荷車牽きと赤い砂時計
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異世界生活八日目。
俺は荷車をロープで牽いていた。荷台には昨日戦った元ゴリラ凶魔の男が横になり、傍にはヌーボ(触手)が陣取って時折床擦れしないように身体をずらしている。出来たスライムだ。
何故こんな状況になったか。それは今日の朝に遡る。
「そろそろ出発するとしましょうか」
朝食を食べ、荷物を点検し、周囲を索敵する。そしてもうやることはないって時に、ジューネは時間切れを切り出した。
「……行くの?」
「はい。情報の価値は時間が経てば経つほど下がっていくものです」
エプリの問いにリュックサックを背負いながら困ったような顔で返すジューネ。アシュさんも服の帯を締めなおし、腰に二振りの刀を提げてジューネに従い立ち上がる。
「こちらが約束の品です。お確かめください」
怪我人を運ぶ折り畳み式荷車や、モンスターを寄せ付けない為の使い捨て魔道具。その他役に立ちそうな品がエプリと俺の前に積み上げられる。ホントにどんだけ入ってたんだあのリュック!?
「…………確かに。ではこちらも」
品物を確認し、エプリは手元の紙の束をジューネに手渡す。中身は俺とエプリで作ったここまでの地図だ。不明瞭な所も多かったので、朝方二人で細かい箇所を大分書き直した。その分も踏まえて待ってもらったのだが……結局起きなかったか。
「……取引成立ですね」
ジューネも中身をパラパラめくって確認し、地図をしまってニッコリと笑いかける。相変わらず見事な営業スマイルだ。世の客商売の方々に手本にしてほしいレベルだな。
「互いに良い取引であることを願いますが……」
そこでジューネは一度言葉を止め、眠っている男をチラリと見る。
「……約束は約束。出発前に彼が起きなかっただけの話よ」
「そうだな。二人には助けてもらった礼こそあれ文句なんて言えない。急いでるんだろ? 後は俺達が何とか連れて行くから、ジューネ達は先に出発しなよ」
二人がいなかったらそもそも助けられなかった可能性が高い。それに比べればまだ無事でいるし、運ぶ道具もある。これ以上は罰が当たるってくらい恵まれているとも。
「そうですか……分かりました」
ジューネはそう言うと通路の方に歩き始める。スケルトンが居ないことはエプリとアシュさんが確認済みだ。
前から思うけど周囲の様子が分かるというのは便利だ。これがあれば“相棒”に怒られそうな時も素早く逃げることが……ダメだな。多分位置が分かっても逃げきれずに捕まる。
「行くのか?」
アシュさんがジューネに声をかける。その声は決して彼女を咎めているのではなく、あくまでも確認の為のようだった。
「えぇ。当初の目的を忘れてはいけませんから。……ですが」
ジューネはそこでピタリと足を止めた。
「地図にはまだ分かりにくい所がありましたからね。そこを少し確かめてからでも良いでしょう」
やや棒読みなジューネのその言葉に、アシュさんは少しだけ笑ったように見えた。
「商人としてはどうかと思うけどな。だから俺は付き合っているんだが」
「何を言うんですアシュ。これはあくまで取引の一環。不備が無いよう細かな確認をするだけです」
「はいはい。それじゃあのんびり確認するとしますか」
「のんびりとじゃダメです。迅速かつ速やかに、それでいて細かな所までキッチリとですよ」
やはりこの二人は良い人だ。俺はこの世界に来て色々酷い目にあっているが、出会う人の運だけは絶好調だと思う。……あのクラウンの奴は除くけどな。
男が目を覚ましたのは、俺達が地図の内容をさらに細かく話し合って一時間経った時のことだった。
「……それじゃあ何も覚えてないってことなのね?」
「あぁ。助けてもらって悪いがな」
男はバルガスと名乗った。職業は冒険者。以前イザスタさんから聞いたのだが、冒険者と言うのはつまり何でも屋だ。よくライトノベルで見るように、依頼を受ければそれが報酬と危険度と労力に合う限り大抵のことをこなす職業。
内容はちょっとしたお手伝いから危険なモンスターの討伐まで様々。さらにそこから専門が分岐していき、冒険者というのはその職業の総称だ。
バルガスはハンター。冒険者の中でも主にモンスターを狩って生計を立てる者らしい。基本ソロで活動しランクはC級。年齢や実績から考えるとそこそこの位置づけだとか。ただここ数日の記憶がぽっかり抜けているようだった。
「最後に憶えているのは、町外れの街道に出たはぐれのブルーブルを狩っていた時だ」
ブルーブルとは青い肌の牛型モンスターで、普段は群れて平原地帯を縄張りにしている。しかし時々はぐれて町の近くや街道に出没することがある。そのままだと危険なので、発見されたらすぐ撃退か討伐の依頼がされるとか。
群れを相手取るのは危険だが一頭だけならC級一人でも勝てる。それにブルーブルは肉が高く売れ、皮や角も様々な素材に使えるので割の良い相手だ。そう勢い込んでブルーブルを仕留めた時、突然声を掛けられたという。
「男の声だと思うがはっきり思い出せねぇ。とにかく後ろから声を掛けられて、振り向いた瞬間胸に痛みが走ったんだ。そうしたら急に気が遠くなって、気が付いたらここに至るって訳だ。あんまり役に立てなくてすまねぇな」
「……いえ。ありがとうございます。まだ身体が弱ってますから横になっていてください」
ひとまず話を打ち切る。まだ聞きたいことはあるが、今根掘り葉掘り聞いたら身体に良くないしな。それにしても、
「まだ歩くことは難しそうだし、やはり荷車で乗っけていくしかないか」
「そうですねぇ。本来なら一緒に行く以上、道具を提供するというのは無しでも良いのですが」
バルガスの服も飲んでいる水も、用意したのは全てジューネだ。もし返せと言われたら、バルガスは裸一貫でダンジョンに放り出されることになる。所持品もなくしたらしく支払いも出来ない。だが、
「アシュに護衛させると約束した以上、護衛しやすく整えるのも取引の内ですね。引き続きこのままで行きましょう」
やはり色々言いながらも助けようとする意思は変わらないようだ。
「さて。時間も有りませんし手早く行きましょう。……トキヒサさん!」
「おうっ!」
急に呼ばれたので少し驚いたが、なるべく驚いていないように返事をしてみせる。
「貴方にはある意味一番過酷な仕事をしてもらうことになります。お覚悟は?」
「任せとけ!」
これまであまり活躍できなかったからな。助けてもらった借りを返すために気合を入れていくぞ。どんな仕事でもかかってこ~い。
そして現在に至る。確かに荷車を牽くのはある意味過酷な仕事だ。……どんな仕事でもかかってこ~いと考えるべきではなかったかもしれない。
「よし。ここらで休憩にするか。丁度良さそうな部屋もあるしな」
「さ、賛成です」
アシュさんの言葉に俺は汗だくで頷く。俺達がダンジョンの脱出を再開してからもう午後の七時をまわっていた。
隊列は先頭にアシュさん。次にエプリが周囲を探りながら続き、その後を護衛対象であるジューネ。本人曰く戦闘能力は無いそうなので隊列の中央に入っている。その後ろを俺がバルガスの乗る荷車を引っ張って続き、荷車にはヌーボ(触手)が同乗する。
結局俺達が出発したのは昼前。その後一度小休止を取り、ジューネの意向とバルガスを早く安全な場所にということから休まず進み続けて数時間。戦いを避けて進んでいるとは言え、皆疲労が溜まっていた。
「……そうね。そろそろ休息が必要な頃合いかしら」
すました顔でエプリは言っているが、出発した時に比べて僅かに息が上がっているようだ。時折周囲の状況を探り、スケルトン達を避けて出口へのルートを把握するのは高い集中を必要とするから当然か。
「…………は、い」
ジューネに至っては息も絶え絶えだ。足はガクガク生まれたての小鹿のように震えて目は微妙に虚ろ。考えてみれば、理屈は知らないが明らかに自分よりも重量のあるリュックサックを担いでいるのだ。疲れない訳がない。
バルガスに関しては言うに及ばず。ということで全員一致で本格的な休息をとることになった。
部屋の内部を確認すると、手早く繋がる通路に仕掛けをするエプリとアシュさん。そして安全を確保すると今度は休憩の準備。俺達も疲れてはいたが、準備をしっかりとしておかないと安心して休めない。
そういえばダンジョンの設計は誰がしているのだろうか? 物語だとダンジョンマスターがお約束だが……今は考えても仕方ないか。
全て終わった時、アシュさん以外は全員ヘロヘロになっていた。エプリでさえ壁に寄り掛かって息を整えていたのだから相当だ。そのまま夕食を交代で通路を見張りながら食べる。
「えっと、現在位置は大体この辺りですね」
夕食中ジューネが手製の地図の一部を指し示す。俺とエプリの物ではなく、ジューネとアシュさんがこれまでに書いた物だ。それによると今はこのダンジョンの地下二階。俺達が最初に跳ばされたのが地下三階で、階段を一つ上がったので間違っていない。
「バルガスさんを連れているのでもう少しかかると思っていましたが、予想以上にエプリさんのおかげで助かっています。これなら早ければ明日の夜中頃にはダンジョンを抜けられる予定です。まあ今日のような強行軍を続けるのは難しいので、実際はもう少しかかると思いますが」
スケルトンと遭遇しないことや、的確なルート指示で大分時間が短縮されているらしい。
しかし明日か。ダンジョンは好きだしロマンだけど、今は怪我人が居るからな。早く脱出できるならそれに越したことはない。
「……無理な行軍は長続きしないもの。少し余裕を持った予定は必要ね」
エプリはそう言って千切ったパンを口に放り込む。失った体力を補おうとするかのように食べる。とにかく食べる。……食いすぎじゃないかってぐらい食べる。
あのパンは一つでかなり腹持ちが良い筈なのにもう五つ目か。このまま大食いキャラで定着しそうだな。
「ところでバルガスさんの具合はどうですか?」
「あぁ。さっきまた眠ったとこだ。凶魔の時の疲労が今頃になって来たらしい」
移動中も時折話を聞いてみたのだが、どうやら誰かに襲われたのは今から三日前のことらしい。襲われた時点で凶魔化したとすると、凶魔化なんて明らかに身体に悪そうな事を二日もしていたことになる。
……というか本当に良く人に戻れたな。最悪もう戻れないことも覚悟していたんだけど。
「それにしてもヒトの凶魔化とはとんでもない話です。上手く使えばかなりの利益を産み出せそうですが、私個人としてはどうにもやろうとは思えません」
最初に利益のことを挙げる点は商人らしいが、凶魔化自体には反対の意思を示すジューネ。俺もあんな怪物になるのは嫌だ。明らかに理性がぶっ飛んでいたしな。……仮面〇イダーやスパイ〇ーマン的な
「そういえば魔石を摘出したことでバルガスさんは元に戻ったんですよね? つまりその魔石を再び打ち込んだら……」
「そりゃあ凶魔化を……って!! 大事じゃないかそれ!! アシュさん。至急魔石を誰も触れないようにガッチガチに梱包してですね」
「それなら多分大丈夫だと思うぞ」
慌てまくる俺に通路を見張っていたアシュさんが落ち着いた様子で言う。その手には今話題に出たばかりの魔石が。
「今のこれからは魔力はほとんど感じられない。仮に凶魔化に大量の魔力が必要だとすれば、多分バルガスを凶魔化させた時に大半を使っちまったんだろうな。これなら普通の魔石と変わらんよ」
「……だけど魔力が必要だというのはあくまで推測。その魔石自体が特殊な可能性もあるんじゃない?」
アシュさんの言葉にエプリが冷静に反論する。もっともだけどエプリ。パンを手から離して言った方がより説得力があると思うぞ。
「では念の為、これはトキヒサの言う通りにガッチガチに梱包して俺が預かろう。……それなら少しは安心だろ?」
アシュさんはあっさりと自分の意見を曲げてエプリに合わせた。どうやら最初からそう言われることは織り込み済みだったらしい。
ジューネが出した包んだ物の魔力を漏れないようにする厚手の布で魔石を包み、その上からさらに何重も縛って懐に入れるアシュさん。
「これで良し。ここから出たら町で調べてもらった方が良いな。そうじゃないと売るに売れない」
売る気はあるんだ!? この世界の人はたくましいな。
「勿論危険があると判断されたら売らないさ。その場合は然るべき所に預けるかその場でぶっ壊す。ちょいともったいないが、うっかり誰かが使ったりしたらことだ」
アシュさんはそう言ってニカっと笑う。……う~む。やっぱりアシュさんって誰かに似ているんだよな。それも比較的最近会った気が。誰だったかなぁ。
「アシュ。儲け話でしたら私も混ぜてくださいよ。値上げ交渉ならお任せです。その場合儲けた分の一部は山分けですが」
「分かってるって。その時は頼りにしてるぜ。雇い主様よ」
そうして和気藹々と金儲けの相談をする二人。俺は二人が話している所を見ていて……ふとアシュさんが腰から提げている刀に注目した。やっぱり刀はロマンだと思う。
しかし二本提げてはいるが大刀と小刀という感じでもなく、片方には何故か鍔の所に鎖が巻かれて抜けないようになっている。
そしてその鎖には赤い砂時計を模したような錠前が……うんっ!?
「ああ。そっか。イザスタさんに似てたんだ。雰囲気とか砂時計とか」
そうポツリと呟いた瞬間、アシュさんがまるでリモコンの一時停止ボタンを押されたかのごとくビタッと動きを止め、そのまま錆びついたかのようにゆっくりとこちらを振り向く。何故か顔中に冷や汗を浮かべながら。……これ確実に何かあるな。