お酒は大人に…… その3
そんなわけで……
スアの使い魔の森の中にある酒造工房に、鬼人のシュテンさんが通ってくるようになって数日が経過していました。
シュテンさんは毎朝夜明け前には飛んで来ます。
えぇ……誇張でもなんでもありません。
言葉どおり『飛んで』くるんです。
龍人というのは、龍にもなれて人の姿にもなれる方々です。
我が家のパラナミオや、同族のパラナミオのことを何かと気にかけてくださっている辺境都市リバティコンベのサラさん、おもてなし商会で働いてくださっているファラさんとファニーさん達はみんなどちらにも姿を変化させられます。
シュテンさんも同じでして、1度少し早起きした際にその出勤風景に出くわしたことがあるのですが、パラナミオやファラさん達が、僕の世界の伝承などで例えるといわゆる西洋風の龍なのに対しまして、シュテンさんはどこか和風の龍を連想させる姿をしていたんです。
昔テレビのアニメであったよなぁ……昔話を紹介するアニメ、あれのオープニングに出てくる子供を乗せた龍とでもいいますか……
んで
毎朝、シュテンさんは、その龍の足で木箱をいくつか掴んで来てくださっています。
「約束の品。納めてよ」
少しぶっきらぼうにそう言いながら、その木箱を毎朝コンビニおもてなし本店に一番のりで出勤している魔王ビナスさんに渡してくださっているんです。
で、その木箱を魔王ビナスに私終えると、スアが精製している転移ドアをくぐってスアの使い魔の森へと移動していくんです。
一見、すっごく簡単に見えるこの転移ドア。
何しろ、コンビニおもてなし本店のレジと厨房をつないでいる廊下の壁にずらっと設置されていて、各地に点在しているコンビニおもてなし各支店ならびにおもてなし商会の店舗へいつでも移動可能という便利な代物なのですが、これってスアがこの世界最強にして伝説級の魔法使いだからこそ出来ることなんだそうです。
スアのお弟子さんで、スアをして『……転移魔法にかけては、この世界でトップクラス、よ』って教えてくれたことがある辺境都市トツノコンベって街でくらしている魔法使いのバテアさんって人も、転移ドアを具現化したままにしておくのは困難だそうで、毎回詠唱して転移ドアを呼び出しているんだそうです。
『転移する際に通過する空間って、常に収縮したり拡大してるのよね。それを魔法で自動補正しながら接続を維持し続けるのって結構魔力を使うし、難しいのよ』
以前少し雑談した際に、そう教えてくれたんですけど……この会話でもって改めてスアのすごさを実感したのは言うまでもありません。
で、その転移ドアをくぐって、毎朝スアの森の中にある酒造工房へ移動していくシュテンさん。
その後、毎日夜遅くまで酒造工房で職場体験的に仕事をこなしてから帰って行っているんです。
「どうせならしばらく住み込めばよかろう。通いは大変じゃろう?」
タルトス爺がそう言って宿泊する部屋を準備してくれたりしたんですけど、
「いや、いい……寝る前に顔を見たい人がいる……」
シュテンさんってば、頬を少し赤くしながらそう言ったそうでして……なかなか青春しているんですねぇって、少しほっこりした次第です、はい。
で
その木箱です。
中身は、シュテンさんが作成したお酒です。
タクラ酒と双璧をなすほど美味いお酒なんですよ、これが。
これを『酒造工房で働かせてくれるお礼』として、毎日木箱に入れて納品してくいれているシュテンさん。
シュテンさんの許可も得て、このお酒を、この一帯では一番人口が多く商業都市として人の往来も一番多い辺境都市ナカンコンベの中にありますコンビニおもてなし5号店東店で試験販売していたのですが……
「りりりリョウイチお兄様ぁぁぁぁ! たたた大変ですわぁぁぁぁぁ!」
っと、コンビニおもてなし5号店東店の店長を務めているシャルンエッセンスが、この日のお昼前に血相を変えて、7号店で働いている僕の元へ駆け込んできました。
転移ドアから飛び出してきたシャルンエッセンス。
「シャルンエッセンス、そんなに慌てていったい何があったんだい?」
「あ、あれですの……あれが……」
「あれ?」
僕の問いに、そう答えたシャルンエッセンス。
それだけではいまいち要領を得ていませんが、大慌てしている今のシャルンエッセンスでは、的確な説明が出来そうにありません。
そんなわけで、僕はすぐさま転移ドアをくぐって辺境都市ナカンコンベにありますコンビニおもてなし5号店東店へと移動していったのですが……
そのお店の前へ視線を向けた僕は、思わず目を丸くしてしまいました。
その視線の先……大通りには、すごい数の人々が折り重なるようにして倒れ混んでいまして、ちょっとした人の山が出来上がっていました。
その人の山の横には、この5号店東店に併設されているおもてなし商会ナカンコンベ店の店長を務めているファラさんが立っているではありませんか……
「あ、あの……あそこに折り重なっている方々って、全員鬼人種族の方々なのですわ……その方々が、リョウイチお兄様が毎日お持ちくださって試験販売を行っていたお酒をすっごく気に入られたのですが……毎日あの鬼人種族の方々がすごい数を購入なさるものですから、連日あっという間に売り切れておりましたの……それが続いたものですから、鬼人種族の方々が激怒なさいまして……店内で少々困った行動をとられたものですから……」
「えぇ……ちょっと私が、実力行使にて、身をもって改心していただいたところですわ」
ようやく落ち着いたシャルンエッセンスの話を聞いていた僕。
その僕の存在に気がついたファラさんがそう捕捉説明をしてくれたのですが……ちょっと待ってください……あれってばどう見ても喧嘩案件ですよね……店員がお客様に手を……って……
そんな事を若干考えた僕なのですが……
「胸ぐらを掴んで来たのは向こうが先ですので、正当防衛が成り立っていますわ。それに多勢に対し私は1名、しかも女の私に一撃で負けたとあっては、武勇を誉れとしている鬼人種族達も、衛兵にたれ込むような行動は、まず出来ないはずです」
「そ、そうなんです?」
にっこり微笑むファラさん。
その笑顔に、思わず安堵のため息をもらした僕なのですが……そんな中、1人の鬼人が立ちあがりました。
フラフラしながら立ちあがったその人……すっごく巨漢で、ファラさんの倍近い身長があって、筋骨隆々なマッチョです。
左手に、大きなガントレットを付けているところからして、肉弾戦を得意としている感じですね。
で、その起き上がった鬼人さんは、ファラさんに向かって顔を突きつけていったのですが……
「……あんたの雷撃……文字通り痺れたぜぇ……惚れた」
「……はい?」
「あんたに惚れた……俺ぁ、一生あんたについていくぜ、姉御」
「……は? ちょっと何を言ってるのよ、あなた」
鬼人さんの言葉に目を丸くしているファラさん。
すると、その後方で折り重なっていた鬼人種族の方々も次々と立ちあがっていきまして、続々とファラさんの前に集まっています。
「姉御、俺も一生ついていくぜ」
「アタシも一生ついていくわよ、姉御」
と、みんなそんな事を口にしているんです。
「ちょ、ちょっと待ってよね、そんなことをいきなり言われても……」
困惑しているファラさん。
そんなファラさんの前で、鬼人さん達は土下座をしながら頭をさげています。
「「「姉御ぉ!」」」
「だから、勝手に人を姉御扱いするなぁ!」
と、まぁ、コンビニおもてなし5号店東店の前の街道で、しばらくそんな光景が続いていた次第です。
鬼人種族の人達って、自分が認めた相手にはとくとん尽くすようになるって話を聞いたことがあります。
イエロも、腹ペコで行き倒れそうになっていたところに、僕がお弁当をあげたこともんですから、僕のことを認めてくれて、その後、とことんつくすようになってくれているわけですしね。
……フク集落で暮らしている孤児達と一緒に暮らしながら面倒を見てあげているファラさんのことですから……このまま押し切られるんじゃあ……
そんなことを思っている僕の視線の先で、ファラさんは困惑した表情を浮かべながらも、
「……まったくもう……しょうがないわねぇ」
腕組みしながら大きなため息をついているところでした。