恋愛取材
俺は淫乱痴女教師、宗像 蘭により、下校することを強制停止された。
なぜかミハイルも一緒だ。
そして未だ白目で泡を吹いている白金もだ。
宗像先生は気絶した白金を、ぬいぐるみのように片手で抱えると「ついてこい」と事務所まで案内した。
一ツ橋高校の事務所には、奥に簡易面談室なるものがある。
といっても、つい立もなく、事務所に入った者からは丸見えで丸聞こえ。
プライバシーなんてもんはない。
所々、破れた一人掛けのソファーが二つ。テーブルを挟んで反対側には二人掛けのソファーが一つ。
今日はもう下校時間もあってか、事務所には俺たち4人だけだ。
宗像先生は、乱暴に白金を床に投げ捨てる。
「げふっ!」
衝撃でやっと目が覚める白金。
ひどい起こし方だ。
宗像先生はそれを見て舌打ちし、棚から賞味期限の表示も曖昧になりつつある、インスタントコーヒーの瓶を手に取った。
「お前ら、砂糖とミルクはいるか?」
「あ、俺はいらないです」
以前飲んだらクソまずかったし、いろんな意味で怖いので。
「なんだと? 新宮……この美人教師のコーヒーが飲めないってか?」
顔、顔! 生徒を見る目じゃねーよ。
睨みつけるとか、どこの虐待教師だ。
「あ、俺はブラックで……」
「よろしい♪」
その微笑み、脅しですよね。
「古賀はどうする?」
「オレ、ミルクも砂糖もたっぷりで☆」
「うんうん。古賀は素直でいい子だなぁ♪ 甘ーくておいしいカフェオレをつくってやるぞ」
センセー、カフェオレの意味わかってます?
「あいだだ……蘭ちゃん、わたぢも同じのお願い……」
白金は地面を這いつくばって、一人掛けのソファーまでどうにか辿り着いた。
「日葵。お前は水だ。生徒でもなければ、客人でもあるまい」
正式名称、不法侵入者だろ。
「蘭ちゃんのアホ」
~数分後~
「で? なにしにきた。日葵」
宗像先生は白金の隣りのソファーに座り、まずそうなコーヒーをすする。
「なにって、私はお仕事だよ、蘭ちゃん」
「仕事……。ああ、新宮のことか?」
「打ち合わせだってば」
いや、打ち合わせする場所を考えろよ。
「はぁ……日葵。お前は仮にも一ツ橋の卒業生だろが。生徒たちの見本になるような、大人の行動をとれ。いつまでも在校生気取りでいるな」
至極、真っ当な意見だが、宗像先生から、言われるとなんかムカつく。
「じゃ、さっさと終わらせろ……」
ため息をつくと、宗像先生はスマホを取り出した。
おいおい、お前が俺たちを事務所に呼んだ理由はなんなんだよ。
ネットサーフィンするぐらいなら帰らせろよ。
わかった! この女、寂しいんだろ。
俺たちが帰ると、事務所でも家でも一人きりのアラサーだからな。
「では、DOセンセイ! プロットを拝見してもいいですか?」
「む……それがまだキャラ作りの途中で、未完成なんだ」
俺はミハイルの横顔をチラッと見た。
得体の知れないコーヒーをおいしそうに飲んでいる。
「あら、筆の早いセンセイにしては珍しいですね。未完成でもいいので見せてください」
「か、構わんが……今度、白金と二人きりで打ち合わせじゃダメか?」
額に汗が滲む。
「なんでです?」
白金はキョトンとした顔でたずねる。
「もったいぶるな、新宮!」
そこへ暴力教師がログイン。
入ってくんなよ、一生スマホとお友達でいろよ。
「そうだよ、タクト!」
ミハイルまで。しかもめっさ顔を真っ赤にしている。
どこが怒るポイントだったの?
「この女子小学生と、そんなに二人きりになりたいのかよ!」
ダンッとテーブルを拳で叩く。
「ミハイル、勘違いするなよ。白金はこう見えて成人しているんだ」
「ウソだ! こんな大人みたことないもん!」
ダダをこねるんじゃ、ありません。
「失礼な! この白金 日葵ちゃんは、れっきとしたレディーですよ」
自分で自分のことを、ちゃん付けしてる時点で精神面が成人できてないな。
「まあ日葵は、体形がガキなのは見ての通りだ。こんなちっぱい女、放っておけ。それより新宮。なぜお前の小説を出さない? あれか、18禁の作品か?」
ファッ!
「俺の作品はライトノベルです! ライトな作品じゃ、なくなってますよ」
「じゃあ、なんだ? 北神がほざいていたBLとかいうやつか?」
くっ、宗像先生も腐りはじめたのか!
「違いますよ。俺のは真っ当なライトノベル」
「ジャンルは?」
「ら、ラブコメ……」
「……」
なぜ沈黙する宗像女史よ。
「蘭ちゃん、今回、センセイが一ツ橋高校に入学した理由は知ってる?」
「は? 勉強だろ?」
そうか、この人は知らなかったのか。俺の入学動機。
「違うよ、蘭ちゃん。センセイが初挑戦するラブコメ……でも、作家『DO・助兵衛』は取材しないと書けないタイプなのよ~」
白金は『うちの子ダメなのよ~』みたいな世間話のように話す。
かっぺムカつく!
「なに? じゃあ新宮は恋愛を体験しに一ツ橋高校に入学したのか?」
宗像先生……そんなに大きな口開けて驚かないでくださいよ。
俺に恋愛経験ないのが、おもしろいですか?
「タクトは取材対象がいるもんな☆」
ミハイルが割って入る。
こいつ……アンナのことは筒抜け設定なのか?
「なにを言っているんだ? ミハイル」
俺が問い返すと、ミハイルは「あっ!」と声を出して、小さな唇を両手でふさいだ。
誤算だったらしい。
まったく。
「なにか、知っているのか? 古賀」
宗像先生の目つきが鋭くなる。
ミハイルはガクブル、こうかは、ばつぐんだ!
「あ、あの……オレのいとこが、タクトに恋愛を教えてくれるらしくて……」
ファッ!?
アンナはそこまで言ってないぞ。
墓穴を掘りすぎているぞ!
「ほう、古賀のいとこか……可愛いのか?」
ニヤリと笑うと、宗像先生のターゲットはミハイルへ向けられた。
「た、たぶん……」
だって自分のことだもんな。
「センセイ! そんな話、聞いてませんよ!」
思わず身を乗り出す担当編集。
「お、落ち着け! まだ取材すると決まったわけじゃない相手なんだ……」
「なにをいうんだ、タクト! アンナは本気だぞ!」
「「アンナ?」」
宗像先生と白金は息がピッタリ。
見知らぬ女性の名前を聞いて、二人は目を合わせる。
無言で「知っているか?」と問いたいのだ。
「古賀 アンナ……それがオレのいとこっす」
「ミ、ミハイル」
もう知らねえぞ、俺は。
「よし。恋愛を許そう……」
お前はどっから目線なんだよ、宗像。
「業務連絡です! 必ず恋愛を成就させてください!」
その時ばかりは、白金の目は真っ直ぐだった。
だからさ、その取材対象も彼女候補も男なんだってば。
この隣りにいるやつ……。
「良かったな、タクト☆」
なにを嬉しそうに笑ってやがんだ。
可愛いな、ちくしょう!