第2章-7 エレメンツハンター学の教授は常に忙しい
オレは選抜軍人以外の学生には自習を命じ、エンジニアには特に何も言わなかった。
残念ながらエンジニアは、オレの求めている動きをしてくれていない。彼らは手持ち無沙汰にしているか、シミュレーターの様子をみている。新開グループのエンジニアなら指示しなくとも、こちらの望む動きをしてくれるのに・・・。
オレが今、彼らに求めているのは、学生をサポートしつつ使用感や操縦レベルなどを吸い上げ、よりよいシミュレータールームにするための検討をして欲しい。
実際に使用するユーザーから、直接意見を聞ける機会などない。その機会を無駄にし、自分の殻に閉じ籠るなんて、信じられない怠慢だぜ。新開グループの社員なら、ユーザーから遠い位置にいる研究者でさえコミュニケーションをとるだろうに。
まあ、忙しいオレに話しかけて、時間をとるような真似をしないだけマシか。
そうアキトは諦め、気を取り直し、翔太との作戦会議に入った。中身の殆どない雑な作戦なのだが・・・。
「さてさて、どうするアキト? ボクとしては、さっさと撃破するか、あっという間に撃墜するか、ソッコーで殲滅するか、3択の内のどれかかな?」
「オレとしては、とりあえず突撃。乱戦に持ち込んで全滅させるって感じでイイと思うぜ。さっきの戦闘から推測するに、操縦技術1位と3位の実力も大した事ないだろうからな。翔太との距離50のスクリューでいこうぜ」
「うんうん、それなら30分ぐらいで済むだろうね。それから昼休憩の後の腹ごなしに、小生意気なヤツらの相手ってとこかな」
風姫が不思議そうに尋ねる。
「それは、選抜軍人の操縦技術の成績を知っている、ということかしら?」
「それだけじゃなく、操縦技術の具体的な項目の成績も知ってるぜ、オレも翔太もな」
「それは狡いわ」
「いやいや、戦争に狡いも汚いもないさ」
「まったくだ。戦争なんて情報戦だぜ。オレ達みたいに遭遇戦ばっかだったのがオカシイんだよ」
「戦争じゃなくシミュレーション演習よね? これは大学の授業の一部のはずだわ」
アキトは尤もそうな口調で、話を逸らす。
「いいか風姫。彼らは戦争のプロだ。その彼ら選抜軍人が、情報戦の段階で負けている。それがこの問題の本質だぜ」
「情報戦でもスキルでも人間性でも、ボクらが遥かに上さ。シミュレーション演習で勝てない道理はないよね」
「翔太は情報の重要性を今一つ分かってないようだな。だが、小細工を弄する必要もないくらい戦闘スキルに差がある。つまり、予め情報を得ていようが得ていまいが、オレらの勝利は揺るがないんだぜ」
「それって違うよね。ぜんぜん問題の本質とは違うわよね。なんか適当な言い訳にしか聞こえないわ」
アキトは図星を指され、本音を零す。
「ヤツらは千沙の授業を蔑ろにしたんだぜ」
「そうそう、万死に値するよね? 千沙をバカにするのは、お宝屋にケンカを売った訳さ。アキトもお宝屋の一員として、ヤツらに鉄槌を下すのに賛成したんだよ」
「それは違う」
「いやいや、ゴウ兄の提案に賛成したよね?」
「そこじゃねー。オレはお宝屋に入った覚えはないぜ」
「義務教育終了後、すぐに入ったじゃないか?」
まったく翔太の言う通りで反論の余地はないのたが、アキトは強がりを口にする。
「・・・今は違うぜ」
「ジン教授、新開教授、ちょっと良いですかね」
ショーロホフが史帆を引き連れ、扇の要の位置にいるアキトの前まで来ていた。
良い笑顔なのに、ちっとも目が笑っていないショーロホフ、憂鬱な表情を浮かべている史帆。嫌な予感しかしないぜ。
「なんでしょうか?」
「今日の昼休憩の時間と授業後に、時間を取って頂きたくてね。シミュレーターシステムの件で、緊急に話がしたくなったのだよ」
何やら、お説教の予感がする。
「構わんぞ」
「オレは授業後に用事がありますけど、昼休憩の時は時間があります」
短い時間で済むよう、遠回しに昼だけならと口にしたが、ショーロホフの目つきが鋭くなる。
「新開教授は、何があっても強制参加になるがね」
「いやいや、それはちょっと横暴じゃないかなー。新開グループの管理職だとしても、アキトエレメンツ学科の教授だしさ。今は授業中だよね?」
翔太は感情でアキトの味方をした。が、すぐに敵になった。
「だから、昼休憩と授業後に時間が欲しいと言っている。シミュレーターの完成が来年度以降になっても良いかね?」
「うんうん。アキトの授業後の用事は後回しだね」
即座に手の平を返し、翔太はアキトの敵に回った。
翔太は感情より理性を、友情より仕事を優先したのだ。翔太の社会人としての当然の判断に、アキトが反発する。
「勝手に決めんな! オレにはオレの用事や優先順位ってのがあんだぜ」
「トラブルやバッドニュースほど、早めに対応すべきさ」
「うむ、翔太の言うとおりだ。アキトは教授としてシミュレーターの完成を急ぐ必要があるぞ」
「お宝屋に正論を吐かれたくないぜ」
「宝教授にも参加すべきだろう。我が昼食と夕食、それに会議室を予約しておこうではないか」
「むろん構わんぞ」
「さて、アキトよ。年長者2人が参加するぞ。しかもだ。自分の担当業務を他の教授に任せるのは、貴様の矜持を傷つけはせんのかな」
ジンの嫌味に抵抗しようと、アキトは必死に頭の回転のギアをあげた。しかし、アキトの機先を制し、ショーロホフが会議を既定のものにしようと、ジンに依頼する。
「ジン教授。10人以上入れる会議室をお願いしたのですが」
「よかろう」
千沙が横から口を挟む。
「アキト君、今日の用事って何なの? あたしで出来ることなら変わるよ」
用事の存在を疑わない純真な千沙に、お説教対策で時間が欲しいとは、流石のアキトも口には出せない。
「オリハルコン合金とヒヒイロカネ合金による不可侵力通信機能のレポートが・・・」
「ほう、不可侵力通信レポートかね。研究所からの催促があっても忙しいからと、ヤル気なさげに断られたと聞いていたが、実はヤル気があったとは、まさに僥倖。いつ頃までに完成予定ですかな? 構想や思い付きのメモだけでも欲しいと言ってたような・・・」
咄嗟に吐いた嘘が、さらにオレの首を絞める。
「レポートの期限については後で話すとして、まずは今日のシミュレーターシステム開発の会議を優先して貰うがね」
残念ながら、ショーロホフの宣言通りとなり、昼に会議、演習後に会議、終了したのは22時過ぎとなったのだ。
しかし、アキトが解放されたのは23時30分だった。
アキトはショーロホフからお説教をくらい、不可侵力通信レポートの提出は1週間後までと約束させられたのだ。