6、届かない言葉
「……嫌だわ」
ラウラは心底嫌そうに嘆いてみせた。
「そもそも庶民の飾り物でしたの? だったらわたくしは要りませんわ。魔力のない人たちと同じ物をつけるなんてゾッとしますもの」
場が凍った。
そうか、そうだった、とアリツィアは今初めて思ったわけでないことを、また思う。
届かないんだった。
庶民とか、貴族とか、魔力があるとかないとか、そういうところじゃない場所の話をしているのに、届かないんだ。
慣れたとは言え。
ーー悔しいなあ……。
黙り込んだアリツィアに気を良くしたのか、ラウラは勝ち誇ったように話し続けた。
「そう言えば聞きましてよ? 縁談が持ち上がってらっしゃるとか」
大勢の中で言うようなことではないことを、高らかに告げる。周りからさっきまでとは違うざわめきが起こった。
「しかも、お相手は40歳も年上の大商人だとか」
アリツィアは驚きを顔に出してしまった。どうやって知ったのだろう?
ラウラは満足そうに頷いた。
「クリヴァフ伯爵様も、大商人に娘を嫁がせるほど困ってらっしゃるのかしら」
「ちっ、違いますっ!」
とっさに大きな声を出してしまった。見る見るうちに顔が赤くなるのが自分でもわかった。ラウラは嬉しそうに笑った。
「あらあら、そんなに真っ赤なお顔をなさって。よろしいのではなくて? 大商人様とアリツィア様。こう申し上げては失礼かもしれませんけれど、わたくしたちは日々、魔力があることを当たり前に思ってますもの。そんな軋轢を避けられる見事な縁談だと思いますわ。例えばここサンミエスク公爵様は……ほら、ご覧になって」
ラウラは、さっきイヴォナが感嘆していた天井付近で浮遊している羽を扇で指した。
「あの羽、公爵家の甚大な魔力があればこそですわよね。アリツィア様がお嫁入りされて舞踏会を開くとき、あのようなおもてなしはできそうにありませんものね」
アリツィアはもはや手の震えを抑えられない。必死で握り締めて、この嵐を去るのを待っている。
確かにわたくしはあの羽を浮かせることはできない。
森の木にもなれない。
耐えるしかない。
「……」
「あら。ついにだんまりですの? 負け惜しみなら聞きましてよ?」
言葉が出ない自分が情けない。イヴォナが困っている気配がする。お父様がこの出来事に気づいたら、がっかりするかもしれない。もうちょっとわたくしがしゃんとしてたら。わたくしさえしっかりしてたらーー。
「お話が盛り上がっているようですね」
不意に、アリツィアの背中に向かって声がした。驚いたアリツィアが声の方を見ると、金髪でがっしりした体格の若者が、こちらに近付いてきた。
声の主を目にした人々は、口々に歓迎の言葉を投げかけた。
「ミロスワフ様?!」
「おお、立派になって戻られましたな」
「ご到着が遅れていたと聞きましたが」
ミロスワフ・サンミエスクはごく自然にアリツィアの前に立ち、青い瞳で微笑みかけた。
「待たせたね、アリツィア」
ラウラが目を丸くしてその様子を見ていた。アリツィアはその懐かしい瞳を見つめているうちに、緊張が解れていくのを感じた。安堵の中で思わず叫ぶ。
「遅いですわ!」