閑話 ある『勇者』の王都暮らし その二
「あっ! 優衣さんおはよう。お先に食べてるよ」
「おはよう明。今日はのんびりしてるのね。高城さんも黒山さんもおはようございます」
部屋にはイザスタさんが言った通り、自身の付き人と一緒に『勇者』全員が集まっていた。
「今日は起きてすぐやる事があってね。少し遅くなってしまったんだ。だけど久しぶりに皆揃ったから悪くないかな」
明はそう言ってニッコリと笑う。
「よお。おはようさん月村ちゃん。今日もイザスタの姉さんと一緒か? 仲が良いねぇこのこのっ!」
「おはよう月村。良い所に来たな。黒山がやたらに話しかけてくるので困っていた所だ」
「まあそう言うなって高城の旦那。旦那は普段顔を出すのが遅いだろ? こんな時じゃなきゃのんびり話も出来ないもんな。訓練中とかは話しづらいし」
「だからいつも気安く話しかけるなと言っているだろうに。あと旦那ではなく高城さんか様を付けろ」
黒山さんは朗らかに、高城さんはどこか気難しげに挨拶を返してくれる。
この二人は意外に仲が良い。歳は離れているし性格もまるで違うのだけど、黒山さんの方がかなり社交的で高城さんに合わせる事で上手い具合にまとまっている。
実際この二人は連携の時も、黒山さんが持ち前の風属性で速攻を掛けて相手をひっかきまわす間に高城さんがゴーレムを何体も作って物量で押し切るというのが鉄板戦法だ。
私が席に着くと、待ってましたとばかりに控えていたメイドさんが朝食を並べてくれる。相変わらず手際が良い。これを見ていると、マリーちゃんもここまで出来るようになるのか考えてしまう。
「う~ん! 今日も美味しそうね。さあユイちゃん。アタシ達もいただきましょうか!」
「そうですね。では、いただきます」
私は手を合わせてそうしっかりと口にする。こうして、私月村優衣の一日が始まるんだ。
朝食はとても和やかに進んだ。あまり食事中に話すのはマナーが良くないかもしれないけど、私は家でも時々そうしていたし、黒山さんもどうやらそうみたい。主に黒山さんが話をし、それに高城さんが付きあわされて、私が時折相槌を打つという感じだ。
明は意外に自分からはあまり話しかけない。だけど黒山さんが冗談なんかを言うとアハハと自分も笑っていたりする。食事中はあまり話さないとかそういう育ちなのかもしれない。
高城さんも自分からは話さないのだけど、イザスタさんがよく会話に混ざってくるので会話は全然途切れない。今もまた、黒山さんが以前の失敗談を語ってそれに皆で笑いを返している所だった。
「そうなの? テツヤちゃんったらまったくもう。……そう言えば、アナタ達も大分実力がついてきたみたいねぇ」
「おうよっ! この前のアドバイスを参考に風属性を取り入れてみたら結構調子が良くてよ。火属性はまだ本番で使える感じじゃねぇけど、前より動きにキレが出ているのは間違いないぜ」
「ふんっ! 君の言う通り、出だしを意識する事で確かに流れがスムーズになった。そこは礼を言っておこう。……しかしあの程度言われなくとも自分で気づけた事だ。あまり調子に乗らない事だな」
どうも以前の模擬戦から、イザスタさんに対する二人の態度は少し変わったように思う。
黒山さんは時々自分からアドバイスを聞く所が見られるし、高城さんはどこか……何と言えばいいのだろうか? カッコつけるというか気取っているというか、そういう態度をイザスタさんの前でとるようになってきた。それだけ二人から頼りにされているという事かもしれない。
ただ……実力か。私は自分の手をじっと見つめる。最低限の自衛手段を得るという事で訓練は続けているけれど、相変わらず私は弱いままだ。『勇者』なんて呼ばれるには程遠い。……やっぱり戦いには向いていないのだろう。
「あら!? ユイちゃんったらま~た落ち込んじゃって」
私が考え込んだのを目ざとく察知して、イザスタさんが明るい感じで声をかけてくる。
「直接戦うだけが能じゃないのよん。それに月属性は謎が多い属性だから、簡単に使いこなせなくても仕方ないわ。ユイちゃんはゆっくり自分の出来る事を見つけて行けば良いの。大丈夫。戦いが嫌だっていうのならそれ以外のやり方を探せばいいのよん」
「……本当ですか?」
「ホントホント。アタシを信じなさい!」
そう言うとイザスタさんは軽くウインクする。こうやって人を気遣えるイザスタさんは大人だなぁと良く思う。だけど時折子供みたいな態度もとるし、どっちが彼女の素なのか分からなくなる。
「アキラちゃんは……特に問題ないわね」
「ありがとうございます。ですが何も言われないとそれはそれで寂しいような気も」
実際ただでさえ強かった明は、最近ますます強くなっている。
イザスタさん曰く、多少戦い方が粗削りな所があるけれど、才能だけで言ったら相当良い線いってるらしい。「場合によってはうちにスカウトしようかしら」なんて言ってたけど何の事だろうか?
「ふむふむ。これならそろそろ良いかもしれないわねん」
「そろそろって……何がですか?」
「フフッ。秘密! またその内話すとしましょうか」
呟くように言ったその言葉が気になって訊き返すが、イザスタさんは笑ってごまかした。なんだかんだイザスタさんは秘密主義で話してくれないことが多い。自分が何者なのかとか。どうしてそんなに強いのかとかだ。いつかそういう事も話してくれるのかな?
そうして朝食は終始和やかなまま終了し、それぞれ自室に戻る事に。イザスタさんもちょっと準備があるって言って別行動だ。
授業まで時間があるし、それまでは書庫から借りてきた本の続きでも読もうか。そう考えていた時、
「やあ。ちょっと良いかな?」
これまで食事の席ではほとんど話さなかった明が突然声をかけてきた。
話があるという明を連れて自室に戻るなり、同行していたメイドさん達が素早く来客を迎える準備をする。あれよあれよと言う間にテーブルは整えられ、椅子が並べられ、簡単な茶菓子が用意される。今朝食を食べたばかりなんですけど。
とは言え、一仕事終えてビシッと整列しているメイドさん達に文句を言う訳にもいかず、曖昧に笑ってしまう私。うぅっ! 我ながらなんでこうハッキリと言えないんだろう。
「あ、ありがとうございます。明もとりあえず座ったら? 何か話があるんでしょう?」
「そうだね。それじゃあお言葉に甘えて、失礼するよ」
私が椅子に座ると、明も私の隣に来て椅子に座る。……なんか距離が近くない? こういうのって普通対面とかじゃないかなっ!?
「さて、話なんだけど」
明はそこで言葉を切って視線を逸らす。逸らした先には先ほどのメイドさん達。これはつまり、
「ああ。…………忘れてたっ! これから本を返しに行くんだった。どうしよう困ったなぁ。急いで行かないと怒られそうだけど、これから明とも話さないといけないしなぁ」
チラッ。チラッ。言いながら視線を何度もメイドさん達の方に向ける。ちょっと棒読みになったけど、ちゃんと伝わるかな?
「かしこまりました。では本は私共の方で返却してまいります。少々お時間を頂きますので、その間『勇者』様方は
なんとか伝わったようだった。メイドさん達は各自一礼してゆっくりと部屋を出ていく。……扉を閉める際にメイドさんの何人かがこうムフフって感じの顔をしていたが気のせいだよね。妙な勘違いされてないよねっ!?
「……大丈夫。聞き耳を立てているって感じはなさそうだよ」
明が扉の前に立って外の様子を探る。そんな事しなくても大丈夫……と言いたいけど、さっきの様子を見るとホントに居そうで怖いから明に任せる。
そしてそのまま椅子に座る……と思いきや、椅子やテーブルも調べ始めた。そこまでしなくても。
「……うん。何か仕掛けられている様子はなしと。ごめんね優衣さん。どこから監視されているか分からないから」
「監視ってそんな大げさな」
「だと良いんだけどね。じゃ、改めまして失礼するよ」
そこまでしてやっと椅子に座る明。あれ? そう言えば、
「ねぇ明。サラさんはどうしたの? 考えてみればさっきの朝食から姿が見えなかったけど」
「朝食の席で言ったよね。やる事があって遅くなったって。サラにはそれで用事を頼んでいるんだ」
「その用事って明がここに来た理由とも関係あるの?」
うんと明は頷く。その顔は至って真面目だ。メイドさんを退出させた点から考えても、どうやら大切な話らしい。
そして明は姿勢を正すと、私に向かってとんでもない事を言いだした。
「優衣さん。頼みがあるんだけど……力を貸してくれない? ボクが逃げ出す為に」
「逃げ出すって……まさか王都から!? ダメだよっ! ついこの前襲撃されたばかりじゃないっ! 今出たらまた襲われちゃうかもしれない」
私の脳裏に浮かぶのは暴れまわる凶魔。上がる血飛沫。そして私を狙ってきた黒フードの男達と、エリックさんに化けて襲ってきたベインという男。思い出すだけで身体が震える。
私が今こうして無事でいるのは、運良くイザスタさんが助けに入ってくれたからだ。目の前の明なら一人でも切り抜けられるかもしれない。それでも王都を出たらそれに合わせてまた襲ってくるかもしれない。
もう二度とあんな事は起こしてはいけない。マリーちゃんみたいな被害者をもう出してはいけないんだと私は思う。だから明がもし王都を出ようというのなら止めなくちゃ。
そんな私の様子を見て、明は少しだけ真面目な顔を崩す。
「王都から逃げだすんじゃないよ。ここに居た方が安全だしね。……
「そ、そう。良かった。じゃあ逃げ出すってどういう事?」
明の何処か含みのある言葉が気になったが、それはひとまず置いておいて話を続ける。
「実はね、今日の訓練の時間にちょっと抜け出そうと思っているんだけど、その間優衣さんにボクの身代わりを頼みたいんだ」
なんだか話が大変な事になってきた気がする。