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第13話 スキルは進化するのか?

「エルナースやっぱりボケたんじゃないの?」
イフさんは少し心配そうに言った。

「ボケてないわよ!」

「でも180年くらい前にもいたのに。
 スーパースプレッダーって…」

「180年も経てば忘れるわ!」

確かに180年も経てば普通は忘れるよな。
ただエルナース先生もイフさんも
頭がボケてるのは事実だ。

「あの…すいません。
 スーパースプレッダーとは何でしょうか?」
俺は尋ねた。

「大量の病原菌をまき散らす感染者のことよ。
 他人に病気を移す力が非常に強いの。
 普通の感染者の数百倍の力が
 あるとされているわ」

「数百倍!? そんなにですか!?」

エルナース先生の説明に俺は驚いた。

「ええ。そんな危険なスーパースプレッダーが
 この首都トキョウにいるなら
 早く捕まえなければいけないけれど…でも…」
エルナース先生は下を向いた。

「…見つける方法が無いんですか?」
俺は察して聞いた。

「そう。スーパースプレッダーは
 見た目は普通の感染者と同じなのよ。
 印があるわけでもない。
 スーパー検査をしてもわからない。
 たぶんシュージ君のスキル、
 絶対検査でもわからないと思うわ」

エルナース先生は浮かない顔で言った。

確かにエルナース先生の言う通り、俺の絶対検査でもスーパースプレッダーは見分けられないだろう。絶対検査でわかるのは対象の名前、年齢、血液型、持病、そしてスーパーインフルエンザ陽性か陰性か、それだけだ。
ただし、現時点では、だ。

「わかるようになるかもしれません」
俺は言った。

「…どういう意味?」
エルナース先生は聞いた。

「俺の絶対検査は
 使えば使うほど成長していきます。
 さらに成長して進化すれば、
 スーパースプレッダーが
 見分けられるようになるかもしれません。
 いえ、きっと見分けられるようになります。
 俺にはそんな気がするんです」

「…本当に? 期待していい?」

「はい」

俺は力強く先生に返事をした。
根拠のない自信が心にあっただけだったが。

「わかったわ。じゃあ明日からも諦めずに
 検査、治療、教育を続けましょう。
 そしてシュージ君の絶対検査が進化したら、
 スーパースプレッダーを探しに行きましょう」

「はい!」

俺は元気よく先生に返事をした。

よし!
標本調査の結果によって心が折れていたが、
またやる気が出てきたぞ。
必ずスキルを進化させてやる!

俺はそう決意して、夕食のカツカレーを食べようとテーブルの方を向いた。しかし、イフさんが勝手に俺のカツカレーを食べていた。

「イ、イフさん…それ俺の夕食じゃ…」

「あ。ごめん。
 でもカレーはまだある。カツは無いけど」

夕食がカツカレーから
素カレーに退化してしまった……





次の日。
エルナース先生と俺は今まで通り酒を提供する飲食店で検査、治療、教育を行った。1日で665回絶対検査を使ったが、スキルは進化しなかった。他の町の病院へ行くよう指示した感染者も含めて110人の感染者を治療、教育した。スーパースプレッダーが1日に1000人感染者を増やしてるかもしれないから焼け石に水かもしれないが、少しでも感染拡大のスピードを遅くできればそれでいいと思っていた。


その次の日は671回絶対検査を使った。
スキルは進化しなかった。

その次の日は678回絶対検査を使った。
スキルは進化しなかった。

その次の日は689回絶対検査を使った。
スキルは進化しなかった。


焦りが出てきた。
1日にできる検査の数は増えているものの、スーパースプレッダーを見分けられるようにはならない。スキルは成長はしているが、進化とまではいかない。街で見かける大きな黒いリュックを背負った自防隊員の数は日を追うごとに増えている。早くスキルを進化させてスーパースプレッダーを見つけて止めなければ、首都トキョウは第2のスパフルの町になってしまうだろう。第2の死の町に。絶対に阻止しなければならない。第2のスパフルの町ではなくて、第2のカナイドの町にしなくてはならない。第2の奇跡の町にしなければならないのだ。



その次の日も、そのまた次の日もスキルは進化しなかった。連日限界までスキルを使っていることで疲労が蓄積され、体は重くなっていた。だが俺は休みは取らなかった。一刻も早くスキルを進化させたかったし、それに疲れているのはエルナース先生も同じだ。治療魔法の酷使でエルナース先生は相当疲れているはずだが、休日は作らなかった。エルナース先生が働いているのに、俺だけ休むわけにはいかない。


1日にできる検査の数が
789件まで増えた日のことだった。
ついにスキルが進化した!

どうなったのかと言うと、スーパーインフルエンザのいる場所がわかるようになったのだ。スーパーインフルエンザそのものが見えるわけではない。見えるのは青い煙のようなものだ。その青い煙の中にスーパーインフルエンザがいるのだ。感染者の口から青い煙が出ているのが見える。地面に落ちた感染者の飛沫からも青い煙が出ている。視界の中の空気を検査できる能力、と俺は解釈した。
俺はこの能力を絶対検査レベル2と名付けた。

「やったわね!
 その進化した絶対検査なら
 スーパースプレッダーを見つけ出せるわ!
 スーパースプレッダーは尋常じゃない量の
 青い煙を出しているはずだから!」
 
エルナース先生は大喜びしてくれた。
俺も努力が報われて嬉しかった。
スーパースプレッダーを探すのは明日からという事になり、エルナース先生と別れた。


俺は郊外にある隠し階段を下りて、地下通路を歩き、イフさんの宿の地下の部屋へ帰ってきた。
その部屋はもう完全に女の子の部屋になっていた。ピンクがあふれていた。家具や日用品も、女子が好みそうな色や形のものだった。タンスの中にはフリフリの服が並び、下着まで女物だった。イフさんの頭がボケていて、俺が男だという事を忘れてしまうからこんな事になっているのだ。

はぁ……
何回注意しても無駄なんだよなあ…
あの超ボケ老人…
でも下着はさすがに男物を着てますけどね。

外から帰ったら手を洗わなければならない。
手についているスーパーインフルエンザを洗い流すためだ。だが、今日はいつものように洗面所で手を洗う前に、絶対検査レベル2を発動して自分の手を見てみた。手の数カ所に青い煙が見えた。スーパーインフルエンザは人間の手を好むというのは真実だったようだ。この手で口を触ってしまうと感染するのだろう。俺は石けんも使ってしっかり手を洗った後、もう1度絶対検査レベル2を発動して自分の手を見た。青い煙は消えていた。感染対策において手洗いは重要だという事を再確認することができた。

そのあと夕食を食べ、歯を磨いて風呂に入って、ぬいぐるみでいっぱいのベッドで眠りについた。明日からスーパースプレッダーを探す予定だ。何日かかるかわからないが、必ず見つけ出してやる。





翌日の朝。
目を覚ました俺は朝食を食べ、歯を磨き顔を洗い、女装をしてマスクをつけた。出発の準備は完了だ。地下通路を歩いて郊外の隠し階段を目指す。


20分後、隠し階段に到着した。
階段をのぼって土のフタを開け、地上に出る。
今日もいい天気だ。
土のフタを閉めて階段を隠し、待ち合わせ場所へ向かって歩き始めた。今日の待ち合わせ場所は第23区の広場だ。そこでエルナース先生が待っている。第23区は今まで行ったことがない場所だ。スーパースプレッダーは行ったことがない区に潜んでいるのでは、と推測したのだ。



1時間ほど歩いて、ようやく第23区の広場に到着した。エルナース先生はすぐに見つかった。広場の入口近くに植えられた大きな木のそばに立っていた。先生の視線は広場の中央に向いていた。

「エルナース先生」

俺は先生に駆け寄って声をかけた。

「あ、ユウちゃん。早かったわね」

先生は俺に気づいてそう言うと、再び視線を広場の中央に向けた。何を見ているのか気になって、俺も広場の中央を見た。そこには1人の少女が立っていた。普通の人間の少女で、チアリーダーの衣装を着ていて、両手にポンポンを持っていた。

「ゴー! ゴー! 首都トキョウ!
 みんな! がんばれ!
 新型ゴロナウイルスに負けるな!
 ゴー! ファイ! ウィン!」

少女はチアリーディングを始めた。
ポンポンを振ったり、足を高く上げたり、ジャンプしたりして踊っている。

「ティアちゃん最高! いつもありがとう!」

「カワイイよ! こっち向いて!」

「俺にも応援のスキルを使って!
 ティアちゃーん!」

「おおおお! 元気が出てきたー!」

チアリーディングをしている少女の周りにいる観衆から声が上がった。ファンのようだ。前の世界でもそうだったが、この異世界でもアイドルのファンは熱狂的だ。マスクをしているとはいえ、あんな大声で声援を送って大丈夫だろうか。飛沫がマスクを突き破ってあの少女にかからないだろうか。

「フフッ カワイイわね。
 あの女の子、応援のスキルを持ってるのね。
 ああやってチアリーディングを
 することによって、見ている人に
 元気と勇気を与えることができるんだわ」
エルナース先生は説明した。

「先生」
俺は言った。

「ん? なあに?」
先生は聞いた。

「先生、あの子、スーパースプレッダーです」

「……え?………嘘でしょ?」

エルナース先生はこっちを向いて聞いた。

「本当です。あの女の子の全身から
 とんでもない量の青い煙が出ています」

俺は絶対検査レベル2を発動させていた。
目に写っている光景を先生に伝えた。

「そんな! あんな小さな女の子が!?」
先生は動揺して大きな声を出した。

「マズいです。
 青い煙が観衆のマスクの隙間から
 口の中へ入りこんでいってます。
 どんどん感染者が増えています。
 エルナース先生、お願いします。
 あの女の子に治療魔法をかけてください」

「わかったわ!」

エルナース先生は目を閉じた。
すると暖かい風が吹いて、スーパースプレッダーの少女の体が淡く光った。

「おお! ティアちゃん何だか光ってるね!」

「神ってる!
 ティアちゃん今日神ってる!
 いや女神ってる! 女神ってるよ!」

「なんかいつも以上に
 元気が湧いてきた気がする!」

スーパースプレッダーの少女を見ている人々から歓声が上がった。俺はもう1度絶対検査レベル2を発動して少女を見た。少女からは大量の青い煙が出続けていた。

「先生、ダメです。あの女の子
 まだ大量の青い煙をまき散らしています」

「そんな!
 ちゃんと治療魔法をかけたのに!」

エルナース先生はそう言って、
もう1度少女に治療魔法を使った。
だが、結果は変わらなかった。

「まさか…スーパースプレッダーには
 治療魔法が効かないんじゃ…」
俺は先生に言った。

「そんな…」

エルナース先生はそう言うと、下を向いて何かを考え始めた。10秒ほど考えた後、先生は顔を上げた。

「ユウちゃん、
 大きくて丈夫なリュックを買ってきて。
 人間が1人入るくらいのリュックを。
 私はここで見張ってるから」

エルナース先生は俺に金を手渡した。

「…わかりました」

俺は先生の考えをすぐに理解して、
広場を後にした。


近くにあった商店街で白い大きなリュックを買って、広場に戻ってきた。スーパースプレッダーの少女はまだチアリーディングをやっていて、観客はさっきより増えていた。

「待ちましょう。
 あの女の子が1人になるまで」

エルナース先生は提案した。
俺は黙ってうなずいた。

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