をあげるのを聞いて、それが何者かに攻撃を受けたのがわかった。
 視線を下げると、モンスターの足元に人がいる。
 鮮やかなオレンジ色の髪をした、私と同じくらいの背丈の少年だ。
 その少年が攻撃したのだとわかった瞬間、痛みから正気に戻ったモンスターが、怒りの雄叫びを上げながら大きく前足を振るおうとした。

「ちょっと! そこどいてて!」
「は、はい」

 少年は手に持った剣でモンスターの前足を受け止めてから、押し込むようにして斬りつけた。
 そしてまた間合いを取って、モンスターの足元を縫うように動いて斬りつけていく。
 彼が俊敏さと身軽さを重視する戦い方をするのがわかって、私は慌てて距離をとった。彼がせっかくモンスターを翻弄した動きをしているのに、ここで私がぼんやり立っていたら邪魔になる。

(すごい……まずはモンスターの足回りを攻撃して、機動力を奪ってるんだわ。それから、大きなダメージが入る部位を狙うのね)

 安全なところまで後ずさりしたあと、私は落ち着いて少年の戦いぶりを眺めることができた。
 少年は何度も繰り返しモンスターの足を斬りつけ、動きを鈍らせていった。
 トカゲ型モンスターは、その大きな体を活かした戦い方しかできないようだ。火を吹いたり毒を出したりという攻撃方法があるのなら用心しなければならないけれど、今のところそういった動きはない。
 モンスターはその前足を使って少年を踏み潰そうとしているものの、傷つけられた体では彼の動きにもうついていけないようだ。
 動きが鈍くなってしまっては、あとは大きな的だ。
 少年はトドメを刺そうと考えたのか、宙に飛び上がった。
 剣をまっすぐ突き下ろす格好で宙にいるということは、この一撃で仕留めるつもりなのだろう。

「あっ……」

 いわゆる溜めの攻撃の姿勢になったことで、少年の動きが鈍った。溜めの姿勢はどうしても隙ができる。それをモンスターも見逃さなかった。
 モンスターが身を屈め、尻を高く上げて尻尾を振ろうとしたのが見えた。その尻尾で、宙にいる少年を叩き落とそうとしているようだ。
 溜め攻撃からすぐに俊敏な動きへの切り替えはきっと難しい。前足を振るうだけで地面を抉り取れるほどの威力なのだ。それをまともに食らえば、少年は無事では済まないだろう。
 瞬時にそこまで想像を巡らせて恐ろしくなって、私は自分のバリアを解いて、少年に向かって魔法を放った。
 障壁と、攻撃力増加の魔法。
 もしバリアで尻尾の攻撃を防ぎきれなくても、攻撃力を上乗せした彼の溜め攻撃が入ればモンスターにかなりの打撃を与えられるはずだ。

「ギエェェッ」

 目論見通りバリアは尻尾の攻撃を弾き、少年の渾身の一撃はモンスターの首に届いた。
 体を激しく震わせ断末魔の叫びを上げたあと、モンスターは地面に倒れて、それから動かなくなった。

「ふー、倒せたか。ありがとな」

 モンスターの体から剣を引き抜くと、少年は私のほうを振り返った。
 少年はオレンジ色の髪に、鮮やかな青の目をしている。これまで出会ったことがない容姿の人だ。
 それは、言ってみれば貴族的な美しさではない。社交界では、というよりこの国では、見かけないタイプの容貌だから。
 でも私は、彼を見て美しいと思った。

「大丈夫か? もしかして、魔力切れを起こしてるとか?」
「い、いえ、大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございます」

 見惚れてしまっていたのを、彼は体調不良と勘違いしたらしい。
 だから私はすぐにきちんと立って、大丈夫だということを示した。
 あんな危険なモンスターから助けてもらった上、体調の心配までしてもらうなんて申し訳ないから。
 
「それならよかった。で、元気なら少し手伝ってほしいんだけど」
「え、わかりました」

 私が元気とわかると、少年はすぐさまモンスターに向き直った。倒したものを、一体どうするというのだろう。

「水の魔法、使える?」
「はい」
「それなら、俺の剣に沿わせるようにして発動できるかな? こいつを今から解体したいんだけど、血で濁ると肉質が落ちるんだ。本当は流水でやりたいとこだけど、水場に行くまでに鮮度が落ちるのも嫌だから」
「えっと……わかりました」

 肉質だとか鮮度とか、少年が何を言っているのかわからなかったけれど、このモンスターの死骸を解体するのはわかった。
 森の中とはいえ、人が通る場所に置いておくのは邪魔だろう。だから、どかすにしても細切れにして動かしやすくするのは理屈が通っている。

「こいつの討伐に行くって伝えてるから、時間がくればギルドの職員が取りにきてくれるのはわかってるんだけどさ」
「ギルド?」
「そう、ギルド。でもあいつら、自分たちがちんたら回収しにきたにもかかわらず、やれ腐敗が進んでたの、やれ状態が悪いだの言い出すから、傷まない処理はなるべくしときたいんだ」

 少年は私が水の魔法を発動させると、手早くモンスターの体に剣を突き立てていった。コツがあるのか、あれほど堅いと思っていた外皮にも、角度や場所に気をつけると刃が立つようだった。
 手慣れている。今の口ぶりからして、きっといつもモンスターを倒したあとは、こうして解体しているのだろう。

「……モンスターの死体が傷むと、何か問題なんですか?」

 ふと気になって尋ねると、彼は驚いたように振り返った。そのとき手や足元が血で汚れているのがわかったから、私はすぐさま水の魔法ですすいであげた。

「きみ、その服装は教会所属のシスターさん? 手に持ってる本も教会支給のだし」
「え、ええと……シスターではないのですけれど、教会に頼まれて、このあたりのモンスターを狩ってました」
「その言い方だと……もしかして、ギルドを通した依頼じゃないのか?」
「そもそも、ギルドが何かも……正直わからないのですけれど」

 私の答えがよほどまずいものだったのか、聞くうちに少年の顔はどんどん曇っていった。

「ここ最近、ギルドを通さない勝手な討伐が増えてるとは聞いてたんだ。ギルドを通じてモンスター退治を依頼するには、手数料がかかるから。直で雇えば、冒険者に対する依頼料だけで済むって考えなんだろうけど、危なすぎるだろ……」
「つまり、普通ならばモンスター退治は、ギルドというところを通じて受けるもの、ということですか? そして、依頼する側はお金がかかり、依頼された側はお金がもらえると」
「そういうことだ。……その聞き方、もしかして教会からの頼みを無償で聞いてるとか言わないよな?」

 少年の質問に、私は素直に頷いた。
 彼の話を聞きながら、何となく自分の存在がイレギュラーなのではないかと感じていたのだ。
 話を聞く限りモンスター狩りは、どうやら冒険者――教会では専門職の人と呼んでいた――がやるものなのだろう。ギルドという、おそらく統括部署を通じて。
 そして本来、誰かにモンスター退治を依頼するにはお金がかかるということらしい。ギルドを通せば、人を集めて派遣するための手数料を取られるのが普通だということも、少年の話から理解できた。
 それなら、少年が私の話を信じられない顔で聞くのもわかった。

「その、お金を取るべきものと知らずにいたので……きっと教会の方も私を騙す気ではなかったのだと思いますよ。こうして装備も分け与えてくださいましたし」
「いや、そんなの、意味があるかなしかの初期装備じゃん」

 何とか教会を擁護しようとしてみたが、自分で言いながら少し無理があるなと感じていた。
 教会所属のシスターたちが身に着けるローブに加護が授けてあるこの装備も、正直心許ないとは思っていたのだ。教会側が心ある人たちならば、モンスター退治に行く私にもう少しマシなものをくれてもよかったはずだ。
 
「お金をもらってないことにこれまで違和感を持ってなかったのか……それなら、なんでモンスター退治なんか?」

 少年は、不思議そうに私を見る。
 彼の疑問はもっともだ。きっとモンスター退治をする人のほとんどが、お金のためにやるのだろう。そうでなければ、割に合わない。
 でも私がこれまでそれに気づかなかったのは、別のことで頭がいっぱいだったからだ。

「……己の強さを、確かめたかったのです」

 正直に打ち明けると、少年は驚いたように目を見開いた。それから、おかしくてたまらないというように噴き出した。

「どこのお姫さんかと思うようなきれいな子が、勇ましいこと言うもんだな」
「そんな……笑わなくても」
「いや、ごめん。おかしかったんじゃなくて、気持ちがいいなと思って。俺、そういうの好き」

 少年はオレンジ色の髪を揺らして、お腹を抱えて笑う。
 でも確かに、馬鹿にされているのではないとわかった。どうやら褒められているらしいとわかって、私は何だか照れてしまった。

「よし。その勇ましさに免じて、今回の報酬は山分けといこうか。今からギルドに一緒に来いよ」

 ひとしきり笑ったあと、少年は言った。
 助けてもらった上に報酬を分けてもらうだなんて申し訳なくて、私は首を振る。

「いただけません。だって、私だけでは到底倒せませんでしたから」
「手伝ってくれただろ? きみのバリアと攻撃力付与がなかったら、たぶんもっと手こずっただろうし」
「でも……」
「いや、報酬受け取って新しい装備を買ったほうがいいって」

 提案を断ろうとすると、彼は「ほら」と言って私のことを指差した。
 指先が指し示すのは、私の太もものあたり。見るとそこは、ざっくりと布地が裂けて肌があらわになってしまっていた。

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