176 何かが
リビングへ行くとみんな揃っていた。
山桜桃と春陽がみんなにお茶を出してくれた。バートさんが用意してくれたお茶は紅茶に近い感じだ。やっぱり落ち着くには緑茶の方がいいな。はやく作りたいな。なんてことを考えていると
〖ゲン、さっきの話、みんなにも聞かせてくれるかしら?特にバート。あなたにはよく聞いてもらって、主神に伝えてもらいたいの〗
みんなを見渡せるいわゆる誕生日席に座ったジーニ様が、先ほどは話せなかったことを話すように促してくる。
『わかった』
『かしこまりました』
バートさんも姿勢を正してお辞儀をしている。
息を一度深く吸ってから話し出す。
『結葉様の名前を決めていた時のサーヤがなんと言っていたか覚えているか?』
みんなの顔を見ながら聞く
『たしか、緑の綺麗でキラキラなイメージの名前がないと言ってたんだよな?』
アルコン様が思い出しながら答えてくれた。
『その後、ゲンが「翡翠」の話をしたら様子が変わったのよねぇ~?』
結葉様も続けて答えてくれる。
『そうだ。緑の綺麗でキラキラな物。これに当てはまる石があるんだよ。それが「翡翠」だ』
〖たまたま思い出さなかった…と、言うわけではなさそうだったわよね〗
ジーニ様はあの時とっさにサーヤを落ち着かせてくれたからな。一番違和感を感じているだろう。
『ああ。翡翠はサーヤにとって一番身近で一番好きな石なんだ。忘れるなんて有り得ない』
そう、絶対に有り得ないはずだ。
〖特別な石?〗
『そうだ。なんたって、サーヤのおばあちゃんが肌身離さず付けていたお守りの石なんだから』
忘れるはずがない。だって
『サーヤもその石が大好きで、隙あらば触ってたからな』
小さい頃など抱っこする度に握ってくるから、キヨさんが困ってたほどだからな。
みんなの顔が固くなる。確かにおかしいと感じたのだろう。
〖確かに、おかしいわね。毎日触っていたようなものだし、それはどちらかと言えば楽しい記憶のはず、それを忘れると言うことは…〗
ジーニ様の言う通り、楽しい記憶のはずだ。なのに忘れるということは
『辛い記憶と繋がったか、もしくは…』
〖何者かによって意図的に記憶を消されたか…ということよね?〗
バートさんとジーニ様が眉間に皺を寄せて、導き出した考えを口にする。どちらにしても当たって欲しくないが…
みんなも息を飲んでいる。
『ああ。現に俺も翡翠という石は浮かんだけど、サーヤのおばあちゃんが付けていた翡翠の勾玉のことは、サーヤの様子がおかしくなるまで、まるっきり思い出さなかったんだ』
そんなことあっていいわけがない。
『ねえゲン、勾玉って何~?』
結葉様が聞いてくる。
『こういう形の…』
テーブルの上に、指に水をつけて形を書く。丸みを帯びた、くの字型の石
『これに穴を開けて、紐を通して身につけられるようにするんだ』
『お守りというくらいだ。何か意味のあるものなのだろう?』
アルコン様の言葉に頷き続ける
『勾玉そのものにも色々な意味がある。例えば「豊穣、生命、再生」をもたらす神聖な石』
ジーニ様の目がぴくっと動いた
〖生命、再生…〗
『ああ。昔の王族など埋葬する時に復活を願って遺体と一緒に埋葬することもあったらしい』
『ジーニ様……』
バートさんが何かに気づいたようだが、ジーニ様が止めたようだ。ひとまず続ける
『それから、魔除け、邪気祓い、厄災や悪霊から身を護るお守り。そして、素材となる石によって意味もある』
〖翡翠にはどんな意味が?〗
ジーニ様の目も真剣だ。
『色々言われているが…翡翠の勾玉の持つ意味は…人間関係の改善、願いを叶える、不老長寿、そして、この世とあの世を繋ぐ』
『〖…………〗』
みんな無言で聞いているが、明らかにジーニ様とバートさんの様子はみんなと違う。二人、考え込んでしまった。やはり何かあるのだろうか…
〖…ねぇ、ゲン。サーヤのおばあちゃんはその石の力を信じていた。ということはある?〗
ジーニ様がテーブルに肘をつき、片手で目を覆い、もう片方の手の長い指がテーブルをとんとん叩いている。考え事をしている時の癖なのかもしれないな。
『あるかもしれない。サーヤにもこの石は大事なお守りで、いつか自分とサーヤを守ってくれる。そう言って見せたりしていたしな』
その度にサーヤも嬉しそうに石を撫でていた。
『〖…………〗』
なんだ?やはり、あの石に何かあるのだろうか?
『…ジーニ様。やはり』
〖そうね。関係あるかもしれないわね〗
二人だけが聞こえるような声…
〖ゲン、その石がどうなったかは…〗
ジーニ様がこちらに向き直って聞いてきたが
『それがまったく分からないんだ。キヨさんの最後の姿を思い出そうとしても、キヨさんに抱きしめられたまま、空っぽの目でこっちを見てたサーヤの顔しか思い出さないんだ』
それが俺が前世のサーヤを見た最後の顔
『ゲン…』
誰かが、もういいと言ってくれた気がするが、止まらなかった。
『俺は情けないことに、警察が来たところで、意識がなくなって、そのあと数日、寝たままだった。気がついたら何もかも終わっていて…でも、その時には既に翡翠の勾玉のことは頭になかった気がするんだ』
『……』
いつの間にか結葉様が何も言わずに背中をさすってくれていた。
『サーヤたちの家から色々持ち出し出した時でさえ思い出さなかった。やっぱりおかしいと思うんだ』
そうだ。真っ先に思い出してもおかしくないはずなのに…
何かある。そんな気がしてならない。それが良い方に転ぶのか、悪い方に転ぶのかは分からないが、出来ることなら良い方であって欲しい。
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