第三話
滞りなく終わり、私達はお客様をお見送りして、控室で一息つく。
「結衣ちゃん、今日はここにお泊りしていきなさいね」
パーティーの間に、随分お母様と打ち解けることができ”結衣ちゃん”と呼んで頂けるようになった。
「姉貴、俺もここのホテルに部屋取ってもらってるから行くわ。そして本当におめでとう」
少し照れたように言いながら、寛貴は優しい笑顔を向けてくれた。
「寛貴ありがとう。これからもずっとお姉ちゃんだからね」
「ああ」
眩しそうに私を見た後、寛貴がキョロキョロと誰かを探しているようだった。
「どうしたの?」
「姉貴、光輝さんは?」
探していたのが光輝さんだったことに驚きつつ、後ろを振り返える。
「お父様と話をしていたけど、もう少しでくるんじゃないかな……」
そう言ったところに、光輝さんが部屋へと入って来る。
それを見ると、寛貴は今までに見たことないほど、真面目な真剣な表情を浮かべて光輝さんに頭を下げた。
「光輝さん、本当にいろいろありがとうございました」
いきなり頭を下げた寛貴に私は驚いて光輝さんを見た。
「とりあえず今のお前は勉強して、お父様のような立派な人間になってアミタスを守れる人間になれ」
ポンと寛貴の肩を叩くと、光輝さんは寛貴を見据えた。
「はい、いろいろご尽力ありがとうございました。精進します」
二人のやり取りは何が何だかわからない。
「光輝さん、まだ何かしてくれたんですか?」
焦った私に、光輝さんはゆっくりと口を開く。
「男同士の話だよ」
そう言うと柔らかな笑みを浮かべた。
その後、お父様達と別れ私はホテルの最上階のスイートルームにいた。
まだ着物を着たままの私だが、かなり広いとはいえ、ホテルに2人きりだ。着物を脱ぐことに少しの戸惑いを覚える。
晴れてなんの問題もなくなり、明日にも籍を入れたいという光輝さん。
そうなればもちろん、光輝さんを拒む理由もないし、私自身も光輝さんときちんと結ばれたいと思っている。
でも、どうしていいかわからない。
「結衣」
「はい!」
上着を脱ぎ、タイも取り胸元のボタンを外しながらこちらにくる光輝さんに、私の声は裏返ってしまう。
そんな私に光輝さんは優しく微笑みながら私の顎をすくいあげる。
その仕草にドキドキが止まらない。
柔らかく口づけながら、仕事モードの光輝さんが耳元で囁く。
「お腹空いてる?」
さっきまでは多少の空腹を感じていたが、今は全くといいほど、お腹は空いていない。
小さく首を振ると,そっと抱き上げられる。
袖がパサっと音を立てて床に付く。
「光輝さん、重いでしょ? それにシャワーを…」
今更抵抗する私を黙らせるように、光輝さんが口を塞ぐ。
「もう無理」
そういうと、振袖のまま真っ白なシーツに縫いとめられる。
髪の飾りを外され、着物の帯を取ろうとした所で私はコロリと転がってしまう。
「あっこれって……」
2人で同じ映像が頭をよぎったことがわかり笑い合う。
「結衣,幸せになろうな」
真っ直ぐに見つめる瞳は、冷たい時も、甘える時もいつも同じで,初めから入った私を捉えていた気がする。
「はい」
私の言葉の最後は、光輝さんのキスで消された。
激しくなるキスに私はいつしか何も考えられなくなる。
光輝さんのキスが全身に落とされ、初めての感覚に涙が溢れた。
少し前はこんな幸せがあるなんて、想像もしていなかった。
その夜、初めて甘やかされ、時には仕事モードの光輝さんにドキドキさせられてしまう。
これからも、きっとまだ知らない光輝さんにドキドキしながら生きていく。
そんなことを思いながら、私は眠りに落ちた。
翌朝,少し差し込んだ明るい日差しに私はうっすら目を開けた。
あの後、少し眠った後,ルームサービスを頼み、なんと一緒にお風呂まで入ってしまった。
そのことを思い出すと,恥ずかしくなってしまう。
その恥ずかしさを追い出すように、昨日食事をしながら,光輝さんに聞いた話を思い返す。
加納社長は長期に渡りかなりの不正をしており、お父さん達が亡くなった時も、自分の不正を誤魔化す為に会社のお金を、お父さんが研究で使ったように見せかけていたそうだ。
それを,あたかもお父さんのせいにしていたなんて。
しかし、お父さんの亡き後、経営は悪化し,今回立て直す為に、TAグループに吸収合併になっていたそうだ。
『今はそうでも、寛貴には,俺が寛貴を認めた日にはアミタスを寛貴に返すと伝えてある』
そう言ってくれた、光輝さんには感謝しかない。
騙されてしまい、お父さんの思いのある会社を手放してしまった事は、私以上に寛貴が責任を感じていたことを知る。
いつの間にか、あの小さかった弟は立派な大人になっているようだ。
「んんっ!」
そんな感慨にふけていると、不意に唇を塞がれ甘い声が漏れてしまった。
「幸せな朝になに考えていたんだ? 俺の大切な奥さんは」
少し拗ねた表紙の光輝さんに私は微笑む。
「嘘つきだけど世界一大好きな旦那様のことです」
そう言葉にしながら、私は光輝さんの胸に抱きついた。
契約から始まった関係は幸せな真実の結婚で幕を閉じる……。
これからもずっと……。
end