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 オーチスは、今まで以上のただならぬ異様な雰囲気に息を呑み込むと、その場で思わず言葉をつまらせたのだった。

「わ、私は……! 私は決してそのようなことは……!」

 拘束された椅子の上で彼がそう言い返すと、クロビスは背後で物音をさせた。それは鋭い音だった。その音を聞いた直後、オーチスの顔は急に青ざめた。クロビスは背後で怪しい物音をさせると再び話しかけた。

「……フン、結局お前がついた嘘は諸刃の剣だったな。嘘をついたわりには、色々と証拠が出てきたのはお前の誤算だったか?」

「わっ、私はそのようなことは決して……!」

 オーチスはただならぬ雰囲気に息を呑みこみながら、とっさに否定した。

「見破られない自信があったら最初から用意周到はしとくんだな……!」

 クロビスはそう話すと鼻で笑った。そして、再び背後で怪しい物音をさせた。異常な雰囲気に包まれると部屋の中はピリピリとした空気が漂い始めた。そして、暖炉では焚き火がゴトンと音を立てながら燃える音が鳴った。クロビスは、オーチスの背後で何かを研ぎ始めた。それは刃物を研ぐような鋭い音だった――。

「フン、実に浅はか。そして、愚かだな。貴様は肝心な所が詰めが甘い」

 クロビスは背後でそう話すと、どこかに刃物を突き立てた。常軌を逸した彼の行動はさらにオーチスを恐怖へと貶めた。そして、殺気だった雰囲気の中で話を続けた。

「お前にとっての痛手は目撃者の証言と字の一致か? それさえなければ、今頃はお前の論みどおりだったわけだ。とんだ茶番をしてくれたな。貴様のした行動はすでに死にあたいするものだ。自分の命をもって罪を贖うといい、そうすれば貴様にとっての罪滅ぼしにはなるだろう」

 クロビスが背後でそう言うとオーチスは途端に言い返した。

「まっ、待って下さい……! どうか私の話を聞いて下さい……!」

 彼がそう言った途端にクロビスは、オーチスの首もとにいきなり注射器を刺したのだった。

「貴様の言い訳はもう沢山だ!」

 クロビスは彼の首下に注射器を刺すと躊躇わずにそれを首に打った。一瞬のことだったので、彼は抵抗すら出来ず。気がつけば注射器が彼の首下に鋭く突き刺さっていた。首下に刺さった注射器が、彼の感覚を一瞬にして奪い始めた。

 心臓が激しく動くと、不意に動悸息切れと目眩が身体中を襲った。そして、血が沸騰して逆流するような症状にも襲われた。全身が痙攣を起こすと、それはやがて彼の意識を奪い始めたのだった。目の前が万華鏡のように回り始めると、血の気は一気にひいていき。彼の意識は徐々に暗闇へと遠退き始めたのだった。体の感覚を全て失うと、オーチスは椅子の上で完全に意識を無くして気絶した。

――気を失って気がつくと、彼の目の前にクロビスが黙って立っていた。手には鋭い刃物を持っていた。彼の意識は朦朧としていて目の前でクロビスが話かけても解らない状況だった。そして、気がつけば自分の体の感覚が麻痺していることに気がついた。

 指先に力を入れても手は全く動かず、感覚はほとんど無かった。そして、手の感覚だけではなく、足の感覚も無かった。彼に僅かに残されていたのは朦朧とした意識だけだった。クロビスは椅子に束されているオーチスの側に立つと耳元で囁いた。

「どうだ私が打った注射は? 即行効果が効いてきたようだな、お前に打った注射は特製の毒入り注射だ。それは体の感覚を一瞬にしてマヒさせて手足の感覚を無くさせ果があるのだ。前にあるのは僅かな意識だけだ。今から自分が死ぬと言う恐怖はどうだ? 不安で頭がおかしくなりそうだろ? 私には解るぞ、お前の恐怖がな……」

 クロビスが耳元でそう言って囁くとオーチスは意識がはっきりしない頭で必死に何かを訴えるが、身体中が麻痺して舌の呂律が回らなかった。

「ただ殺すだけじゃつまらないからな。体の感覚は奪っても、意識だけは残しておいてやった」

 彼は冷酷な口調でそう話した。底無しの恐怖にオーチスは意識が朦朧とする中でそれを全身で感じとった。彼の狂気はまるで何処までも果てしない暗闇のようだった。

 クロビスは刃物を片手に持ちながら静に笑った。

「お前の感覚を奪ってやったのはせめてもの情けだ。慈悲深いこの私に感謝するんだな――」

 隣でそう話すとオーチスは背筋が凍りついた。そして、再び彼の背後に回ると頭にそっと触れたのだった。

「貴様をどうやって凝らしめてやろうかと色々と考えたんだ……周りを散々翻弄させたあげく、最後は見苦しい言い訳までもしたな?」

「っ……!」

 その言葉に彼は息を呑んだ。そして、顔からは尋常じゃないくらいの冷や汗を流した。

「貴様のその浅はかな感じと愚かさには既に失望した。だから貴様がいかに頭が悪い奴かを一度お前の頭を切り開いて中を確認してみようとおもうんだ。なあに心配はいらないさ、痛みも恐怖も一瞬にして終わる。それが命の終わりだからな。貴様は自分の命をもって、罪を購うといい――」

 クロビスのその言葉にオーチスは咄嗟に言い返した。

「やっ、やめろ……!」

 しかし、彼が言い返したのもつかの間にクロビスは躊躇わずに、鋭利な刃物で彼の頭を切り開き始めたのだった。それはまさに鬼畜そのものであり、彼を止めさせる者は其処には誰もいなかった。おびただしい鮮血は床一面を赤い血の海にかえさせた。

血飛沫は壁まで飛び散り、殺気に満ちた狂気は渦をまくようにそこに犇めきあった。そして、その果てしない狂気は彼自身をさらに見失いさせたのだった。その日、雪吹雪に閉ざされた極寒の大地にオーチスの断末魔の叫び声がタルタロスの牢獄の中に響き渡った。恐怖が渦巻くこの牢獄に救いの神は決して現れない――。

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