第6話 懇願
「え………?」
俺の唐突な言葉に隼は涙を止めて驚いたような顔でこちらを見る。
「頼む。一度だけでいいんだ。」
俺は頭を下げて心から懇願する。
何年も願ってきて、何度も頭に思い描いてきたこと。
きっと、今を逃すと一生できる日など来るまい。
俺はこいつへの恋愛感情を打ち切る前に、最後の欲求も終わらせてしまいたかった。
「え…と…それで優が少しでも喜ぶなら……」
「いいのか!?」
まさかの答えに思わず顔を上げた。
隼が俺とのキスを許してくれるなんて…
「いいよ……これくらいしか俺にできることはないから……」
これくらいしか、などとんでもない。
自分で頼んでおいて何だが、そこまでしてくれるとは思ってなかった。
「ありがとう。本当にありがとう」
「うん!さすがに少し緊張するけど…」
「じゃあ目を閉じててくれるか?俺がするから」
隼は俺の指示通り目を閉じる。
今この瞬間を、一生脳内に焼き付けておこう。
最初で最後だ。
忘れぬよう、記憶の鍵をかけておこう。
顔と顔を近づける。
間近で見る隼の顔。
近くで感じる息遣い。
緊張からか、少しだけ息が乱れているのが分かる。
額と額が触れる。
フワ、っと柔らかい隼の髪が俺の額に当たる。少しくすぐったい感覚だ。
隼の目を瞑る力が強くなった。
唇と唇を合わせた。
隼の柔らかい唇が、俺の唇を吸い寄せる。
ふわりと着地した俺の唇から、脳に直接電流が流れた。
その電流は一瞬で全身を駆け巡り、全神経が唇に集中した。
「……っはっ……」
思ったよりも長くしていたのだろう。
ふと離した時に、隼は少し苦しそうに息を継いだ。
俺を見つめる真っ黒な瞳は少し潤んでいた。
白くて傷一つないきれいな頬が赤らんでいた。
互いの心臓の音が聞こえるくらいの静寂の中、静かに息を整えようとする隼の呼吸音が聞こえた。
「………っ!?!?」
気づいたら俺は、隼の腰に腕を回し、もう一度キスしていた。
隼は驚き目を開けたままだったが、体を離そうとはしなかった。
「…………すまん……」
唇を離し、俺は謝った。
しかし隼は突然のことに驚き何も言えないでいた。
「隼、悪いがやはりこれでは無理みたいだ。」
「無理…?何が…?」
言葉にできずつい一瞬うつむいた俺の視線を隼も追うように下を向いた。
二人の視線の先にはこれほどかと言うほど大きく反応した俺のものがあった。
「えっ優……」
「ほんとにごめん隼。キスだけじゃおさまらないみたいだ」