(27)豪快な兄妹
「お義父《とう》様っ! 黙って聞いていれば、さっきから何を言ってるんですかっ!」
「あ、ちょっとメリア!」
「さすがに拙いだろ!」
他の使用人達が、メリアと団子状になって乱入しながら、必死に彼女を押し止める。それを眺めたルーファスは苦言を呈し、アスランは笑顔でメリアに声をかけた。
「主が客人と面会中に怒鳴り込むなど、何事だ。お前の失態は、カイル殿下の失態になるのだぞ?」
「あ、複数人の気配がしていたがやっぱりいたのか。そういうわけでメリア。今度王族をやめて、貴族にもならずに平民になるから。貴族と結婚したかったのなら申し訳ないが」
「別に私は、王族とか貴族とかと結婚したかったわけではありませんけど……」
周囲からの視線を一身に浴びたメリアは、それで冷静さを取り戻した。居心地悪そうに言葉を返すメリアに、養父であるルーファスは真顔で言い出す。
「言っておくが、この若造は領地や家門を継がなくても、これまで小金を溜め込んでいるから、当座の生活資金に困ることはないはずだ。全く……、新年祝賀の儀での正装を、毎年予算がきちんと出ているのにこの六年全て同じ衣装で参加しているのを見て、呆れ果てたぞ」
「え? 六年? 毎年?」
「ありえない……」
「本当に衣装を新調していなかったんですか?」
「どうしてそんな事が可能なんだ」
カイルを筆頭に、ルーファス以外の全員の驚愕の眼差しがアスランに突き刺さる。しかしアスランは、その指摘に平然と反論した。
「ですが宰相、気がついていたのはあなたくらいですよ? 毎年『貧乏くさいデザイン』とか『無骨な奴はセンスがない』とか貶されていなしたが、同じ衣装であるのを指摘されたのは皆無でした。それなのに一回袖を通すだけの衣装に、毎年大金を払うのは馬鹿馬鹿しくありませんか?」
「そもそも側付きの人数を誤魔化して、幽霊執事や侍女の俸給をしっかり確保した上で、それを運用して独立する時の資金として貯めていたからな」
「加護無しで生母も早世している、母方の実家の後見も望めない王子に仕えるなんて、そんな先のない役目を希望する物好きはいませんよ。第一、正規の人員が配置させているように名簿を誤魔化し、俸給を払うようにしてくれたのは宰相ご自身ではありませんか。おまけに羽振りの良い商会に紹介してくれたおかげで、そこに余剰資金を投資して手堅く運用できていますし」
「散財するような阿呆なら、とっくに見限っている」
「そうですよね」
もう頭痛しかしない大叔父と異母兄の会話を聞きながら、カイルは気合を振り絞って問いを発した。
「あの……、もしかしたら兄上は、今回の事態を以前から想定していたのですか?」
「今回の事態というのは、貴族扱いにならず平民に扱いになることか? それだったらその通りだな。というか寧ろ、進んで狙っていたという方が正しいが」
「どうしてですか!?」
臣籍降下は既定路線だったにしても、今までれっきとした王族だった異母兄がどうして貴族の身分まで投げ打って平民になりたがるのか、全く理解できなかったカイルは食い下がった。しかしアスランはちょっと困った顔をしたものの、冷静に話を続ける。
「どうしてって……、名ばかりの貴族になっても、特にメリットはないと思わないか? たいして領地を与えられないのに義務は負わされて、体面を保つために時間と労力と金を使わされるんだぞ? そしてあのろくでなしから恩機出がましく上から目線で言われることに、一々仰せごもっともですと追従を口にしながら頭を下げるのは、金輪際真っ平ごめんだ。良い機会だから、近衛騎士団も辞めてきた」
「辞めてきたって、そんなあっさり……。そ、そうだ! アーシェラ姉上がこのことを聞いたら驚かれて、もの凄く心配されますよ!?」
カイルは動揺しながら、この国とは間に一つ国を挟んだ小国に、二年前王太子妃として嫁いだアスランの同母妹であり、自身の異母姉に当たる女性の名前を出してみた。しかしアスランは僅かに首を傾げただけで、淡々と話を続ける。
「アーシェラか? 嫁ぐ時に『兄様もさっさと見切りをつけて、平民になって自由に生きた方が宜しいわ。私の事は安心して頂戴。ここ以外なら、どこでも上手くやってみせるから』と豪語していたからな。もう男子を生んでいるし、この国の後押しなどなくても立場は盤石らしい。最近『王家を経由しなくても、最低限連絡が取れるようにしておいてね』と言ってきたから、そろそろ俺が飛び出ると予想している筈だ」
「アーシェラ姉上……、昔から色々な意味で豪快な方でしたが……」
(そういえば昔、訓練場でランドルフに絡まれていた時に颯爽と現れて、庇ってくれた事もあったくらいだしな。さすがに女相手にまともに立ち合って怪我でもさせたら外聞が悪いと向こうが引き下がったが、隙あらば叩きのめそうという気が満々だった。夜会とかでも加護持ちでないのに言葉の切れ味が抜群で、周囲から一目置かれていたっけ。あのろくでなしが耳が痛い事をいう姉上を煙たがって、遠くに嫁がせたともっぱらの評判だったが)
相当な女傑であった異母姉を思い出したカイルが、何とも言えない微妙な心境に陥った。するとアスランが、あっさりと会話を締めくくる。
「そういうわけで俺としては就職先を探す必要ができたが、あのろくでなしに睨まれる危険性を犯してまで俺を雇ってくれる酔狂な人間は、ごく少数だからな。まず最有力な人間のところに押しかけてみた」
「ええ、まあ……、そうですよね。国内の大半の人間は、好き好んであのろくでなしの神経を逆撫でしようとは思いませんよね。仮にも国王ですし」
揃って実の父親をろくでなし呼ばわりしてから、兄弟は真顔で顔を見合わせる。そこで(確かに兄上を路頭に迷わせるわけにはいかないな)と、カイルも腹を括った。