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第14話 悪魔

エルナース先生と俺はついに犯罪に手を染めた。
誘拐だ。
スーパースプレッダーの少女が1人になると、魔法で気絶させ、白いリュックの中に入れ、イフさんの宿まで連れ帰った。少女を302号室のベッドに寝かせると、エルナース先生は自分と俺に治療魔法をかけた。少女からスーパーインフルエンザに感染したかもしれないからだ。

「あの女の子が起きるまで
 イフに見張っていてもらいましょう。
 イフは病気にならない体質だから」

先生はそう言うと、イフさんの元へ向かった。
俺は絶対検査レベル2を発動させ、302号室の入り口からベッドで寝ている少女を見た。眠っていても少女の体からは青い煙が出続けていた。




夕方になってもスーパースプレッダーの少女は目を覚まさなかった。エルナース先生の魔法が強力すぎたようだ。少女が眠っている時に、俺は少女に絶対検査レベル1を使ってみた。

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名前  ティア
年齢  6
血液型 A
持病  なし

スーパーインフルエンザ 陽性
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6歳……やはり陽性か…
あれだけの青い煙を出してるんだから
当たり前だよな……
スーパースプレッダーは
発症、重症化するんだろうか?
今は無症状のようだが……

「起きたよ。エルナースを呼んできて」

ティアを看病していたイフさんが、部屋の入口に立っていた俺に言った。ティアは起き上がって両手で目をこすっていた。俺は地下の部屋にいるエルナース先生を呼びに行った。

エルナース先生を連れて302号室に戻ってきた時、ティアは泣いていた。

「お母さん、お母さん、どこ?」

泣きながらティアは言った。エルナース先生はティアに歩み寄った。俺は部屋の入口にとどまった。感染しないためにティアから十分に距離を取る必要があった。エルナース先生はしかたない。ティアと話をしなければならないからだ。

「ティア、大丈夫よ。
 お母さんは安全な所にいるわ」

先生はティアに優しく話しかけた。

「安全なところ?」

「そう。だから安心して」

先生はティアの頭をなでた。

「お母さんのところに行きたい」

「それはダメよ。移動するのは危ないわ。
 ティア、よく聞いて。
 ティアとティアのお母さんはね、
 命を狙われているのよ」

エルナース先生は真剣な表情で言った。

「えっ……命?」

「そう。悪い人が
 ティアとティアのお母さんを
 殺そうとしているの。
 だから移動するのは危ないわ。
 外に出たら殺されてしまうわよ」

「なんで…なんで殺そうとするの?」

「ティアのことが気に入らないからよ。
 ティアってすごく人気があるでしょ?
 それが気に入らないのよ」

「だ、誰が殺そうとしているの?」
ティアは震えていた。

「悪い獣人よ。心当たりない?」

エルナース先生がそう言うと、ティアはうつむいて考え始めた。
しばらくしてティアは顔を上げた。

「恐い犬の獣人が…こっちを見てた」

「そう。その犬の獣人よ。
 ティアの命を狙っているのは」

エルナース先生がそう言うと、
ティアは顔を青くして、震えて泣き出した。

「大丈夫。この部屋にいれば安全よ。
 犬の獣人もここには入ってこれないわ」

エルナース先生はそう言って、ティアを優しく抱きしめた。



ティアをイフさんに任せて、エルナース先生と俺は地下の隠し部屋へ向かった。先生は自分自身に治療魔法を使うのを忘れなかった。ティアと濃厚接触したためにスーパーインフルエンザに感染してしまったからだ。

「なんとか作り話を信じてくれたわね」

地下の隠し部屋でコーヒーを作りながら、エルナース先生は言った。

「ティアをこれからどうします?」
俺は尋ねた。心配だった。

「しばらくこの宿で隔離するしかないわ。
 感染者を大量に増やされたら
 たまらないから」

エルナース先生はそう答えて、
コーヒーを飲み始めた。




「ごはんだよ」

夜になると、イフさんが夕食を持って地下の隠し部屋にやって来た。

「イフ、ティアはどうしてる?」
先生は聞いた。

「寝た」
イフさんは短く答えた。

「寝る前はどうしてた?」
先生は聞き直した。

「母親の心配してた。自分のことよりも」

「そう……優しい子ね…」

「そういえば、
 ティアの父親はどうしたんでしょう?
 ティアは父親のことは
 心配じゃないんですかね?」

湧いてきた疑問を俺は口にした。

「父親は死んだって。
 スーパーインフルエンザのせいで」

イフさんが答えた。

えっ…!?
じゃあティアの父親は公式に発表されてる
98人の死者の1人だったのか!
……黒いリュックに入れられて
人知れず処分されたんじゃないなら
良かったかもしれないが………でも……

「自分のせいで父親が死んだと知ったら、
 ティアの心はどうなってしまうんでしょうか?」

俺は残酷な事を聞いた。

「壊れるかもしれないわね。
 だから絶対に知られてはダメよ。
 イフも気をつけて」

「わかった」

「エルナース先生、スーパースプレッダーは
 ティア1人だと思いますか?」

俺は尋ねた。答えは予想できたが。

「いいえ。あの子1人じゃ
 感染者はあんなに増えないと思うわ。
 私はあと2人はいると思う」

先生は推測を言った。俺も同意見だった。首都トキョウにはティアの他にもスーパースプレッダーがいる。そう思いたかった。ティアの責任を減らしたかった。

「明日は第22区を探しましょう。
 第22区もこれまでは放置してたから」

先生の提案に俺はうなずいた。

「イフはできるだけティアと遊んであげて」

「わかった。麻雀でもするよ」

「6歳に麻雀は無理でしょ。
 ドンジャラにしときなさい」

「えー」

イフさんは少し不満そうに言った。





次の日。
現在午前9時。俺は第22区の広場に立っていた。女装をして白い大きなリュックを背負っている。エルナース先生はまだ来ていなかった。寝坊でもしたのだろうか。俺は絶対検査レベル2を発動させて、広場にいる人々を見てみた。口から青い煙を出している人を1人見つけた。感染者だ。だがスーパースプレッダーではない。ティアと比べると青い煙の量がはるかに少ない。
その青い煙をじっと見つめていると、
あることに気づいた。

この感じは……
まさか……


「ごめんユウちゃん! 寝過ごしちゃった!」

エルナース先生がやって来た。
やはり寝坊だったか。

「先生、待っている間に
 感染者を1人見つけました。
 あそこのベンチに座っている、
 マスクをしてない人です」

「あら、そう。
 じゃあ治療と教育をしなくちゃね」

エルナース先生はそう言って、広場にあるトイレでその感染者に治療と教育を行った。トイレから出てきた先生に、俺はさっき気づいた事を言うことにした。

「エルナース先生、
 実はさっき気づいた事があるんですが」

「なあに? 気づいた事って」

「あの…スーパーインフルエンザは
 人間が作ったものだと思うんです」

「えっ!?」

エルナース先生は驚いて固まった。
何を言ってるんだという表情で俺を見ている。

「感じるんです。青い煙から…人間の悪意を。
 確かに感じるんです」

「進化した絶対検査はそんな事までわかるの?」

エルナース先生は聞いた。
俺はうなずいた。

「…それが本当なら衝撃的な事だわ。
 スーパーインフルエンザが
 自然に発生したものじゃなく、
 人間の手で作られたものだったなんて……」

「何でそんなものを作ったんでしょうか?
 その人物の目的は何だと思います?」
俺は聞いてみた。

「目的は大量殺人でしょう。
 動機は……快楽のためかな。
 こうしている間にもそいつはどこかで
 ニヤニヤ笑ってるかもね。
 きっと獣人に違いないわ」

エルナース先生は
また獣人を差別した。悪い癖だ。

「…そいつの思い通りにさせないためにも
 感染拡大を止めなければいけませんね。
 そして感染拡大を止めるためには、
 スーパースプレッダーを
 見つけ出さなければいけない」

「その通りよ。さあ、スーパースプレッダーを
 探しに行きましょう」

エルナース先生と俺は第22区の商店街を目指して歩き出した。



商店街に到着した。
大通りの左右に店や屋台が立ち並び、たくさんの人が歩いていた。エルナース先生と俺は大通り全体を見渡せる高い場所に立っていた。ここで絶対検査レベル2を使えば、1度に多くの人を調べることができる。

「ではスキルを使います」

俺はそう言うと絶対検査レベル2を発動させた。

「………どう?」
先生は聞いてきた。

「いました」

「えっ!? 本当!? どの人!?」

「あそこのイカ焼きの屋台に並んでいる
 行列の最後尾にいる男です。
 全身黒ずくめの普通の人間の男です」

俺は指をさして、そのスーパースプレッダーの男を示した。

「あの人か……よし。後をつけましょう。
 そして1人になったら捕獲する。いいわね?」

先生の作戦に俺はうなずいた。




おかしい…
早すぎる……

スーパースプレッダーの男を見張りながらも、俺はそう思っていた。

運が良かったのか…?
でも……
ラッキーが2日連続で起きるだろうか…?

「ねえ、おかしくない?」

隣で一緒にスーパースプレッダーを見張っていた
エルナース先生が話しかけてきた。

「えっ? 何がです?」

「あのスーパースプレッダーの男よ。
 あいつ何かを買うわけでもなく
 ずっと商店街を歩き回ってるでしょ。
 イカ焼きも結局買わなかったし…」

エルナース先生の言う通りだった。そのスーパースプレッダーの男は、もう数十分もフラフラと商店街をうろついていた。屋台の行列に並んだと思ったら、すぐ行列から外れ、店に入っても店内を一周して何も買わずに出てくる。そうやって大通りを行ったり来たりしていた。一体何が目的なのだろうか。

………あっ!

「エルナース先生、あいつもしかして
 自分がスーパースプレッダーだと
 わかってるんじゃないですか?
 そしてわざと人に近寄って
 感染させようとしてるんじゃ…」

「なんですって!?」

エルナース先生はスーパースプレッダーの男を睨みつけた。そして数秒後、男に向かって歩き出した。俺も後に続いた。

「あなた感染者ね」

エルナース先生はスーパースプレッダーの男に
面と向かって言った。

「え……あ……」

スーパースプレッダーの男は意表を突かれて
うろたえている。

「わざと他人に感染させてるでしょう」

エルナース先生がそう問い詰めると、
スーパースプレッダーの男は走って逃げ出した!

「追うわよユウちゃん!」

エルナース先生と俺は男を追いかけた。男の足は遅かった。走る速度を上げれば捕まえられそうだ。俺はスピードを上げた。

「待ってユウちゃん!」

エルナース先生に腕をつかまれて止められた。

「先生!? なぜ止めるんですか?」

「まだ捕まえなくていいわ。見て。
 あいつどんどん人気のない方へ移動してる。
 好都合だわ。このまま誰もいない場所へ
 案内してもらいましょう」

エルナース先生は意図を説明した。




郊外にある林の中で、スーパースプレッダーの男は両膝に手をついて苦しそうに息をしていた。

「はあーっ はあーっ はあーっ」

下を向いた顔から汗やよだれが落ちていた。
マスクを外したその顔は、
昆虫のカマキリに似ていた。

「もう走れなくなったの?
 体力無いわね。情けないやつ」

男は顔を上げて声の聞こえた方を見た。そこにはエルナース先生と俺が立っていた。男は驚きと絶望の表情を浮かべた。

「逃げても無駄よ。
 息が整ったら私の質問に答えなさい」

エルナース先生は命令した。
息が整うまでの間、カマキリのような顔をした男はじっとこっちを見ていた。気持ちの悪い眼差しだった。獣人ではなく、普通の人間のようだが。俺は男に絶対検査レベル1を使ってみた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前  クアマン
年齢  40
血液型 O
持病  虫歯

スーパーインフルエンザ 陽性
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そして男の個人情報を先生に耳打ちして伝えた。

男の呼吸が正常に戻った。

「どうしてあんな事をしてたの?
 わざと他人に感染させるなんて…
 答えなさい、クアマン」

エルナース先生は強い口調で言った。

「なっ!? ど、どうして
 オレの名前を知ってるんだ!?」
男は驚いて聞いた。

「私はエルナースよ。何でも知ってるわ。
 あなたがスーパースプレッダーだという事もね」
先生は余裕の表情で言った。

「スーパースプレッダー?」

クアマンは眉根を寄せて言った。
どうやら彼はスーパースプレッダーという言葉は初耳だったようだ。

「普通の感染者よりも
 他人に病気を移す力が強い感染者のことよ。
 あなたみたいなね。
 さあ、質問に答えなさい。
 どうしてわざと他人に感染させてたの?
 動機は何? 早く言いなさい」

エルナース先生は急き立てた。

「ぐっ…」

クアマンは先生を睨みつけている。

「どうしたの?
 歯が痛むの? 虫歯のクアマンちゃん」

エルナース先生は挑発的に言った。
それを聞くと、クアマンは笑いだした。

「フフフフフ…ハハハアハアハハハハ!
 ハハハヒヒヒッアハアハフフフフフッ!」

気持ちの悪い時間だった。
カマキリのような顔をした男の笑顔も笑い方も笑い声も不快だった。

「何でもお見通しなのに動機はわからないのか。
 いいだろう。教えてやるよ。
 興奮するからだよ。楽しいからだよ」
クアマンは開き直って言った。

「快楽のためってわけね?」
先生は確認した。

「ああそうだ!
 オレが他の奴らを感染させてると思うと、
 感染した奴らがどんどん死んでいくと思うと、
 たまらなく興奮するんだよぉ!
 血がたぎるんだぁ!」

「……人を何だと思っているの?
 自分以外の他の人たちを」

「もちろん重要な存在だと思っているさ!
 あいつらは苦しんで死ぬことによって
 オレ様を楽しませてくれるんだからなぁ!」

「…人が苦しむ姿を見るのが楽しいの?」

「楽しいだろ! エルナース!
 お前は見たことないのか!?
 重症者がゲホゲホゴホゴホ歌って、
 苦しそうにもだえて踊って死ぬ!
 あれは最高のショーだろうが!」

なんだこいつは…
とんでもないクズじゃないか…

俺はカナイドの町で重症化して死んだエルフの姿を思い出していた。あんな苦しそうな姿を見て楽しむというクアマンの考え方が信じられなかった。

「他の人はあなたみたいな害虫を
 楽しませるために存在してるんじゃないわ」

「誰が害虫だ!
 言葉に気をつけろ! エルナース!」

「害虫でしょ。
 カマキリの獣人なんでしょ? あなたは」

「オレの人種は普通だ!
 獣人みたいな下等生物ではない!」

やはり人種は普通なのか…
顔はカマキリにそっくりだが……

「…獣人か普通の人間かは知らないけど、
 あなたは下等生物だわ。
 あなたより格下の生物なんて
 この世にいないと思うわ」

「ふざけるな! 
 オレはあらゆる生物の上に立つ存在だ!
 死を司る選ばれた人間だ!
 いや! 神だ!
 そう! オレは神だ!
 死神の息子なんだ!
 だから命を弄んで楽しむことを
 許されるのだ!」

「……完全に狂ってるみたいね。
 …最後に1つ聞くわ。
 スーパーインフルエンザをまき散らすのを
 やめる気はあるの?」

エルナース先生はそう言って、
右腕をクアマンに向けて伸ばし、右手を開いて手の平を見せた。

「やめるわけねえだろうがぁ!
 オレの話を聞いてたのかバカ女が!
 最高の楽しみを何でやめなきゃいけねえん

突然クアマンが吹き飛んだ!

ダンッ!

クアマンは後方にあった岩に体を叩きつけられ、地面に落ちた。強い風が吹いていた。エルナース先生と俺はクアマンに歩み寄った。
クアマンは死んでいた。

しおり