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一円玉と金の生る木

「フムフムなるほど。おおよそですが理解しました」
「り、理解してくれて助かるよ」

 俺はジューネから根掘り葉掘り一円玉、というよりアルミニウムという金属についての質問攻めにあった。と言ってもあくまで俺が教えられる一般常識的なもののみだったが。

「話を聞く限りでの特徴は、金属にしては軽く、そして比較的細工がしやすいという点ですね。まあ加工という点では本職の方に確認をとらないと何とも言えませんが」
「それで、ジューネの目から見てこれは売れそうかな?」
「そうですね」

 そう言うとジューネは目を閉じて少し考えこむ。

「……素材としては良いと思います。何しろ未知の金属ですからね。欲しがる者は多いでしょう。ですが幾つか問題があります」
「問題と言うと?」
「まず一つ。出所の問題です。こちらはトキヒサさんの故郷で使われている物。だけどトキヒサさんはあまりその辺りは明かしたくないのですよね? 先ほどの事から察すると」

 これはさっきの話し合いの中で話題になったのだが、流石に異世界の事はあんまり言いふらすわけにもいかず適当にお茶を濁すことにしたのだ。

 無論いざとなったら話すつもりだったが、ジューネもそこはあまり突っつかないでいてくれたので助かった。

「ああ。必要なら仕方がないけど、出来れば話したくない」
「何か更なる儲け話の気配がプンプンするのですが……まあ良いでしょう。となるとこの品はどうやって手に入れたかという事になりますが」
「……いっそダンジョンの中で手に入れたとでも言えば良いんじゃない?」

 ここでエプリからの掩護射撃。基本話し合いに口は出さないと言っていたが、良いアイデアを出してくれるじゃないか。

「そうかその手があったな。ダンジョンで新種の金属が出たとか言えば誤魔化せるんじゃないか?」
「本気? ……冗談で言っただけなのだけど」

 何故か言い出しっぺのエプリが驚いているが、ジューネは結構真剣な顔をしてこの提案を考えている。

「となると調査隊の皆さんとドレファス都市長にも話を付ける必要がありますね。大分大掛かりになりますが、まあそこは何とかなりそうです」

 どうやら無事に済みそうだ。そう安堵しかけた時、

「ですが、まだもう一つ肝心な問題が残っています」
「もう一つ?」

 ジューネが真面目な顔をして再び俺の目を見据える。まだ何か凄い問題があるのか?

()()()()()()()()()()()。これでは新素材が見つかったという証明にはなっても、これそのもので交渉は難しいと思います」

 量か。確かに一円玉数枚じゃどうにもならないよな。だったら、

「じゃあどのくらいあれば交渉になりそうだ?」
「そうですね。……まあ素材としてみるなら同じものがざっと千枚もあればひとまずの交渉くらいは」
「千枚か。そのくらいで済むならお安い御用だ」

 俺は貯金箱を取り出すと、通貨設定を日本円の一円玉に変更して通貨を引き出す。すると、

「……なっ!?」
「これは以前ジューネには話したよな。俺の『万物換金』の加護は自分の物を金に換えられる。そしてこの一円玉は俺の故郷の硬貨。つまり金だ。なのでこの通り。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って訳だ」

 俺とジューネの間にあるテーブルには、一円玉がちょっとした山を作っていた。と言っても二千円分なので大した出費じゃないが。

「出そうと思えばまだまだ出せる。これでいけるか?」

 ジューネは一円玉を数枚手に取り、それぞれが本物であることを確認すると、無言でグッと拳を握りしめながら笑った。……答えはそれだけで十分だ。




「しかし、ある意味勿体ないですねぇ。ここまでの装飾があるのに素材としてだけ使うというのも。おじい……もといヌッタ子爵なら大喜びするでしょうに」

 多く出し過ぎてテーブルから零れた一円玉を拾い上げながら、ジューネがふと呟く。確かにあの子爵だったら食いつくかもな。

「そうだな。じゃあ素材として扱う分とは別に、収集品として何枚か子爵に送るとか。どうせ喜びそうな物を集めておくって言ってあるんだし」
「う~ん。そうしたいのはやまやまですが、子爵はああ見えてただで物を貰うのが苦手と言うか。交渉で自分有利に持っていって貰うのが好きと言うか。そういうちょっと面倒なヒトなんです」

 面倒って……。まあこれを聞いてこの前の地下室での交渉の意味が分かった。それでついついジューネに温かい目を向けてしまう。

「ど、どうしたんですかその目は?」
「いや、ジューネって優しい所もあるんだなって思ってな。つまりこの前のあれは、素直に受け取らない子爵に対する壮大な芝居だったんだろ? いざとなったら華を持たせる的な」
「……何の事です? あれは勿論最初から最後まで本気だったに決まっているじゃないですか」

 えっ!? そうなの!? 照れ隠しかと疑うが、どうやら目の前のジューネにそんな様子はない。

「そりゃあ私だって多少のヨイショをしようとした時もありました。しかしおじいゴホンゴホン……子爵ときたら、わざと手加減しようとするとすぐに察知するんですよ! そうなると逆にひねくれて、急に年寄りっぽくやれ関節が痛いだの咳が酷いだの言って交渉を打ち切ろうとするし」

 そのままジューネの愚痴……と言うか、ある意味家族間コミュニケーションの様子をたっぷり聞かされた。つまり手加減抜きの全力で交渉しないと意味がなかった訳だ。だからと言って毎回あれでは身がもたないんじゃないかと思うのだが。特に周りが。

 そう思ってアシュさんの方を見ると、俺の思ってる事が伝わったのかうんうんと微妙に苦笑いしながら頷いている。お疲れ様です。

「という訳なので、子爵の方は今は良いです。それよりもこのイチエンダマ。硬貨ではなく素材としてならアルミニウムでしたか? これをどう売り込むかを考えましょう」
「ああ。と言っても俺は商人じゃないから、どうやって売り込めば良いかなんて分からないしな。大体はジューネに任せるよ」
「おいおい。良いのかうちの依頼主様に任せても? 色々任せたりしたら自分が儲ける為にこっそり裏で動いたりするかもよ」
「なっ!? なんて事を言うんですかアシュ。……まあ否定は出来ませんが」

 アシュさんの言葉にそうポツリと呟くジューネ。否定出来ないんかいっ!? まあ予想してたけどさ。

「まあそこは別に良いですよ。誰だって自分の利の為に動くのは当然ですし、それに良い商人はそれも込みで皆が一番儲かる風に動くもの。だよなジューネ?」
「むむっ!? そう言われたら、良い商人としては勿論ですと返さざるを得ませんね。……良いでしょう。ばっちり皆儲かるように動いてみせましょうとも!」

 わざと少し挑発気味に言うと、それを分かってかジューネも気合を入れてそれに応じる。前にもアシュさんに似たような事を言われていたけれど、ジューネの行動原理は意外に分かりやすいのかもしれない。




「ではまず誰に売り込むか……ですね。ちなみに私のおすすめとしては、一番がドレファス都市長。次点で商人ギルドのネッツさん個人。その次が私の伝手を頼って知り合いの鍛冶屋や細工師、ヌッタ子爵、商人ギルド全体と続きます」
「一番と次点はなんとなく分かるけど、その後はよく分からないな。商人ギルドそのものに話を通すのはダメなのか?」

 出所の問題でドレファス都市長に話を通し、一緒に品を出して交渉するという手は分かる。次点のネッツさんも、商人ギルドの偉い人なのだから交渉事にはうってつけだ。

 だがその後に個人の知り合いを出して、商人ギルド全体を最後に持ってきたのがよく分からない。と言うよりネッツさんに声をかけたら普通にギルドにも話が通るだろうに。

「確かに、長い目で見て最も利益を考えるなら商人ギルドが一番です。ネッツさんに協力をお願いして大々的に広めるというのも手ですね。しかし前提として長くノービスに滞在出来ない点と、アルミニウムの出所を誤魔化す必要があるという点が挙げられます」
「……成程ね。大々的に売り込めば売り込むほど、こちらに興味を持って調べようとする者も増える。それら全てに関わっていたら時間がいくらあっても足りないし、誤魔化すのが難しくなってくるわね」

 エプリの言葉に俺もなるほどと頷く。諸々終わったら早く次の目的地であるラガスに向かわねばならないが、その為には都市長から頼まれた件とセプトに埋め込まれた魔石の件を終わらせる必要がある。

 予定では情報屋が戻るのがあと八日。ベストなのはそれまでに終わらせて情報を貰う事だが。

「エプリさんの言う通りです。つまり如何に早い時間で、それでいて誤魔化しきれる程度に小規模に、なるべく儲かるよう売り込まなければならないという実に難しいお題なのですよ」
「という事で商人ギルド全体に話を通すのは悪手だ。ネッツ個人に話をするならまだ問題はないだろうけどな。これで大体分かったかトキヒサ?」
「はい。何とか」

 アシュさんの言葉にゆっくり頷く。しかしちょっと縛りが多すぎやしないかこの状況。時間に情報に金。どれも大切だから仕方ないが。

「となるとやっぱり最初はドレファス都市長の所か。訳を話して出所を誤魔化すのに協力してもらおう」
「そうですね。ただこのアルミニウムがどこまでの値が付くかとなると……正直未知数です。それに場合によってはトキヒサさんの方が問題になります。何せ金が続く限りアルミニウムを産み出せる訳ですからね。アルミニウムの価値次第ではトキヒサさんは金の生る木と同じです」
 
 自分が金の生る木っていうのはピンと来ないけどな。だけどまあ何となく理解は出来る。

「そう考えると価値が出過ぎない方が良い気もするな。そこそこ売れる程度で良いのか?」
「そこは話の持っていき方次第ですね。まあ交渉の方は私とアシュに任せてください。こういう事は慣れてますから」

 自信たっぷりに言うジューネ。これは頼もしい! ジューネだけじゃなくてアシュさんもいるしな。

「何故か微妙に頼りにされていないような気もしますが……まあ良いです。次はどのように売り込むかですが、正直な所どこまで話します? 加護について全部話しますか?」
「一応全部……かな。そこについては俺から話すよ。ただ『万物換金』で一円玉を出すには多少の制限があるという事にする。だから無尽蔵には出せないってな」

 嘘は言っていない。金が無ければ出来ないからな。無から有を産み出すものじゃないって事だ。

「……気休め程度かもですが、まあそれで少しは誤魔化せますかね。では簡単にまとめると、まずドレファス都市長様にはアルミニウムとその出所について説明した上で協力を仰ぎ、周囲の方にダンジョン産であると喧伝してもらう。そうすれば次の交渉が大分やりやすくなりますからね。ひとまずは以上ですが……何か質問は?」
「次のって都市長以外とも交渉するのか?」
「当然です。ドレファス都市長様との交渉が上手くいけば、ある程度情報を制御しながら新たに交渉が出来るようになりますからね。その間に出来る限り伝手を頼って売り上げます。……と言ってもまずはアルミニウムの細かな性質などを確認する必要がありますが、そこは私の知り合いの鍛冶屋に見てもらう事になりそうです」

 俺の言葉に対し、何を言っているのかと言わんばかりにジューネは返す。こういうのはただ売れば良いと思っていたが、ジューネからすればドンドン次の交渉に繋げていくつもりのようだ。

「これはもう全体でどれだけの額が動くことやら。想像するだけで……いやあ夢が広がりますねぇ!」

 さっきからまたジューネの目が金マークに見える。自分の想像に悦に入っているみたいだけど、声が掛けづらいなぁ。なんか幸せそうだし。まだ話があったんだけど、元に戻るまで待つとするか。

「……大丈夫かしら? 今のジューネに任せて」
「大丈夫さ。……多分」

 微妙に呆れたような声でエプリがそう呟く。……本当に大丈夫だよな? 商人として信用してるから頼むぜまったく。

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