あの人はとんでもない人でした
「……その、なんだ。……今聞き間違いでなければイザスタさんって」
「はい。昨日話した牢獄での一件で助けてもらったんです。言ってませんでしたっけ?」
固まった体勢で汗をダラダラと流しながらそう訊ねてくるアシュさんに、俺は正直にそう答える。
「聞いてない。同じ牢に居た人と協力したとしかな。……いや待て。別人ってこともある。特徴を言ってみてくれ」
「え~と。背の高い美人で肩まで伸びた茶髪。アシュさんの刀にあるみたいな赤い砂時計型のネックレスを付けていて、あと自分の事をお姉さんと呼んでなんて言っていました」
それを聞くなり額を押さえて嘆息するアシュさん。どうやら知り合いだったようだ。
「……間違いなく本人だ。それで? なんでイザスタさんがそこに居合わせることに?」
「はい。隣の牢に居たんです。詳しくは聞けなかったけど色々やって捕まったって」
「何やってんだあの人はっ!!」
微妙にいらだち交じりに叫ぶアシュさん。大声を聞きつけたエプリとジューネが何事かと近寄ってくる。エプリの方は通路を気にしながらだが。
「何事ですか? いくら仕掛けがあるとはいえ、それでもこんな大きな声を出せばモンスターに気付かれてもおかしくないんですよ」
「それが、俺が知り合いの名前を出したら急に慌てだしたんだ。イザスタさんって人なんだけど」
「イザスタ!? 冒険者のイザスタですか? あの
イザスタさんの名前を出したら、ジューネも少し興奮した様子だ。あと何か妙な単語が出てきたな。
「確かに自分の事をB級冒険者だって言ってた。だけど記録保持者って何?」
「正確には公式ではないんですが、冒険者の中でちょっとした話題なんですよ。何せ、
「……私はあまり冒険者に関して詳しくないのだけど、それはそんなに凄いことなの?」
エプリが不思議そうにジューネに訊ねる。その間アシュさんは額に手を当てたまま何かブツブツ言っている。イザスタさんのことがかなりショックだったらしい。
「凄いことですよ。私は仕事上冒険者の方々ともよく関わるのですが、B級以上は数が限られてきます。それでもそこそこの数はいるのですが、そこまで到達するのに順調に行っても数年はかかります。F級から始まりE、D、C、Bとランクを上げる必要がありますし、B級が努力だけで到達できる限界点とされているからです」
つまりそれ以上は努力以外の何か。例えば加護やスキルと言った特殊能力や才能が必要になるという事か。B級は一種の壁、目標として扱われているらしい。
「……成程ね。普通数年かかるものを数か月でやり遂げたのなら確かに凄い事だわ。……だけど公式ではないというのは?」
「あくまでB級
つまり正式な手順じゃないからあくまで非公式だと。それでもB級でも手こずる相手を倒したのだからB級で良いじゃないかとも思うのだけど。物事はそう簡単にはいかないのだろうな。
「それでも話題のヒトなのは変わりませんからね。他の冒険者の方々からも幾つも勧誘があり、中にはB級やA級を擁するパーティーもあったそうですが、彼女はどの誘いにも乗らずに交易都市群の一つを拠点としてソロで活動していました。少し前にヒュムス国に向かったのを最後に情報が途絶えていたのですが……」
そこでジューネはチラチラこちらを見てくる。どうやら自分が話したのだからそちらも話せということらしい。牢獄での事は凶魔との戦い辺りを話したからな。今度はイザスタさんとのことも話すとするか。アシュさんが落ち着くのを待って、俺は牢獄でのことを再び話し始めた。
「牢獄に捕まっていた……ですか。何をしてそうなったかは分かりませんが、貴重な情報ありがとうございます」
俺が大体話せるギリギリまで話し終えると、聞き終えたジューネは静かに礼を言って頭を下げた。何故か時折アシュさんの方を見ていたようだけど、彼が頷く度にまたこちらの話に耳を傾けていた。
「良いけど、こんな事聞いて何になるんだ?」
「情報には価値がありますから。居場所だけでも知っているのと知らないのでは大きな差が出るのです」
ジューネはそう言って薄く笑う。情報に価値があるっていうのは分かるが、どう活用するかまでは分からない。……マズい相手に喋ってしまったかもしれない。
「そう言えばアシュさんはイザスタさんとどんな関係で? さっきの反応からするとただの知り合いって感じでもなさそうですが」
俺の何気ない言葉に、それぞれは異なる反応を示した。
「そ、それは……」
「私も聞きたいですねアシュ。今までそんな話は一言も聞いてませんでしたから。これは決して野次馬根性からではなく雇い主として知っておかなくてはなりません。さあ正直に話してしまいなさいな」
「……あの女の弱点でも知れれば儲けものね。私も聞いておこうかな」
アシュさんは顔を微妙に引きつらせ、ジューネは目を輝かせている。エプリはフードで表情が分からないが、興味は一応あるようだった。それぞれの視線がアシュさんに集中し、好奇の視線は絡まりあうことで圧力となって突き刺さる。
「………………だよ」
「はい?」
アシュさんは無言の圧力に負け、小さな小さな声でポツリともらす。よく聞き取れなかったのかジューネはそのまま聞き返す。
「だから……身内だよ。俺の仕事上の先輩兼教育係兼育ての親。結構長い時間一緒に過ごしたから家族と言っても良いかもな」
「えっ!? えぇ~っ!?」
衝撃の事実に思わず声をあげてしまう。他の二人も同じのようだ。それもそうだろう。何故ならこの話が本当だとすれば…………。
「
「……同感ね」
「えっ!? なんの話ですか? 私は
一人だけ違う事で驚いていたが、俺とエプリは顔を見合わせる。あの人は二十歳過ぎくらいの見た目だった。それでアシュさんも大体それぐらい。年齢的に差はなさそうに見えるが、それにしては同年代の人相手に育ての親と言う表現はあまりしない気がする。
「あのぉ。つかぬ事を聞きますけど、イザスタさんって見かけよりその……年上だったりします?」
「あぁ。それなんだけどな。俺にも正確な歳が分からない。何せ初めて会ったのは俺がまだガキの頃だったが、その頃から全然顔が変わってないんだよ。一回訊ねたことがあったが、『オンナの歳をむやみやたらに聞くものじゃないわよ』って笑いながら誤魔化されたな」
……なんか謎が深まってしまった。だがこれだけは言える。
歴代最速(非公式)B級到達者。B級でも手こずるモンスターを一人で倒す年齢不詳の美女。牢獄では盛大に金を使いまくり、鼠凶魔軍団に襲われても平然と撃退。あのクラウンを力技でぶっ飛ばし、スライムの言葉が解ると言う特殊能力の持ち主。
俺は序盤も序盤でとんでもない人に助けてもらっていたらしい。
「それにしても、イザスタさんに
俺が半ば呆然としていると、アシュさんはそう言って俺を値踏みするように見てきた。なんだろういきなり。
「……あぁ。スマンスマン。あの人気分屋な所があるからな。そのイザスタさんが気に入って手を貸す。更には一緒に行こうなんて誘うとはどういう事かと思ったんだが……なるほどな」
「なるほどなって、一人だけで納得しないでくださいよ」
うんうんと頷いているアシュさんに、たまらず俺は聞き返す。
「いやなに。……単純にあの人の好みだったんだよ。見た目はまず確実にドンピシャ。あの人ちょっと小柄な方が好きなんだ」
グハアァァ!? ちょっと今のは予想せずしてダメージがっ! ……確かに俺は平均よりちょ~っと背が低めかもしれない。しれないのだが、これからまだ伸びるはずだ多分。しかし背が低めでないと一緒に行ってくれないというのか!?
「勿論それだけじゃない。俺は昨日初めて会ったが、バルガスを助けようとしていた事からお前がかなりの善人だってのは分かる。あの人はそういう奴も好みなんだ。という事でトキヒサ。お前はモロに好みに合っている訳だ。……気の毒なことにな」
うん!? 何故に気の毒? 俺が不思議そうな顔をすると、アシュさんは少し他の二人から離れて、こっそり俺の耳元に顔を近づけて言った。
「あの人は気に入った相手にとことん構うんだよ。俺も昔何故か気に入られて、それはもうエライ目に合ったんだ」
話しながら急に遠い目になって虚空を見つめるアシュさん。何か色々あったらしい。確かにイザスタさんから妙な悪寒を感じたことがあったが、あれはそういうことの前兆だったのだろうか?
「……そう言えばエプリも好みだと言っていました」
「マズいな。確かに嬢ちゃんも小柄だし、素顔によっては好みの範疇に入りそうだ。あの人は好みに男女の区別が無いから、以前も何人かの女性からお姉様なんて言われてご満悦だった」
アシュさんはエプリの素顔を見たことが無いから断言はしない。しかし後半部分だけ聞くとどうにも百合百合しいな。まさか本当にそういう趣味は無いよな?
俺が一応その懸念について訊ねると、アシュさんは困ったような顔をして黙ってしまった。……せめて否定してくれ。このままだと彼女は男女どっちもいける色んな意味で脅威の人になってしまうぞ。
「……この話題はもうやめときましょう。聞けば聞くほど色んな意味でマズそうですから」
「そうだな。考えてみれば俺も身内の恥を晒しすぎた。自分と同じような目に遭いそうな奴が放っとけなかったという事かもな」
俺とアシュさんはこの時僅かに通じ合ったような気がした。……とりあえず次イザスタさんと会った時は、節度ある距離感を保った上で一緒に行こう。俺はそう固く誓うのだった。