ヤルメキススイーツ料理教室 その3
スアが見つめている女の子……えぇ、頭に大きな羊の角がついている女の子なんですが、よく見るとかなりボロボロの外套を身にまとっています。
……とりあえず
僕は、その女の子に材料を持っていきました。
「君、当日参加だよね?」
「うん、そうなのだ……です」
「じゃあ、これに記入してくれるかな」
「うん、書いてやるぞ……です」
その女の子はそう言うと、僕が手渡した『ヤルメキススイーツ料理教室参加用紙』に記入しはじめました。
で、それによりますと……
この女の子、名前は「ミクラン」というみたいですね……で、種族は神界族……
って、え? 神界族?
その文字を見た僕は、思わず目が点になりました。
神界族……って、あれですよね……僕の世界で例えるところの、神様が暮らしているような世界のことで……元女神の使い魔のマルンがヤルメキススイーツのお店を開店している、あの神界ですよね?
……って、なんかマルンの話題を出すと、一気に庶民的というかごく普通な感じに思えてしまうのがあれなんですけど……しかし、なんでまた神界の女の子がヤルメキススイーツ料理教室に参加しに来たんでしょうかねぇ?
まぁ、普通に考えればマルンのお店でこの料理教室のことを知って、それでやってきたってことになるのかもしれませんけど……この間、ヤルメキススイーツを仕入れに来たマルンが、一緒に料理教室の申し込みの紙を数枚持って帰っていましたからね。
そんな事を僕が考えていると、その女の子ミクランは、
「はい、書けた……です。あと、これをマルン様から預かっているぞ……です」
そう言いながら、参加用紙と一緒に手紙みたいな物を手渡してきました。
で、その手紙を開いてみますと……
『タクラ店長へ
ミクランは、ヤルメキススイーツ神界店で働いている女の子です。
私と違って料理が上手でして、ヤルメキススイーツの作り方にもすごく興味を持っていまして、今回の料理教室にもぜひ参加したいと言い出したものですから……』
と、まぁ、そんな内容がつらつらと書かれていた次第でして……
で、本当ならマルンが連れてこようとしていたそうなんですけど、マルンはマルンで神界で、女神の使い魔を退職してはじめたヤルメキススイーツのお店と、その2階で営業しているコンビニおもてなし神界出張所がどっちも大好評のため手が離せないとかで、
「……そんなわけで、私が転移魔法で連れてきたんだ……」
入り口のところに、マルンの友人のセルブアの姿があったわけです、はい。
「なんだ、セルブアが一緒に来ていたのか」
「あぁそうなんだ……このミクランは、私の姪っ子にあたるんでね」
ちなみに、このセルブアはマルンとは違っていまだに女神の使い魔をしている神界人です。
……しかし、よく考えたらあれですよね、僕の世界で言うところの神様みたいな人達がこうしてほいほいとやってくるコンビニおもてなしって……冷静になって考えてみたら、ある意味すごいことですよね。
まぁ、そんな神界族のマルンが、週に3回ヤルメキススイーツとコンビニおもてなしの品物を仕入れに来ているわけなんですけどね。
で、まぁ、セルブアにお茶を出していると、その間にミクランはすごい勢いでチョコレートケーキを作っていたんです。
送れてきたために、
「は、は、は、はいですね、ではこれはこうやって、こうでごじゃりまする」
ヤルメキスが序盤、付きっきりで指導してたんですけど、
「か、か、か、感動なのだ……です。あ、あ、あ、憧れのヤルメキス様に直接指導してもらえる……です」
ミクランってば、そう言いながら顔を真っ赤にして興奮しながら、ヤルメキスの指導を食い入るようにして聞きつつ、作業を続けていたんです。
で
その手際がすごくいいんですよね。
ヤルメキスの指導が、たどたどしい言動とは裏腹にすごく丁寧でわかりやすいのもあるんですけど、それを受けてのミクランの手際が本当にすごいんです。
一度説明を受けただけで、すべての作業をほぼ完璧にこなせているもんですから、指導しているヤルメキスも、時折感嘆の表情をその顔に浮かべていた程なんですよ。
その物覚えの良さと、手際の良さは、今日の参加者の中でも群を抜いていたんです。
◇◇
ほどなくいたしまして、みんなのチョコレートケーキが完成しました。
ミクランのチョコレートケーキも、遅れて参加したにもかかわらず、他のみんなとほぼ同時に出来上がっていた次第です。
で
「で、で、で、では、皆様、試食するでごじゃりまするよ。せ、せ、せ、僭越ながら、私の作ったチョコレートケーキと食べ比べて見てほしいでごじゃりまする」
ヤルメキスはそう言いながら、自らが作成したチョコレートケーキを切り分け、それをみんなに配布していきました。
もちろん、僕も配布を手伝っています。
みんなの前にヤルメキスのケーキを配布しながら、それとなくみなさんが作成したチョコレートケーキの出来具合を拝見していったのですが……やはりはじめてだからでしょうかね、形がいびつだったり、焦げた匂いがしていたりと、なかなかいい感じに出来上がっている物が少なかったのですが……
唯一、ミクランが作ったチョコレートケーキだけは別格でした。
えぇ、見た目といい、匂いといい、ほぼ完璧にしか見えません。
で、
ヤルメキスと僕は、みんなが作ったチョコレートケーキを試食させてもらいながら、
「ちょっとこれはチョコの湯煎が……」
とかいった具合にアドバイスを送っていったのですが……そのミクランのチョコレートケーキを試食するなり、思わず目が点になってしまいました。
えぇ……味も完璧です。
「こ、こ、こ、これは素晴らしいでごじゃりまするねぇ」
「うん、これは美味しいよ」
ヤルメキスと僕も、思わず顔を見合わせながらそう言い合いました。
「ほう……確かにこれは美味いな」
ミクランのチョコレートケーキを試食したセルブアも、思わず感心した声を上げています。
そんな僕達の様子を、ミクランは嬉しそうな笑顔を浮かべながら見つめていました。
スアも、少し前まで一緒にいたのですが、ミクランの素性がはっきりしたのと、その保護者的な立場としてセルブアが同行しているのがわかったもんですから、自分の研究室に戻っていましたので試食には参加していませんでした。
しかしまぁ……神界って、果物をそのまんま出すとか、そんな風習しかないと聞いていたんですけど、その神界にこれだけ筋のいい人材がいたとは、夢にも思いませんでした。
僕がそんなことを考えていると、そんな僕の元にセルブアが歩みよって来ました。
「タクラ店長、折り入って相談なんだが……このミクランをこの店のスイーツ部門で修業させてやってはもらえないだろうか?」
「え? 修行?」
「うむ……このミクランは器用でね、料理が上手で、特にお菓子作りが大好きなんだが……いかんせん、神界には料理を教えることが出来るだけの人材がちと不足していてね、しかも縁故者にしかその技術を教えないという悪しき慣例も邪魔をしていて、神界ではミクランの腕が埋もれていくだけなんだ」
「よろしくお願いしたい……です」
セルブアの横でミクランも深々と頭を下げました。
「そりゃあ、これだけの腕前の人だし、僕としても願ったりかなったりというか……」
「そうでごじゃりまする。ぜひ一緒に頑張って欲しいでごじゃりまする」
僕の言葉に続いて、ヤルメキスも嬉しそうにそう言いました。
そんな僕達の言葉を、ミクランは嬉しそうに笑いながら聞いていました。
こうして、コンビニおもてなしのヤルメキススイーツ部門に、新たに1名、修行名目で人員が加わることになった次第です、はい。