お邪魔します
その女は無言で店のシャッターを閉じると、振り返ってニヤリと笑う。
「さあ、これで時間はたっぷりできたなぁ、坊主」
こ、こえ~
なにこれ? 俺ってば今から殺されるの?
「は、はあ」
「なんだぁ? 男ならシャキシャキ喋れないのか、バカヤロー!」
バカヤロー? お前の所属している組はどこだよ?
「す、すんません!」
「フン、こっちに来い」
生唾を飲む。殺されるのかも、知らんからな。
お姉さまこと、ヴィクトリアのあとに続く。
店の裏に回る。
どんどん奥へと入っていくと、少しさびた外付け階段が見えてきた。
「あがれ」
「はいっす……」
どうやら、俺の家と同様に、店の二階が自宅のようだ。
階段をあがると、『KOGA』と玄関の標識があった。
その下には『ヴィッキーちゃんとミーシャ☆』とある。
ヤンキーのくせして、可愛いことが好きなんだな。この姉弟。
鍵をあけるヴィクトリア。
だが、ドアノブに手を回すと舌打ちした。
「クソがっ、ポンコツのドアめが!」
そう言うと、自宅のドアをガンッガンッ! と蹴りまくった。
「な、なにやってんすか?」
振り向くその顔は、鬼のそれと同じだ。
「ああん? オヤジが残した家だからボロいんだよ。こうやって、たまに蹴らないと開かないんだ、よっ!」
ボカン! と何かが、壊れた音がした。
「おし、開いたぞ」
ええ……壊れただろ、絶対。
「ほら?」
ヴィクトリアは「な♪」と言いながら、ドアが開くところを見せてくれた。
「じゃ、入れ。私はシャワー浴びるから、坊主は適当にくつろいでくれ」
「え?」
「なんだ? 一緒に入りたいのか、このスケベ坊主~」
むっかつく女だな、コノヤロー!
「ま、ミーシャの部屋に入ってたらどうだ?」
「は、はあ……」
俺は「お邪魔します」と一応、挨拶してから靴を脱ぐ。
家の中もやはり、店と同様のクマのぬいぐるみが、一面に並んでいた。
廊下には、夢の国のネッキーのポスターやスタジオデブリのパズルアートが飾ってある。
本当に男っ気のないところだな。
そのポスターとポスターの間に、トイレや洗面所がオセロのように挟まれている。
ヴィクトリアは、客人の俺を残して洗面所へと向かった。
洗面所の奥は浴室が見える。
先ほど俺に言った通り、シャワーを浴びるようで、服を脱ぎだした。
気がつけば、ブラジャーとパンティーのみ。
俺は思わず、彼女に背を向けた。
ヴィクトリアは構わず、鼻歌交じりで浴室の扉を開いたようだった。
どうして、俺の周りの女どもは、こうも裸族ばかりなのだ?
頬が熱くなるのを確認すると、俺は勝手に廊下の奥へと進む。
だって、ねーちゃんが「ミーシャの部屋に入ってたらどうだ?」とか言ってたしな。
廊下を抜けると、リビングが中央にあり、左右に二つの部屋があった。
左手の部屋の前には、律儀にもネームプレートが貼り付けてあった。
ハートの形で『ミハイル☆』とある。
これか、ミハイルの部屋は……すまんが勝手に入るぞ。
俺は心で一応謝っておきながら、無断で彼の自室に踏み込む。
「なんじゃこりゃ……」
壁紙はピンク色でハートや星の柄入り……。
なんかイケないホテルじゃねーか?
部屋中、ネッキーやその愉快な仲間たちのぬいぐるみで、いっぱい。
もちろん、デブリのドドロやボニョも欠かせない。
絨毯は安定のネッキーとネニーのチューショット。(キスしているだけに)
「どんだけラブリーなんだよ、ミハイル……」
彼の趣味はわかってはいたが、いざ部屋にあがってみるとエグいな。
だって彼女の部屋じゃないんだぜ?
しかも、なんか甘ったるい匂いがする……。
俺はリュックサックを床に下ろすと、近くに飾ってあったコルクボードに目をやった。
たくさんの写真が貼ってある。
幼いころのミハイル、制服姿のヴィクトリア、そして……。
「これは……あいつの」
一つの写真が気になった。
ヤンキーっぽい男性が中央に立ち、たくましい両手で二人の女性の肩を抱いている。
眩しいぐらいな笑顔で。
そして、左には制服姿のヴィクトリアらしき少女。
最後は優しそうに笑う美しい女性。
金髪でエメラルドグリーンの瞳。
「ミハイルの母さんか……」
その証拠に、女性の両手には、生まれて間もない赤ん坊が大事に抱えられている。
「ただいま~っ☆」
俺は慌てて、コルクボードから離れた。
別にやましい気持ちがあったわけではない。
だが、以前ミハイルから親は死別していると聞いた。
勝手に入って、人様の大事なものを、土足で踏みにじっているような感覚を覚えたからだ。
「お、おかえり。ミハイル……」
ミハイルと目があう。
彼はボンッ! と顔を真っ赤にさせて、俺を部屋から追い出す。
「なんで勝手に入っているんだよ! タクトのバカ!」
「いや、姉さんが入っとけって……」
「冗談に決まってんだろ!」
そう言うと、彼は「ちょっと待ってろよ!」と言って、部屋の扉を乱暴に閉めた。
バタン! という音と共に、可愛らしいネームプレートがカランカランとゆれた。
エロ本でも隠してたんか?
そういうものは共有しようぜ!