242章 カスミン
「長女は、3カ月後に結婚します」
19歳の少女の瞳は、優しいお母さんの顔になった。長女を大切に思っているのが、はっきりと伝わってくる。
「長女は赤ちゃんを妊娠しています。出産をした時点で、おばあちゃんになります」
19歳で祖母になる。発展途上国ならあり得るかもしれないけど、日本では絶対に考えられない社会観である。同じことが起きたら、ネットで大ブーイングの嵐が沸き起こる。
「自分では若いと思っているので、おばあちゃんと呼ばれるのは抵抗があります」
19歳というのは、女性として最も輝ける時期である。そんなときに、おばあちゃんと呼ばれるのは、メンタル的にきつい。アカネが同じように呼ばれたら、頭に血がのぼると思われる。
日本でおばあちゃんと呼ばれるのは、どんなに早くても、40歳くらいからである。10代の人間
に向けて、おばあちゃんという言葉はふさわしくない。
「セカンドライフにおける、最年少おばあちゃんは16歳だった記憶があります。記録は更新でき
なかったものの、かなり近いといえるでしょう」
8歳、8歳で出産すれば、16歳でおばあちゃんになる。それを理解していても、受け入れることはできなかった。16歳というのは、高校生として授業を受ける年代であり、おばあちゃんになる年齢ではない。
「女性の30パーセントくらいは、25歳でおばあちゃんになります。それくらいの年齢であったなら、おばあちゃんと呼ばれてもいいです」
カスミの感覚に対して、アカネは首をかしげる。日本を生きていたからか、25歳でおばあちゃんはないと思う。近年は晩婚化が進んでおり、25までに母親と呼ばれる人は少数派になりつつある。10年後には、20歳の出産も珍しくなるかもしれない。
カスミは母親としての思いを語った。
「長女に同じ思いをしてほしくありません。旦那とハッピーライフを送ってほしいです」
自分のかなえられなかった夢を、長女に託そうとしている。母親としての、本能を働かせているように感じられた。
カスミと会話していると、ココア、シオリが目を覚ます。
「アカネさん、おはようございます」
太陽は真上にさしかかる直前だった。あと5分もすれば、一番上にのぼるのではなかろうか。
「ココアさん、シオリさん、おはよう」
ミナは目を覚ましたばかりの女性に、近づいて行った。
「ココア、シオリ、瞼が重そうだね」
シオリは驚いたような声を発する。
「ミナ、ここに来ていたの?」
「うん。カスミンと一緒にやってきたの」
カスミンというのは、カスミのニックネームだと思われる。名前の後ろに「ン」をつけるだけで、とってもかわいらしく感じる。
アカネは自分の名前に、「ン」の一文字をプラスする。アカネンとなり、不自然な印象を受ける。「ン」をつけるのに、ふさわしくない名前である。
ミナはミナンとなる。こちらについても、しっくりとこないかな。
シオリはシオリンとなる。女性らしさ、しおらしさを感じさせるので、マッチしているように感じられる。
ココアはココアンとなり、不自然な印象を受ける。
「ミナは新しい友達を作ったんだね」
「うん。一緒にいるだけで、とっても楽しいの」
カスミは目を覚ましたばかりの二人に、温かい声をかける。テンションが高かったときより
も、トーンは抑え気味だ。
「ココアさん、シオリさん、体はどうですか?」
ココアが答える。
「まあまあですね」
シオリが答える。
「ちょっとは回復したと思います」
カスミは弱々しい声を発している二人に、
「つらいこと、苦しいことばかりを考えても、前に進むことはできません。ポジティブ、ハッピ
ーを大切にしていきましょう」
と優しい声をかける。
カスミの温かい言葉を聞いて、ココアは少しだけ明るくなった。
「カスミさん、ありがとうございます」
「私のことは、カスミンと呼んでください」
「カスミンですか?」
「はい。お気に入りの呼び方です」
ココアは息を整えると、カスミの希望の呼び方をする。
「カスミン・・・・・・」
「ココアさん、ありがとうございます」
カスミの視線は、シオリに向けられる。
「カ、カスミン」
「シオリさんもありがとうございます」
カスミンと呼ばれたことで、カスミの頬は柔らかくなっていた。
「アカネさんも、カスミンと呼んでくださいね」
ニックネームで名前を呼ぶのは、人生で初めてである。小学校、中学校、高校時代、大学時代、社会人時代は、ニックネームで名前を呼んだことはなかった。
「カ、カ、カスミン・・・・・・」
カスミンと呼ばれたことで、ほっぺが餅さながらに柔らかくなった。
「カスミンはとっても嬉しいです」
おばあちゃんになる人間なのに、心の幼さは残ったままである。年相応の女の子であることに
対して、安心感を覚えることとなった。