1.会議だっ!
私!
真っ直ぐ立つ!
お腹とアゴを引っ込める!
胸を上げて肩を落として!
ツムジから天井へ糸がピーンと引っ張るイメージ!!
私はエースなんだ!
やることがたくさんあるんだ!
「対怪獣機甲機関、プロウォカトルの佐竹 うさぎです」
ここラポルト・ハテノで重大な発表をしなければならないの。
コンサートや講演などに使われる、ハテノ市が経営する多目的ホールでね。
「ウイークエンダー・ラビットのパイロットです」
そう。ハテノ市。
バースト。
20年くらいまえに起こった、異能力者や怪獣の大量発生現象。
怪獣は世界中に現れるけど、最も現れた場所がここ。
のちの研究によると、ハテノ市は数多くある平行世界の果てにあるらしい。
色んな世界から生まれた怪獣が、次元を超える門、ポルタを通じてやってくるの。
その被害は大変なものになる。
その反面、特殊な物理法則で作られた体は、貴重な科学技術の宝庫でもある。
そして怪獣の中でも、さらに強力な力を持つ捕食者が、ハンター。
一度現れれば、どうやっても被害は大きなものになる。
でも、そのハンターを狩る人たちがいる。
それがハンター・キラー。
ハテノ市の主管産業になるよ。
ハンター・キラーになるために、異能力者だけでなく、兵器を使う巨大企業、異星人や異世界人もやって来た。
そして私もハンター・キラーの1人。
しかもエース。
異能力をもたない、通常人の星!
高さ53.1メートル、重さ1,822トンの巨大ロボット。
ウイークエンダー・ラビットのパイロット、佐竹 うさぎ、なのだ!
観よ! 学生さん一番の礼服、灰色ブレザー! 赤いリボン!
中学2年生!
ウォー!
行け〜!!
この原稿を読み上げるんだ!!!
「本日説明するのは、神獣ボルケーナさんに、宇宙からーー」
押し付けられた、お仕着せさせられた、と言いたくなるのをグッとこらえて。
「奉られたMCD……しっつ、失礼しました」
……失言!
本当はMCOと呼ぶところなのに!
一気に血の気が引くのがわかる!
さっきまで心臓バクバク、上がる体温に汗ダラダラだったのに。
恐る恐る、ホールを見回してしまう。
観客席に、私と同じ制服を着た女の子と、グレーのズボンをはいた男の子と女の子の一団がいる。
その数たしか……154人。
私たちの住むハテノ市は、日本海に飛び出す半島の先。
本州で一番小さな市だと学校で教わった。
たしかに、過疎に悩まされてるね。
そのわりに、ラポルト・ハテノは立派なホールだと思う。
観客席の5分の1ほどを占める、私の通うハテノ中学校の児童たち。
地味な制服の一団だと思う。
その中で美貌という名の輝きを放つのは、私の親友!
安菜・トロワグロは、クラスメートの女の子。
フランス生まれのお母さんからもらった、波打つ金色の髪。
そのチョコレート色の肌は、何度見てもおいしそう。
はあ、そう思うたびに、自分の食い意地が嫌になる。
そんなあいつは今、寝てる!
頭を後ろに倒した、ここからいびきが聞こえるような、みごとな半開きの口だよ。
他の子も、退屈そうに目に力がない。
こいつら、この会議を見学する重要性がわかってない!
最前列に並ぶのは、全身みどりで同じ色のツノがあり、太った男の生物学者。
地球人の3倍の背があり、観客席の3つ分の席に自分に合う大きな椅子を乗せてもらった女性の大物新聞記者。
ロボットもいる。
どれも人間とスムーズに話ができるAIを搭載したものだ。
どれもテレビで見かける専門家だよ!
わからないの!?
……いけない。
また雑念が。
ハンター・キラーは、本当に怖い仕事だよ。
でも、怪獣を倒せば誰かが新しい発見をするかもしれない。
第一、あの仲間たちを守れる!
安菜が寝ているのはつまり、わたしの作る平和がたしかなものだからだ。
そう、信じてくれてるからだ。
誇るべき確かなものなんだ!
いま舞台にいるのは、市長。
居心地わるそうに縮こまってるのが、かわいそう。
我がプロウォカトルの長官、落人 魂呼さん。
髪は白。綺麗にカールして首元まで触れていた。
青い眼は相変わらずクールで、全身がキリリと引き締まった大人の女性。
その両腕は、白い陶器のようなツヤの、義手だよ。
ハテノ市に本社を置く巨大ハンター・キラー企業、ポルタ社の社長の真脇 応隆さん。
背の高い痩せた姿は、しっかりと鍛えられている。
だけど、メガネをかけた、気弱そうな顔立ちは、世界で最も先進的な戦力を扱う1人とは思えない。
表情は真剣そのものだね。
その隣の奥さんが、ボルケーナ先輩。
ボルケーナさんは宇宙怪獣、宇宙から来たお嫁さんだよ。
その姿は、一言では表しにくい。
そもそも、本当はどろどろの液体で、今の姿も気に入ってる世をしのぶ仮の姿なの。
赤い毛むくじゃらの肉食恐竜が、背中から白い白鳥のような羽根を生やしている。
その全身は福々しい、という言葉がぴったりの丸さ。
身長は1メートルほど。
だけど尻尾は長い。後ろでは2メートルはある尻尾が重力を無視したようにユラユラ宙を舞う。
と思ったら、ピーンと天井に向かって立った。
ボル先輩の赤いうろこの顔が、フランスパンのような口がきりりと引き締まる。
と思ったら、また尻尾はユラユラ、顔もゆるんできた。
緊張を長く維持できないのは、彼女の弱点だね。
でも、その力は十分。
本質は時を統べる女神……という、十分を通り越してチートを超えるスーパーチートだったりする。
舞台後ろの壁は大きなスクリーンになって、それが細かく分かれて、多くの人を映しだす。
ウェブ会議で参加する人たちがいる。
その中には、内閣総理大臣の前藤 真志さんもいる。
MCOみたいな新手の問題でも自分から調べに来るのは、美徳だと思う。
そこも含めて、会場じゅうの空気が、冷え込んでる気がする!
私のせいで!
画面の向こうの空気感が変わっている。
なんでか、わからないけど、わかる気がする!
みんなが私を、にらんでる気がする!
「おほん!」
ヒッ! 咎めるようなせきばらい。
だけど、他には反応はない。
続けていい……ってことなの?
『続けなさい』
ウェブで参加する若い男から、急かされた。
ここに参加する老若男女の中でも、とくに若い方だ。
ビシッと折り目正しい黒スーツ。
日本のヨロイカブトにつくような、キバの彫り込みがあるマスク。
面頬と言うそうだ。
そのマスクをつけた、つぶらな黒い瞳の少年の声だ。
「うっ、ひゃあい!」
変になった! 言ったつもりの言葉が!
『うっさい?』
「滅相もございません! はい、と、言ったつもりです」
レイドリフト1号に、にらまれた!?
画面下の字幕に名前と肩書きがある。
レイドリフト・ネットワーク代表。
レイドリフト1号とは、彼の世をしのぶ仮の名ってやつ。
腕から飛ばすワイヤーで急激な軌道を描いて戦う。
光のように(Ray)横すべり(Draft)することから名乗った。
そして、異能力を防災や防犯にどう使うか、それをまとめた技術検定、レイドリフト検定を考えた。
バーストで現れた多くの異能力者たちの、指針となる人だ。
ついたあだ名は、日本のヒーローの官僚トップ。
確かに、この人が官僚仕事を始めたら、他のヒーローとの連携がスムーズになったね。
実は、ハンター・キラーとヒーローに、ちゃんとした違いはないの。
ハンター・キラーは、いつも怪獣を狩ってるわけじゃない。
その力で悪い奴から人びとを守ったりするんだよ。
その時はヒーローの呼び声を、ありがたく頂戴します。
『そうですか。では続けてください』
レイドリフト1号、同じ中学2年生なのに、すごい。
にらまれたのは気のせいみたい。
でもそうすると、MCDとMCOの違いなんて、誰も気にしないってことかな?
それはそれで、嫌だな。
「MCO、Mechanical Civilization Oath(メカニカル・シビリゼイション・オウス)。
この、"物質文明から生まれた誓い" には問題点があります」
思ったよりスムーズに話せる。
「それは、作用する対象が通常の物理法則によって作られたもの。つまり機械にしか作用しないことです」
MCDは確かに、よく聞く言葉ではある。
けど、私は気にするし、こういう公共の場では、ふさわしくないと思う。
MCD、Mechanical Civilization Dieouters(メカニカル・シビリゼイション・ダイアウターズ)。
意味は"亡び去った機械文明"。
一言でいえば幽霊だ。
しかも、惑星ごと、種族ごと滅んだ大量の幽霊だ。
もったいないオバケという人もいる。
「その理由は、彼らMCOが異能力を身につけることもなく、怪獣にも会わなかった世界の住人だからです。
通常人の進化の限界、すなわち機械でしか進化しなかった文明なのです」
そして、地球くらいの文明は機械だけ進化してても、簡単に滅んでおかしくない。
「そのレベルの文明では、大規模な物理法則の乱れを感知できず、多大な被害が出てもおかしくありません」
それは、証明済み。
地球と同じレベルの文明が、たくさん滅んでいることでね。
それでも彼らは、遺志を残すことができた。
たくさんのものを私たちの地球は受け取った。
それ以外にも、彼ら自身も想像できない方法、残留思念、暗号世界。そう言う、あり得ないとされてきた方法でも。
「しかし、彼らが残した力は、それらの欠点を補って余りあるものであると考えます」
これは正直な気持ちだよ。
「それについて、私、佐竹 うさぎがウイークエンダー・ラビットで撮影した映像をご覧ください」
手をあげて合図する。
照明がすべて消えた。
スクリーンからウェブ参加者が消えて、代わりに大きな映像があらわれる。
「2週間前の、怪獣災害です。
MCOパートナーはホクシン・フォクシス隊。
使用するのはキツネ型陸戦兵器の北辰です。
彼らの奮闘に敬意を表します」
MCOパートナーてのはね、MCOを与えられた人のこと。
それはハンター・キラーに限らない。
でもホクシン・フォクシスは、一流のハンター・キラー。
そのメンバーは、観客席の最前列にいる。
隊長は九尾 朱墨。
小学5年生の女の子で、不敵な笑みを浮かべてる。
よかった、元気そうだね。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
画面いっぱいに、金属の歪みない床が映される。
プロウォカトルが誇る巨大輸送機、雷切の中だよ。
これはウイークエンダーの頭、メインカメラが写した。
太い支柱で囲まれた防弾ガラスの内側、キューポラに囲まれた映像。
『祈りを捧げます。
天にまします我らの父よ。
願わく御名をあがめさせたまえ』
聞こえてくるのは、私の声だよ。
出撃前のおまじない。
ボルケーナ先輩に考えてもらった、みんなに聞いてもらうための、おまじない。
『御国を来たせ給え。
御心の天なる如く、地にもなさせたまえ。
また、このハンター・キラーたちが無事、職務を全うすることを導きたまえ』
雷切の底が開いていく。
日の光が入ってくる。
低いまばらな木、花をちりばめた草原、ところどころに残る雪。
夏の高山ならではの光景だよ。
むき出しの地面は、火山らしいゴツゴツした岩はだ。
ここはハテノ市のある半島の付け根にある、日本の3大霊山の一つにも数えられる山だよ。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
その関係者も、ラポルト・ハテノにきている。
ホクシン・フォクシスの隣に座る瑞獣4人組。
山の霊気を受けて戦う、えらい獣たち。
リーダーは九尾 九尾さん。
19歳の美女で、朱墨のお母さんの妹さん。
九尾さん家に生まれた九尾さん。
実は、20年前のバーストのあと、異能力者が増えた人間への強さを見せつけるために造られた子ども。
そう考えると、ちょっと親近感わくね。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
『良きことをするための力と知恵と勇気を授けたまえ。
この日の終わりにはあなたに使えるハンター・キラーをここにお戻しください。
どうぞ、この祈りを聞き入れたまえ。
アーメン。
神はあなた方とともにある』
ワイヤーで降下されるウイークエンダー・ラビット。
赤い角張った装甲。
太い、人間とは逆に曲がるヒザをもつ足が、宙つりになる。
その下を、二筋の青いものが流れていった。
あれが北辰。
『アーメン。うさぎさん、よく来てくれました』
朱墨からの通信だよ。
『データリンクしてるね。私の映像、見える? 』
『うん、見えてる』
コクピットではサブモニターで映していた、ホクシン・フォクシスがだしたドローンからの映像がスクリーンにも映しだされる。
全長17メートル、重量52トンのキツネ型メカが、かたい急斜面を駆け上がっていく。
無駄なエンジン音などはカットしている。
白やピンクの花が、踏まれて散った。
2機の北辰は、山の峰まで駆け上がると、頭だけを峰の向こうへ向けた。
ウイークエンダーが着地する。
ゴロゴロした感触があるけど、倒れることはなかった。
ワイヤーが外される。
斜面の上で、北辰の一機が「ついてこい」と言わんばかりに首を振っている。
その背中にあるのは、レーダーの連動した2門の35ミリ機関砲。
2機はそのまま峰の向こうへ。
私はそれを追う。
両手両足がAIのサポートを受けて這いあっていく。
峰の向こうは、谷間だった。
永い間に雨や雪が削った、草一本ない深いものだね。
底には雪がのこってる。
『うさぎさんは、いつでも谷を飛び越えられる体制で待機してください』
『了解』
対空砲を積んだ北辰は、次の峰へ、そこから左右に分かれていく。
映像は、奇麗に送られてくる。
私がいる谷間のすぐ向こうで、いくつもの火花が散った。
きっと音が聞ければ、金属のような炸裂音だろう。
本物の大砲。105ミリ砲の砲撃だよ。
ホクシン・フォクシスが持つ北辰は、全部で4機。
2機が35ミリ機関砲をのせ、2機は105ミリライフル砲を持つ。
火力よりも、こういうでこぼこした地形での機動力を武器にするチームだよ。
やがて地面を響かせて、巨大なハンターが現れた。
その姿は、太ったワニのようで……。
と書くのは、ボル先輩に失礼かな。
黒いうろこの怪物だった。
その胴体は曲がる部分があるとは思えないほど硬い。
尻尾と首は何とか動いている。
4本の足は最も動いているけど、硬さの差はほんのわずかだと思った。
そして頭は、胴体がもう一つついたように太い、口というより、二つの上下すべてに刃物が並んだこん棒だよ。
その前に、105ミリ砲を担いだ北辰が攻撃しながら、私の方へやってきた。
35ミリ機関砲の2機もそこに加わり、砲撃をかける。
私のウイークエンダーには背中にレーザー砲と2連装の120ミリ滑空砲がある。
そのコンテナを押し上げた時、ハンターが動いた。
口から、空間を歪ませて何かが放たれた。
カンで分かった。叫びだ。
それも超音波、金属でも岩でも砕ける、巨大なエネルギーだ!
『みんな、飛べ! 』
誰かが叫んだ。
ホクシン・フォクシスがジャンプした。
私も遅れて飛ぶ。
空間のゆがみが、ぐんぐん伸びていく。
まずホクシン・フォクシスのいた地面が、波を打って砕ける。
この時、ハンターは私に気づいたらしい。
叫びをこっちに向けてきた。
地面を砕きながら音波が伸びる。
私が着地した後ろで、さっきまで隠れていた谷のふちが丸く削られていった。
勢いよく破裂した岩や巻き込まれた草花が、谷を一瞬で埋めていく!