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第83話 負社員惑いて星に立つ(了)

「なんなんすかねえ、あのおっさん」結城が建物に向かって歩きながら口を尖らせる。「本原ちゃんが怒るのも無理ないよ」
「ははは」女型依代の天津は元々の天津と同様に苦笑した。「まあ、いろんな人がいますから」
「申し訳ございません」本原が謝った。「神さまに対して、あまりにも許し難い行為だと思ったので」
「いえいえ」天津は歩きながら手を振った。「ありがとうございます」
「ああいう人間に対しても、神は感謝を抱くのですか」時中が質問する。
「はい」天津は淀みもせずに頷く。
「まじすか」結城が眼を丸くする。「神だなあ」
「おはようございます」主棟の正面玄関から三十代ほどのビジネススーツ姿の男が出て来て挨拶する。「あ、今日は天津さんじゃないんですね」女型依代の天津を見てそう言い、にっこりと笑う。「私、担当の東雲です」手馴れた仕草でポケットから名詞入れを取り出し一枚手渡す。
「あ、すいません今日は急遽私、木之花が付き添いさせて頂きます」女型依代の天津は咄嗟に偽名を名乗った。「すいません名刺持参していなくて」東雲の名刺を受け取りながら謝る。
「あーいえいえお気になさらず」東雲は眼を細めて笑った。「もうお名前記憶しましたから大丈夫です。ははは」

          ◇◆◇

「よし」大山が拳を握り締める。「俺はこいつに賭ける」
「あー」住吉が唸る。「来ますかねえ」
「軽薄そうな男だな」石上が厳しい意見を述べる。
「でもかなり、気に入ってはいそうすね」伊勢も考えを述べる。
「さっきのおじさんよりは、彼だよね」酒林が評論する。
「何の相談ですか」木之花が訊ねる。
「あまつんに言い寄ってくるかどうか賭けてんの」大山が悪びれもせず答える。
「まったく」木之花は荒く溜息をついた。「暇な会社だわ」
「しかしあれは別嬪じゃの」宗像がにこやかに感想を述べる。「ええ女じゃ」
「タゴ……宗像支社長」木之花が拗ねたような声で呼ぶ。「ああいうのがお好みなんですか?」
「いやいや」宗像はからからと笑う。「羨ましいのよ。儂ゃ今、ラクダじゃからのう」
「あ……すみません」木之花は肩をすくめた。「どうか今しばらくのご辛抱を」

          ◇◆◇

 ――もし。
 地球はふと思った。
 もし、動物が――人間がここに発生していなかったなら、自分の“システム”はどんな風なものになっていたんだろう。それはもしかしたら今よりも穏やかだったかも知れないし、逆に今よりももっと活動的で攻撃的な、激しいものになっていたのかも知れない。それにより自分の――地球という星の寿命は延びたかも知れないし縮んだかも知れない――太陽系の寿命内で。
 ――神は何故、人間を愛してやまないのか――
 ずっとそれが、不思議で仕方なかった。けれど、今地球は思うのだった。
 ――それは多分、人間が、神を愛してやまないからだろうな。
 地球はまた、こうも思うのだった。
 ――もしかしたら、実は神を造ったのは、人間なのかも知れない。
 地球はそしてまた、システムを基本通りに動かし始めた。
 ――いつか。
 基本通りに動かしながら、地球は思うのだった。
 ――地道にこの動きを、辿って、そして……解明するのかな。

 ずず
 ずずず
 ず
 ……
 ずずずず

 ――私のすべての構造を、形成過程を、メカニズムを、君たちは。

 ず
 ずず
 ずず
 
 ――そしていつか、完璧に予測できるように、なるのかもね。

 ずずず
 ……
 ず

 ――君たちが“神”と呼んだ、この星の運動の法則すべてを。

 ずず
 ず
 ずずず

 地球は、比喩的にゆっくりと瞼を閉じた。

 ぶひひひ

 馬のいななく声がどこか遠くに聞えた。
 地球はふと、比喩的に薄く眼を開けたが、小さく笑ってまた瞼を閉じた。

          ◇◆◇

 OJT一行は主棟から離れた別棟に入り、エレベータで地下へ下りて行った。
「本原ちゃん」到着までの間、エレベータ内で結城が呼びかけた。
「はい」本原が返答した。
「俺は今、どんな顔をしているかな」結城が質問した。
「邪悪な顔をしています」本原が回答した。
「邪悪な顔?」結城が眼を見開いて訊き返した。
「はい」本原は頷いた。
「邪悪な顔か……」結城は復唱した。
「邪悪な顔です」本原は断定した。
「よし」結城は頷いた。「じゃあ、また魔物が出て来ても大丈夫だな」
「邪を以て魔を制するのか」時中がコメントする。
「ははは」女型天津が小さく苦笑する。
「いやあ、今度こそやってやりますよ。まじで」結城は目的も明確でない柔らかな決意を強く表明した。「本原ちゃん」また呼ぶ。
「はい」本原が返答する。
「俺は、決めた」結城は断言する。
「何をですか」本原は質問する。
「ネルンデルタール人の意地を見せてやる」結城は再度決意表明をした。
「ネアンではないですか。ネルンではなく」本原は訂正した。
「いい加減ローションから離れろ」時中は苦言を呈した。
 エレベータのドアが開き、一行はゴーグルライトを頼りに地下の狭く寒々しい岩肌剥きだしの通路を歩き始めた。
「本原ちゃん」先頭に立って歩きながら、結城がまた呼ぶ。
「はい」本原が返答する。
「俺たち、結」結城が続きを途中まで言いかける。
「お断りします」本原が明確に拒否する。
「婚しようか」結城が残りを言う。
 その後、一行は無言で歩き続けた。

◇◆◇◆了◆◇◆◇

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