4.生き残ったがゆえの絶望
「・・・・・隊長」
たくさんの戦場を駆けて、生き残って来た隊長。
それでも死ぬこともあるのだと私は燃え盛るアジトの中でそんなことをぼんやりと考えていた。
「目がぁ、目が見えない」
「うっうっ」
「誰か、助けてくれ」
「・・・・・母さん」
呻き声や叫び声、火薬と血の匂いが充満した。
夜、アジトに爆弾がいくつも投げ込まれた。いつの間にかアジトの場所バレていたようだ。
「伏せろー」という隊長の叫び声に反応できた者はいない。
それと同じくらいのタイミングで爆発したからだ。
隊長は爆音と同時に私を守るように覆いかぶさって来た。だから私は、私だけは助かったのだ。
◇◇◇
戦線は突破された。
生き残った隊員はみんな違う隊と合流して次の戦場へ向かった。私たちの戦線が突破されたからって戦争が終わるわけではない。
いつまでこの戦争は続くのだろう。
そんな思いを抱きながら戦場を駆け抜けた。気がついたら十八歳になっていた。
開戦から十年、共に多大な損害を出して終結した。勝敗はつかず、停戦となった。
私は久しぶりに故郷に帰った。
「・・・・・なんで」
そこに我が家はなかった。
砲撃を受けて建物は崩れていた。領地は焼け野原になっていた。たくさんの民家が燃えて、崩れていた。
足元に落ちている平民の子供の人形だろう。手に取るとぼろりと崩れてしまった。
手紙は一度も書かなかった。
いつ死んでもおかしくはない状況だから。下手に生きていることを知らせて希望を抱かせるのは酷だと思ったから。
それに私自身、家族とやり取りするとこの世に未練ができてしまいそうでできなかった。死ぬ覚悟を揺るがせるべきではないと思ったのだ。
戦場にいれば故郷の状況は耳に入りにくい。たくさんの戦場に赴いているから余計に。それに私が赴任した戦場は故郷からかなり離れていたというのもある。
だから故郷が戦火に焼かれているなんて夢にも思わなかった。
「・・・・お父様、お母様、アリス」
どこにいるのだろう。
生きているよね。死ぬはずがない。死なせない為に私が戦場に赴いたんだ。
「・・・・・そうだ、叔母様の邸にいるのかもしれない。きっとそうだ」
私は急いで乗ってきた馬で叔母の邸に向かった。
「アイリス、生きていたのよね。良かった」
そう言って涙ぐみながら私を抱きしめる叔母には申し訳ないけど、今の私には再会を喜ぶ余裕はない。
「叔母様、お母様たちはいますか?邸が、なくなっていて、領地も焼けていて」
「アイリス、あなた、知らなかったのね」
「生きていますよね、叔母様。みんなはどこですか?」
止めて。そんな顔で見ないで。
違う、そんなはずがない。ないから早く否定してよ。
「アイリス、実はね」
「会わせてください」
「アイリス」
「生きてますよね、ちゃんと。そのはずです」
「死んだよ」
「エリック、あんたなんてことを。もっと言い方ってもんがあるでしょう」
いつの間にか従兄のエリックが来ていた。エリックは私と目が合うと痛まし気な顔をしてすぐに逸らした。
「どんな言い方したって同じだろ。ルーエンブルク伯爵夫妻もアリスも、みんな死んだ。砲撃を受けて、瓦礫の下敷きになって」
「・・・・何を、言っているの。そんなはずが、ないじゃない」
意識はそこで途絶えた。叔母の慌てる声が聞こえた気がするけどもう何もかもどうでも良かった。
次に目を覚ました時、見慣れない天井が目に入って来た。
「奥様、アイリスお嬢様が」と私の顔を見るなりメイドが慌てて部屋を出て行き、その数分後涙目の叔母とバツの悪い顔をしたエリックがやって来た。
叔母は「良かった、良かった」と何度も言っていた。何が良かったのか私には分からなかった。
二人の後ろに視線を向けるがそこには誰もいなかった。
「叔母様、お母様たちは?なぜ、いないの?」
私の問いに叔母は言葉を詰まらせ、大粒の涙をこぼした。答えてくれそうなエリックに視線を向けるが彼は目を逸らすだけ。今度は何も答えてはくれなかった。
『ルーエンブルク伯爵夫妻もアリスも、みんな死んだ』
「・・・・・夢じゃ、なかったんだ」