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 夢うつつの中、彼を呼ぶ声が聞こえた。それは何処かなつかしく、彼は名前を呼ぶ方へと返事をした。

「――さま……」

 彼を呼ぶ者は幻のようにスッと消えた。ぼんやりとした意識で、天井に向けて手を真上に差し伸べた。

「教えて下さい……。私はあとどれだけ狂えばいいんでしょうか……? 私にはあなたの声がもう聞こえない…――」

 彼は天井に向けて手を差し伸べると、再び気を失った。そこで気を失うと、誰かが彼の手を握って言い返した。

「これ以上壊れなくても、お前は十分狂ってるから安心しろ」

 聞き覚えがある声に彼は夢のような幻の中で不意に目を覚ますと、狂気が渦巻く現実に彼はフと意識を取り戻したのだった。目を覚ますと見慣れた風景が視界に飛び込んできた。

「ここは……私の部屋か?」

 彼の問いかけにベッドの横にいたギュータスが一言答えた。

「ああ、お前の部屋だ。気を失ったからここまで運んできた。けっこう魘されてたぜ……?」

 ギュータスがそう話すとクロビスは小さな声で呟いた。

「そうか……」

 クロビスは目を覚ますと、ボンヤリとした虚ろな目でそう返事をした。

「夢の中でアレに会った……。アレは今でも私のことを…――」

 彼は天井を見上げながらそう呟くと次の瞬間、ハッとなってベッドから起き上がった。そして、いきなりギュータスの顔を叩いた。

「貴様、私に馴れ馴れしく触るなッ!」

 クロビスは手を払うと、躊躇わずに彼の顔を引っ叩いた。

「フン! 下衆が汚らわしい奴め……! お前ごときが、私に触れられると思うなよ!」

 そう言って話す彼の表情は怒りを剥き出しにしていた。

「ケイバーといい、お前といい、下衆が2人もいては飼い主として頭を抱えるな! 今度この私に気安く触れたら貴様の指を全部切り落として火あぶりの刑にしてやる!」

 クロビスがそう言い放つと、ギュータスはフと笑って言い返した。

「ハハハッ、それでこそお前だぜ! 正気なお前はつまらねーからな、正気じゃねぇお前の方が俺は好きだぜ?」

 ギュータスはそう言って笑うと、クロビスの傍から離れた。クロビスは舌うちをすると、片方の手で自分の長い髪をかきあげながらベッドの上で呟いた。

「フン、貴様に好きだと言われると吐き気がする……! 下衆の分際で生意気なヤツだ。下僕は下僕らしく、主人に黙って従っていればいいんだ……!」

 クロビスはそう言うとベッドから起き上がった。するとギュータスが不意に、彼の髪に触れたのだった。

「お前に下衆野郎と罵られながら呼ばれると、ホント堪らねえぜ。お前に支配されてる感じが、俺は堪らなくゾクゾクする。いいぜ、黙って従ってやるよ。何せお前はいずれ此処の恐怖の支配者になるんだからな。俺はお前のイカれた計画についていくさ」

 その言葉にクロビスはピクリと反応すると、そのまま黙り込んだ。

「お前だってあの存在は目障りだって感じてるんだろ? だったら早い方が良い。なんなら、俺とお前でここを支配してもいい。あいつら3人は居ても居なくても役に立たねーからな。どうだ。いい考えだろ?」

 ギュータスは彼の髪に指先で触ると、そこで怪しげな話をしたのだった。

「そうだな……お前が俺の気持ちに応えてくれるなら、この魂を悪魔に売ってもいいぜ?」

 そう言って耳元で怪しく囁いた。クロビスは黙って振り向くと護身用のナイフをギュータスの首元にいきなり突きつけた。

「フン、たいした言い分だな。貴様と私でここを支配するだと? 下僕の分際でほざいたことを抜かすな。ここの支配者になるのは私だけで十分だ。所詮お前らは私の駒にしかすぎん。誰がお前などに頼るか……!」

 クロビスはそう話すと、鋭い目つきで彼を睨んだのだった。

「貴様の手を借りなくても私がアイツを始末してやるまでだ! それでこそ最後は奴を野垂れ死にさせて、死体を切り刻んで狼共の餌にくれてやるさ! バカの分際で私をみくびるなよ!」

 首元に突きつけられたナイフは殺気に満ちていた。ギュータスは、ジャントゥーユとクロビスにナイフを2回も突きつけられたのでまたかよと言って一歩身を退いた。

「ちっ、今日は2回もナイフで脅されるとはついてねーぜ。ナイフを向けられたら退くしかねぇな。ハハハッ、それにしても美人の怒った顔は堪らねえぜ。俺をますますその気にさせる面構えが魅力をソソる。ホント男にしてはもったいないくらいの美人だぜお前?」

 ギュータスがそう言って笑いながら話すと、クロビスは黙ってナイフを彼の頬に突きつけた。尖ったナイフの先端が肉に僅かに食い込んだ。そしてジリジリとナイフを頬に押しつけたのだった。

「頭の悪い奴には教訓を教え込ませてやる」

 クロビスはそう言って話すと、ギュータスの頬をナイフで切りつけた。切りつけられた頬は、鋭利なナイフでスパッと切れた。

「……っ!」

 頬からは血が溢れて、顔から下に向けて流れ落ちた。

「てめぇ、いきなり何しやがる……!」

 ギュータスは突然のことに驚くと彼に突っかかった。クロビスは、血のついた護身用のナイフを舌でペロリと舐めると一言言い返した。

「頭の悪い奴に教訓を教え込ませてやったまでだ。私に馴れ馴れしく触るとどうなるかをな。フン、その傷痕を見るたびに今の教訓を思い出すだろう。クズが私を舐めるなよ。これは警告だ。今度わたしに気安く触れたらその時は貴様をただでは済まさないからな。それこそ貴様の息の根を止めてやる……!」

 クロビスがそう言って彼に警告すると、ギュータスは親指についた血をぺろっと舐めてにやついた。

「くくくっ……ますます気に入ったぜ。お前のそのイカれた感じが堪らねぇー。了解、わかったよ主君様!」

 ギュータスはそこで平謝りすると怪しく笑った。クロビスは血がついたナイフを拭き取ると、不意にどこかを見つめながら呟いた。

「そう言えばオーチスはどうなった……? まだあそこに居るのか?」

 彼がそう話すとギュータスは返事をした。

「ああ、居るさ。体を拘束されてたら逃げたくても逃げれねーからな?」

 ギュータスはそう話した。クロビスはそこで感情的になった。

「そうか……フン、オーチスの奴め! この私の気を失わさせるとは、いい度胸だ……!」

「やはり"過去"は闇に葬りさらなくてはいけないな。殺すと言えばいい考えを思いついたぞ。奴の頭を切り開くのはどうだろうか?」

 彼はそう言ってフと笑うと途端に笑い出したのだった。

「ふふふ、あはは……あーっはっはははははっ!」

 クロビスは右手に持っているナイフを床に落とすと、突然狂った様な笑い声をあげた。何をここまで彼を駆り立てるのか? 壊れた彼の心の中は、どこまでも果しない暗闇と狂気だけが渦巻いていた――。

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