第29話 前向きに、それぞれに
「隼!優!!俺合格したぞ!!!」
高校三年生の3月。
卒業式を終え制服を脱いだ俺らは、俺と隼、瑠千亜、五郎の4人で、よく部活後や放課後に行っていたファミレスに集まっていた。
「おめでとう瑠千亜!!よかったね!」
「正直、瑠千亜が合格するとは思わなんだ。何かの間違いでなければ良いが…」
「なわけあるかっつーの!!ちゃんと合格してますから!!」
そう、今日は大学受験の合格発表の日。
1月の共通テストを経て、2月末の大学個別試験を受け、発表は3月の上旬。
発表の日は大学によって異なるが、俺ら四人の受けたところはたまたま同じ日であった。
瑠千亜が通う予定なのは、俺や隼とは別の大学だが、都内にある大学だ。
「そういう五郎はどうなんだよ!あ?」
「俺が落ちるわけあるまい。ほれ、証拠も揃えておいた」
五郎はそう言いながら、自分の受験票の番号と合格者の番号が載ってあるサイトのスクリーンショットを見せてきた。
「おめでとう五郎!」
「有難う隼。まあ、俺が合格するのは順当だ」
「調子に乗るなバカめ。共通の直後はめちゃくちゃ焦ってたじゃないか」
「ふん。余裕をこくよりもずっと良かろう。まあ俺は論述の男だ。2次試験で起死回生ってやつを成し遂げたのだ。」
「でも、五郎が進学したらすごい遠くなっちゃうね……」
「確かに!!五郎、ずーーっとペアだった俺が近くにいなくてもやっていけるのか?」
「抜かせ瑠千亜。まあ確かに寂しくはなるが、それでも俺はそんなことで新生活を憂うほどヤワではない。心配無用だ」
「なんかそれもそれで寂しいな」
隼が五郎の言葉にそう言って微笑む。
五郎は唯一、京都の大学へ進学する。
こいつの家が茶道の分家だかなので、本場の茶道を学びに行くことも兼ねて京都へ行くらしい。
それに、こいつは無類の歴史好きだ。そんな五郎にとって、京都という場所はとても性に合っているようだ。
「隼と優は………って、お前らが落ちるわけないか」
瑠千亜が俺と隼には結果を聞く前にそう言った。
「無事に合格したよ!ね、優?」
「ああ。」
瑠千亜の言葉に隼が答え、俺も短く頷き同意する。
「うおおおおお!!凄えなお前ら!!マジかよ!」
「流石だな。そこに合格するとは」
「やべえよこいつら!日本で1番賢いってことじゃん!五郎、俺らそんな奴らと6年間も一緒にいたんだぞ!?やばくねーか!?」
「悪いが瑠千亜、俺もこいつらに次ぐレベルの大学への合格が決まっている。正直、そこまで差を感じていない」
「うわ!腹立つ!なんだこいつ!!」
「いやまあ……そんなことは関係ないって!」
「隼の言う通りだ。それに俺らよりも上なんて、大学に入ればいくらでもいる。」
「うわあ……さすがお二人は余裕っすね…」
「しかし優も隼も、そんな学歴があれば更に女子からモテるのではないか?……うらやまけしからん!!」
「いや何言ってんだ五郎。別に俺はそういうのに興味ない」
「つか五郎が一番女好きだろ!どーせお前、京都の女をナンパしまくるんじゃねーの?」
「京の女性は嫌味を言うらしいな。俺も今から、彼女らの真意をすぐに見抜けるようになるべく、インターネットで嫌味について調べねばならん」
「何だその偏見!!つーかやっぱり女と遊ぶ気満々じゃねーかよ!」
俺らの頓珍漢なやり取りを、隼はただ笑って見ているだけだ。
この構図は、6年間最後まで変わらなかったな…
当たり前の様に一緒に過ごしたこいつらと、バラバラになるのは流石の俺でも寂しかった。
しかし瑠千亜は都内にいるし、五郎だって実家は俺と一番近いのだから、長期休暇の時などには会える。
そんなことを考え、この寂しいような、心にポッカリと穴が空いたような気持ちを誤魔化しながら、俺らは思い出のこの場所で談笑に耽る。
「俺と隼はテニスを続けるが……瑠千亜と五郎はどうするんだ?」
食事の終盤、俺はふと思い出してこいつらに予定を尋ねる。
「俺は続けるぞ!!結局優と隼には1回も勝てなかったからな!大学のインカレでは絶対優勝してこいつらを倒す!!」
「俺も続けようと思う。しかし、瑠千亜程の熱意はない…他にもやりたいことが沢山あるからな。趣味程度といえばお前らに怒られそうだが、楽しみながら続けるつもりだ」
俺の問に瑠千亜と五郎はそれぞれ答える。
「じゃあもしかしたら大会会場でまた集合するかもしれないんだね!」
二人の答えに隼は嬉しそうに弾んだ声を出す。
「まあな。しかし隼、次会うときはこいつらは敵だぞ?」
「でも結局個人戦の決勝とかだと毎回瑠千亜と五郎のペアに当たってたじゃん…だからどっちにしろ俺の中で2人はずっとライバルなんだよね」
俺の言葉に隼は笑って答える。
「いいねえ隼!!俺もお前のことは万年のライバルだと思ってるからな!!」
「うん!大学でも負けないよ!」
「瑠千亜はテニスに精を出すのもいいが、そろそろ彼女の一人でも作らんのか」
「んだと五郎!俺は大学でモテまくる予定だから!!」
「パリピ大学生ってやつ?になってそう!」
「えっ隼くん?それ褒めてるのかな?」
「褒めてるよ!キャンパスライフを楽しんでそうってこと!」
「あーまあな!お前らなんか目じゃないほどモテてやる!!この六年間、お前ら三人の引き立て役に徹した俺だ!大学でこそ主役になるぞ!」
「頑張ってね!」
「なんかお前が言うと煽ってるような感じがするぞ隼……しかもそんな幼気な瞳で言われても……」
やはりこいつらは最後までこいつらのようだ。
盛り上げ&ツッコミ役の瑠千亜にツッコミ待ちのボケとうんちくをかます五郎。
それにあくまで純粋に会話を楽しむ隼に、たまに口を挟む俺。
こんな4人のやり取りが、明日からは格段に減っていくと考えたら、やはりどこか寂しかった。
「おー?優クン、もしかして傷心中?」
「なんだ優。俺達と離れることがそんなに寂しいのか」
「煩いバカどもめ。そんなわけあるか」
顔に出ていたのだろうか。
妙に人の心の変化に鋭い瑠千亜と五郎に突っ込まれ、俺は咄嗟にぶっきらぼうに返す。
いくら鋭いこいつらでも、結局最後まで俺と隼の関係性に触れてくることはなかった。
それは気づいていないからなのか、それとも気づいているが敢えて触れてこないだけなのか…
それは分からないが、大学生になったら俺と隼の関係すらも終わるかもしれないのだ。
俺はそんな事実に対しても、半ば寂しさと哀しさを感じていた。
「まあでも、本当に寂しくなるね……もうこうやってみんなでご飯食べたりすることも少なくなるんだろうなー……」
ふと隣で隼が寂しそうな声を出す。
「まあなあ……合宿とか大会のときとか、ご飯どころか風呂とか寝るのとかも一緒だったもんな」
「最早兄弟みたいな感じだよね。」
「そうだなー……」
「何を暗くなっておる隼に瑠千亜。俺たちは大学生になるのだぞ。大学生といえば人生の夏休み……そう、夏休みなのだからいくらでも時間はある!従って、会ってまた泊まりでも旅行でもすれば良いではないか!」
「なにいって……ってそうだな!今回ばかりは五郎の言うとおりだな!!」
「今回ばかりとはなんだ!俺は常に正論しか言わぬぞ」
「夏休みとかにさ、時間作ってみんなで五郎のいるところに行きたいね!京都旅行とかも兼ねて」
「ああ!いいね隼!それ賛成!!」
「いつでも来い。しかとお前らの寝床も確保しておこう」
「なんだよ五郎〜あんだけ前向きなこと言っといてお前も俺らと離れるのが寂しいんじゃねえかよ〜」
「黙れ瑠千亜。」
五郎は最後にそう言ってから、しばらく言葉を発せないでいた。
やはりみんな表には出さないようにしているが、長年続いたこの関係が薄れていくのが怖いようだ。
「………まあ、せっかくみんな自分の希望した道に進めるんだからさ!バラバラになるのはそりゃもちろん寂しいけど、嬉しいことでもあるって思おうよ。それに会えない時間が長ければ、次会えたときにすごい嬉しくなるし。会えない間はそれぞれ全力でやりたいことをやってればさ、寂しいのも忘れられるし次会ったときに胸張って皆に会えるじゃん!」
隼が明るい声でそう言って、俺達の微妙な沈黙を破った。
隼は寂しいのを隠すようにいつもの暖かい笑顔を湛え、柔らかな口調で俺らを励ます。
「………そうだな!合格してバラバラになるんだ。別に悪いことじゃねーもんな!」
「うむ。確かに寂しさに落ち込んでばかりで何も成せなければ、お前らに合わせる顔が無い。」
隼の言葉に、瑠千亜と五郎が同意する。
隼は、やはり総勢100人超えの大きな部活のキャプテンを務めていただけある。
一番繊細そうだが、実は一番前向きで切り替えが早いのかもしれない。
部活全体の空気が悪くなったときなどは、こいつのこんな所には何度も助けられてきた。
「ま!じゃあ次会うのは夏休みってことか!それまで俺も男を磨いておこうかな〜」
「是非彼女ができたという報告を聞かせてくれ」
「勿論だ!お前らもいい人見つけろよ〜…あ、隼と五郎はもういるか。優、俺らは頑張ろうぜ」
「俺は別に恋愛に精を出すつもりはない。勉学とテニスに励むのみだ」
「うわっつまんねー!!」
俺の言葉に呆れたように笑う瑠千亜を横目に、俺は少し考えていた。
進学した後、俺と隼の関係は変わるのだろうか。
俺は進学しようが、きっと隼以外を好きになることはない。
瑠千亜の言うように、大学で「いい人」が見つかればどんなに幸せだろうとも思う。
しかし俺は、小2の頃から隼に恋している。
いつの間にかそれを失うことを……
隼に恋する自分を失うことを、恐れていた。
隼へ想いを寄せていることこそが、俺のアイデンティティなのかもしれない。
隼ありきの俺の自我。
もし隼への気持ちが無くなってしまったら、俺は自分をどう保てば良いのだろう……
進学前最後の集まり。
俺以外の3人は寂しいながらも前向きに未来へ進もうとしていた。
しかし俺は、隼と関係が持てなくなる日を…
隼への気持ちが無くなる日を…
自分が自分で無くなる日を、心のどこかで恐れていた。