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(23)大使公邸での密談

「お帰りなさいませ」
 ハリーが妻のカレンを伴って王城から大使公邸に戻ると、母国から付き従っている忠実な執事長が、恭しく主夫婦を出迎えた。その総白髪の頭を見て、ハリーが苦笑を浮かべる。

「ああ、ラゾーナ。遅くなってすまないな。若い者に任せて、先に寝ていても良いのだぞ?」
「何を仰いますか。旦那様と奥様がお忙しく過ごされているのに、私ごときが先に休むわけにはまいりません」
「相変わらず真面目ね。それに甘えてしまうけど、お茶を一杯貰えるかしら。今夜の事について、休む前に旦那様と話しておきたいことがあるの」
「畏まりました」
 夫に続いてカレンが口にした要望を受け、ラゾーナはすぐさま引き下がって準備を始めた。
 あらゆる事態を想定して常に準備万端整えておくのは執事の基本であり、ラゾーナはさほど時間を要さずにワゴンを押しながら再び応接室に戻る。すると主夫妻は寛いだ様子でソファーに座りながら、なにやら楽しげに談笑していた。

「それではお前の方も、収穫はあったようだな」
「ええ、とても。個別に面会を申し込んだらさすがに目立ちますし、良い機会でしたわ。やはりこの目で直に確認してみないと、分からないことは多いですものね」
「全くだな。それでお前の判断は?」
「あなたとは時間をずらして接触してみましたが、知識も教養も才覚も十分及第点ですわね。あなたとのお話の後でしたから、さすがに少々お顔に感情が出ておられましたが。ですが、なんといってもまだお若いのですし、あれくらい可愛げがあった方がよろしいでしょう」
「それでは、本決まりという事で良いな?」
「あなたの判断に、私が異議を唱えるとでも?」
「我が家の最大の抵抗勢力は、間違いなくお前だからな」
「まあ、酷い」
 そこで夫妻が揃って楽しげに笑い声を上げた事で、ラゾーナは話に一区切りついたと判断した。それで二人に声をかけながら、目の前のテーブルにお茶を注いだカップを音もさせずに置く。

「旦那様、奥様、おまたせしました。お茶の支度が整いました」
「ああ、すまないな」
「ありがとう、ラゾーナ」
 そしてお茶を一口飲んだハリーが、忠臣の顔を見上げながらしみじみとした口調で告げた。

「本当に異国まで、長々と付き合わせてしまって悪いな。だがそろそろ本国に帰れるかもしれないから、そうなったら遠慮なく楽隠居してくれ」
「それは結構な事ですな。しかし、帰国の指示が出ているのですか? お伺いしておりませんが」
 不思議に思いながら、ラゾーナは確認を入れた。するとカレンが、笑いを堪える表情で説明を始める。

「そうではないのだけど……。ハリーったら昨日の剣術大会観戦から、こちらの国王陛下を怒らせる言動をしているのよ。今夜の祝典でも色々あったものだから、国王陛下が皇帝陛下に抗議する気満々のお顔をされていたの」
「はてさて、皇帝陛下への親書の内容をどうするつもりかな? この国の宝である加護持ちの能力を、公の場で卑下する言動を繰り返してけしからんとでも書く気かな?」
「そんな物を受け取っても、陛下は鼻で笑うだけでしょうね」
「旦那様……、一体なにをなさっていたのですか」
 一国の君主を激怒させるとは相変わらず困った方だと思いながら、ラゾーナは嘆息した。すると主夫妻の口から、遠慮のなさすぎる台詞が次々に飛び出してくる。

「たいした能力でもない加護とやらをありがたがって、それを見せびらかして自国の優位性を誇示しようとする姿が滑稽極まりなくてな。あの第二王子が最初の祝賀関連行事である剣術大会で無様に負けたあの姿は、本当に抱腹絶倒ものだった」
「ハリーったら笑い過ぎて、余計な事まで放言してね。国王陛下が、無言で睨みつけてきたくらいよ。皇帝陛下と比べると小物過ぎて、全く恐れ入らなかったけど」
「その第二王子はさすがに面目なくて、今日の夜会は欠席していたな」
「第一王子の一撃で前歯が折れたとか聞いておりますし、暫くは人前に出ないのではないかしら? 間抜けすぎるもの」
「はぁ……、なるほど。勿論、それだけではございませんね?」
 昨日からそんな事をしていたのかと、ラゾーナは内心で呆れた。そして、この際まとめて聞いてみようと尋ねてみたが、すぐにそれを後悔する羽目になった。

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