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混血

「……見えてきたわ」

 その声を聞いて俺は顔を上に向ける。降りかかる瓦礫の中、俺達が入ってきた場所が見えてきた。入口でジューネが心配そうにこちらを見ている。アシュさんは見えないが、外からの相手を警戒しているのだろう。

 それを確認すると、エプリは上昇しながらフードを被りなおす。やはり素顔は見せたくないらしい。綺麗だから堂々としていれば良いと思うのだけどな。

「……一気に行くわよっ!」
「えっ!? どわああぁっ!?」

 そこでグンッと速度が上がり、俺は一瞬舌を噛みそうになる。というか繋がっているのが手だけなので、もう俺の身体が揺れる揺れる。

 足にでも掴まるかと思ったが、美少女の足に掴まる男という構図は見た目が非常によろしくないので必死に耐える。エプリが聞いたら何をバカなことをって言われるかもしれないが、一応男には意地と見栄があるのだ。

 どんどん近づいてくる出口。底まで行くのは時間がかかったが帰りは早い。そして、

「つ、着いた~」

 出口に飛び込むように入り、俺は投げ出すように降ろされる。着地のショックでゴロゴロと転がり、そのまま床に大の字になってそう呟いた。

 俺達が入るのとほぼ同時に入口の部分がスライドして元の壁に戻る。腕にツンツンと触られる感覚が有るので見てみると、そこにはヌーボ(触手)が居た。その近くにバルガスが横になっているのが見える。

「ふぅ~」

 辿り着いたと思ったら一気にどっと疲れが。肉体的には多分まだ行けると思うけど、これはどっちかというと精神的な疲れだな。何せまさにダンジョンと言うべき罠と戦いの連続だったから。

「おいっ! エプリも大丈夫か? ……エプリ?」

 ここまで飛んできたエプリもさぞ疲れているだろう。ジューネの分も含めれば二往復だからな。俺はエプリに声をかける。しかし反応がない。不思議に思って顔だけ動かして投げ出された方を見ると……。

「っ!? エプリっ!!」
「エプリさんっ!」

 エプリは突如フラッと体勢を崩し、そのまま倒れこんでしまう。俺は疲れていたのも忘れて急いで駆け寄った。ジューネもだ。アシュさんは周囲を警戒しながらなので遅れてやってくる。

「おいエプリしっかりしろ! エプリったらっ!」

 声をかけても返事がない。一瞬嫌な想像が頭をよぎったが、呼吸はしているのでちゃんと生きている。どうやら意識がはっきりしていないだけのようだ。

 そう言えばさっきボーンバットが額を掠めていたな。もしかしてそれが原因か? 急いで抱え起こしたが、揺さぶったりするのはこういう場合良くないとどこかで聞いた気がする。どうしたら良いんだ?

「……はぁ。はぁ。だ、大丈夫よ。少し、疲れが出た、だけだから」
「疲れって、頭に怪我をしているじゃないですか! まずはそこの治療を」

 意識が朦朧としているエプリに対し、ジューネがエプリの額から流れる血を見てリュックサックからポーションを取り出す。患部に直接掛けるタイプのものだ。

 ジューネは傷口を診る為エプリのフードを取る。エプリは手を伸ばして払おうとするが、力が入らないのかされるがままだ。だが、

「っ!? ……雪のような白髪に赤眼。エプリさん。貴女は……」
「成程。何か隠してるとは思っていたが……そういう事か」

 エプリの素顔を見たジューネはその手をピタリと止め、何かとても良くないモノを見たかのように表情を強張らせた。アシュさんもひどく困ったような顔でエプリを見ている。

「……ジューネっ! 早くポーションをっ!」

 俺はそう急かすのだが、ジューネは何故かそのまま動かない。

「…………ああもうっ。貸してくれっ! 俺がやる!」

 じれったい。俺は半ば奪い取るようにポーションを手に取り傷口に振りかける。傷自体は深くなかったようで、見る見るうちに傷が塞がっていくのはいつ見ても凄い。よしっ! 次は体力の回復だ。

 俺は以前ジューネから日用品を買い込んだ時、一緒に買っておいたポーションを取り出してエプリの口元に持っていく。即効性はないが、少しずつ身体の体力を回復させる品だ。強力な栄養剤だと思えば分かりやすいだろうか?

「……んぐっ。んぐっ」

 エプリはどうにかポーションを飲み干すと、床に片手をついて自力で身体を起こす。そして頭を軽く二、三度振って額に手を当てる。そこでフードが外れていることに気づいたようで、慌てたように周囲を見渡す。そして自分に視線が集まっているのを自覚すると、

「…………見てしまったのね。私の顔を」

 そう呟いて再びフードを被りなおした。……あれっ!? 俺の時と態度違わない? 俺の時は「…………殺す。私の顔を見た者は生かしておけない」とか言って襲ってきたのに。……いや、あの時は俺が綺麗だって言ったことが原因か。顔を見ただけなら口止めすれば良いって言ってたもんな。

「見てしまいました。……トキヒサさん。貴方はこの事を知っていたんですか?」

 ジューネが俺に尋ねてくる。素顔を見たことが有るっていう意味ならそうだな。俺はうんうんと頷く。

「……そうですか」

 なんだろう? ジューネの顔つきがかなり険しくなっている。そして何かを思案しているようだが、エプリの顔がどうかしたのだろうか?

「……なあトキヒサ。トキヒサは()()()()()()()()()()()()()()()()一緒にいるのか?」
「どういう存在かって……」
「待ってっ!」

 アシュさんの質問がどういう意味か考えようとした所で、横からエプリの鋭い声が飛ぶ。その声にはそれ以上の言葉を許さないという強い意思が込められていた。

「どうやら知らなかったみたいだな。じゃあ良い機会だからエプリの嬢ちゃん。ここで色々ぶっちゃけるのを勧めるぜ。トキヒサが何故知らなかったのかは置いとくが、幸いここには誰もいない。俺達は少し離れておくから、じっくり腹を割って話すと良い」
「アシュ。それは」
「良いんだ。ほらっ。俺達はちょっくら離れて休むとしようや。お前だってまだ疲れてるだろ? 横になってゆ~っくり甘いもんでも食べな。俺はこの通路にスケルトンが来ないよう罠を仕掛けてくる」

 ジューネが何か言おうとするのを遮り、半ばムリヤリ一緒に少し離れたバルガスとヌーボ(触手)の所まで離れるアシュさん。ヌーボ(触手)は空気を読んでいるのかこちらの方に近づいてこない。いや、空気を読まなくても良いから近くにいてくれよ。こんな状態のエプリと二人にしないでくれ。




 残された俺達は無言で向かい合った。側から見るとお見合いか何かのように見えるかもしれないが、俺達の間にはどんよりとした重苦しい沈黙がある。

「……なあ? さっきアシュさんが言ってたことってどういうことだ?」
「………………」
「エプリがいつもフードで顔を隠しているのと何か関係あるのか?」
「………………」

 エプリは何も話そうとしない。フードの下に微かに見えるのは、どこか不安げに震える唇ぐらいだ。何か言おうとしているようにも見えるが、そこから中々言葉が出てこない。

「……そっか。何か言いづらい事みたいだな。じゃあ今は言わなくても良いんだぞ。誰だって言いたくない事の一つや二つあるって。うん」

 俺は頭をボリボリと掻きながらそう提案する。エプリが何かを伝えようとしているのは分かる。しかし言う切っ掛けが掴めないって事は結構あるもんだ。俺も時々ある。なら無理に聞き出さなくても良いと思うんだ。

 それにいつも冷静なエプリがこうなるってのはよっぽどだしな。震える美少女にムリヤリ尋問みたいな事は気が引けるし。という訳で聞き出すのはやめとこう。……ヘタレとか言われるかもしれないけどな。

「アシュさんやジューネの反応は気になるけど、まあ何とかなるさ。だから」
「…………待って」

 俺が一足先に他の人の所に行こうとすると、俺の服の袖を掴んでエプリはそうポツリと囁くように言った。先ほどとは違い、どこか弱々しく身体から絞り出すような声だ。振り向くと、エプリは軽く深呼吸をし……自分からフードを取った。

「エプリ……」

 その下にある白髪赤眼の妖精のような顔立ちは、やはりとても綺麗だと思う。これは俺の正直な意見だ。

「…………言う。言うわ。……元々ここを出る時に話すつもりだったしね」

 本当だろうか? 今の様子から察するにとても言えたとは思えないけど。エプリは自分の髪の毛にそっと触れると、それを複雑そうな目で見つめる。それは憎しみや嫌悪の感情に見えたが、どこかそれとは違う何かの感情があるようにも思える不思議なものだった。

「……この髪と瞳の色。これは混血の特徴なの」
「混血? つまり両親が違う種族ってことか?」

 俺の言葉にエプリは静かに頷く。……待てよ。この流れはマズイ! つまりこの場面で自分が混血だって明かすということは。

「予想できたみたいね。そう。……アナタは()()()()()()()()()()()()()()()けど、()()()()()()()()()()()()()。……分かる? 私はこの世界において、居るだけで嫌われる厄介者なの」

 エプリはそう言うと、痛々しさと切なさの混じったような笑顔を浮かべた。このダンジョンに来たばかりの頃、俺との会話の中で見せたものと同じ……どこか見ている方も辛くなるような笑顔だった。




「居るだけで嫌われるって?」
「……言った通りよ。このフードを取った状態で人ごみを出歩いたら、一分もしない内に誰かに絡まれるでしょうね。……そして、()()()()()()()()()()()という事になる」
「どうして……エプリはただ歩いていただけなんだろう? 絡んできたのは相手からなんだよな? じゃあ何でまたそんなことに?」
「……さあね。相当昔に混血の誰かが悪さしたって話だけど、詳しくは知らないわ。……まったく。どこの誰か知らないけれど、そいつのせいで混血全てが嫌われるというのは……いい迷惑ね」

 エプリはあえて気楽に言っているが、その表情から読み取れるのは深い怒りだ。自分の行いではなく、昔の見知らぬ誰かのせいで自分達が悪者になっている。それは何ともやるせないだろう。

「……ヒュムス国なんかではもっと酷いらしいわ。あの国は元々ヒト種至上主義を掲げているから、最悪見つかっただけで場合によっては捕まることもあるとか。その点交易都市群はまだマシな方ね。素顔を見られても精々少し白い目で見られるだけで済むもの。……さっきのジューネの反応は大分良い方よ」

 俺はさっきのジューネを思い出す。顔は強張り、僅かに腰の引けた態度。どう見ても友好的とは思えない態度だ。……あれが良い方って、一体エプリはどれだけの悪意にさらされてきたというのか。

「……そして、混血と一緒に居る者も嫌われる。物の売買とかの一時的な関係ならともかく、一緒に長く行動するだけでも巻き添えを食いかねないわ。……アシュがさっき言っていたのはそういう事よ」
「……そっか」

 言い終えたエプリは、軽く息を吐いて壁に寄り掛かる。……自分の事を話すだけで一気に疲れが出たみたいだ。確かにこれはそうそう自分から話したい事じゃない。俺が何と声をかければいいか分からずにいると、エプリは軽くこちらを睨みつける。

「……言っておくけど、安易な同情は要らないわ。そんなことをされても状況は変わらないもの。……それよりもこれからの話をしましょうか。いったん戻るわよ」
「そ、そうだな」

 俺がよく読むライトノベルの主人公ならここでヒロインを慰めるなりなんなりするのだろうが、俺にはどんな言葉をかければいいか分からなかった。

 だってそうだろう? エプリ自身が何かやってこうなったのならまだやりようはあるかもしれない。だけどこれはエプリのせいじゃない。強いて言えばその昔何かやった混血の誰かだろうか? しかし、その事が今でも根深く残っているこの世界そのものにも原因があると言えなくもない。

 はぁ~と心の中でため息を吐く。こういう人種差別的な話はファンタジーではよくある話だが、それにしたって実際に聞いてみると滅茶苦茶重い。

 なんでこうも初っ端から来るかねぇ。いや、最初の方だからこそか? この世界の事を知るにつれ、そういうことを避けるようになっていく可能性もあるな。今じゃないとちゃんと向き合えないことかもしれない。

 俺は今度は本当にため息を吐きながらエプリの後を追った。

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