第17話 開戦!※瑠千亜Side※
『これから第45回全日本中学ソフトテニス大会関東予選を始めます。』
6月の第二週土曜日の朝。
ついにテニス大会の当日。
開会式のアナウンスが全20面のコートに響いた。
関東大会では、男女同じ会場で試合が行われる。
そのため、開会式も閉会式も、かなり盛大だ。
トロフィー返還の時、男女共に俺らの学校のキャプテンがそれぞれ前に出て、トロフィーを返した。
明日の閉会式には、このトロフィーを再び受け取るために俺らはこの2日間で奮闘しなければならない。
特に男子は30年連続でトロフィーを受け取ってるため、そのプレッシャーは半端ではない。
団体メンバーの並々ならぬ緊張が、それぞれの表情から伝わってくる。
俺も、個人戦でこの学園の代表の一人として戦わせてもらえることを誇りにしながら、全力で行けるところまで行こうと心に強く誓った。
『第一試合のペアはそれぞれコートに入ってください。』
開会式が終わり、それぞれの学校ごとのミーティングが終わった頃、アナウンスが響いた。
「この学園で第一試合があるのは瑠千亜と五郎のペアだけだな。第二試合がある奴ら以外はみんな応援に行くように!」
「はい!!!」
キャプテンがリーグ表を確認しながら部員に指示を出す。
俺らはギリギリルーキー枠で個人戦に出られるわけだから、当然第一試合になる。
ここで勝っても、次の試合では同じ学園の、優勝候補の強豪ペアと当たることになる。
だから俺らは、とりあえず第一試合だけでも相手にいかに大差を付けて勝てるかが大事になってくる。
「瑠千亜、五郎。緊張しているな。」
「あまり緊張しすぎるといつものプレイできなくなっちゃうよ。肩の力抜いて!」
「優、隼!当たり前だろ!こんな朝イチの試合で体もロクに動かないのに、先輩方もほぼみんな見てるんだろ?そりゃ緊張で死にそうだぜ!」
「体が動かんでも、それだけ口が動いてれば大丈夫だろ。心配なのはお前より五郎だ。あいつは初試合だろ?」
「.............」
「. ..本当だ。こいつのほうが重症じゃねえか!おい!五郎!何震えてんだ!」
「だ、大丈夫だ...。これぞ、武者震いというやつだな。フフ......」
「いや、武者震いって絶対意味違うから!!!それは百戦錬磨の奴らが使う言葉だから!お前のはただの緊張だから!しっかりしてくれよ全く!!!」
「ま、そんな感じでいつも通り、リラックスしてやれよー」
「瑠千亜、五郎の緊張ほどいてあげてね!二人なら勝てるから!頑張ってね!」
「え、おい!優!隼!この状況で置いていく?マジ五郎の緊張うつって俺更に緊張してきたんだけど!」
「いいから早くコートに入れ。相手よりも先に入って準備しておくのがこの学園のルールだろ。」
「えーーっ!冷たっ!」
優の言葉に賛同するように周りの一年も頷きながら、とっととコートの周りの応援席へ行ってしまった。
一方、俺の隣には相変わらず緊張で震えている五郎。
ったく、いつもの堂々っぷりはどこへ行きやがったんだ!!!
「おい!五郎!お前良い加減にしろよ!初試合で緊張するのは分かるけどよ!」
「た、頼むからコートまで俺の手を引いていってくれぬか?コートにさえ入ってしまえばこの震えは止むかもしれぬ。」
「何いきなり気持ちわりーこと言ってんだよ!自分で立てほら!」
「あ、ちょっ、ちょっと待て....」
俺が五郎を置いて先に行こうとすると、五郎は後ろでラケットやら飲みのものやらをボドボドと落としながら付いてくる。
全く.......
ふとため息を付きながらフェンスの外を見た。
そこにいたある人物を見つけ、ニヤリと笑って五郎に近づいた。
これはこいつを緊張から解き放ち、やる気にさせる口実となるかもしれない。
「おい五郎、コートの外見てみろ。女子が応援に来てるぞ。」
足を震えさせながらゆっくり歩いてくる五郎に耳打ちした。
「な、なに。そんなこと、とっくに確認済みだ。」
「ふん。さすがは女好き五郎さん。しかし、正面の一番左を見てみなさい。きっと彼女らは今来たばかりだよ。」
俺の指を指す方向を五郎が見上げた。
そこには、同じ学園で女子一年から唯一個人戦に出場する、梨々ちゃんと小春がいた。
「さあ、彼女らは一体誰を見に来たのでしょうねー?」
敢えて五郎を挑発するように言ってみる、
きっと鋭いこいつのことだ。
誰が誰目的で応援に来てるかなんて、わかってるだろうけど。
「お前のことが好きでお前を見に来てるヤツもいるけど、あいにくそいつには俺を見て欲しいんだよねー。だから、俺はそいつの視線をおまえから俺にシフトさせちゃうために頑張るけど?お前も頑張らなきゃなんじゃない?」
表情がさっきとは別の意味で固まった五郎が、なにか言いたげに口を動かそうとしているけど、うまく言葉にできないのか、何も言えないでいる。
「そしてもう一人の子は、多分俺らどっちのことも興味ないだろうけどさー?きっと第三試合に出る一番手の前衛様が本命だろうけどー?俺はそれでもいいけどさ、お前はそのままじゃ嫌だろ?」
ベンチについた俺らは、軽い準備運動をする。
軽く放心状態になって体を動かしている五郎を横目に、俺はニヤニヤしながら屈伸をする。
「ここで、一発見せつけるべきなんじゃないの?あんな堅物ナンバーワン前衛様よりも、初心者ながら個人戦出場に食込んだ俺のほうがすごいんだ、って」
きっと俺が同じような挑発をされたら、感情的になって相手を殴りつけているかもしれない。
でもこいつは元々冷静だし、その上緊張の中で追い打ちをかけられるように挑発されているわけだから、体も口も思うように動かないのだろう。
俺を睨みつけて、再び視線をフェンスの外の一番左側の彼女らの元へと戻したのみだった。
さすがに怒ったのかな。
けどまあ、これくらいは許してよ。
俺の好きな人が好きな相手は、おまえなんだからさ。
少しくらい、鬱憤を晴らさせてくれよ。
ぶっちゃけお前がここで梨々ちゃんにアピールできて両思いになれば、小春はお前に振られる訳だし?
そしたら、俺がすかさず小春を慰めて、そのまま俺のものにすることもできるってんだ。
つまり、俺とお前の利害は一致してるんだよ。ついでに優もな。
まあ、隼や梨々ちゃんの気持ちはガン無視してるわけだけどな。
それでも恋愛は妥協してられねぇんだよ。
だから言ったろ?隼に。「隼のことも梨々ちゃんのことも応援してあげられない」って。
だからさ、
まあ、お互い、精一杯頑張ろうぜ。
「瑠千亜、覚えておけよ。俺はそんなに愚かな男じゃない。」
フェンスの向こうを睨みつけながら、なにかを決心したように呟く五郎。
おお、さっきまでの震えは完全に消えてんじゃん。
ドロドロとした感情を抱きながら、記念すべき入学して初試合は幕を開けた。