赤ちゃんとパラナミオと……
僕がいつものように、夜明け前にコンビニおもてなし本店の厨房へ移動していくと
「さぁみんな!、掃除が終わったら狩りに行くでござるよ!」
すぐ隣にあるおもてなし酒場の方から元気なイエロの声が聞こえてきました。
どうやら今朝も、バイトのみんなと一緒に酒場の掃除をしてから狩りに行くようですね。
専属契約希望者のみんなをとりあえずバイト扱いとして雇用して以降、イエロはバイトのみんなのことを
「仲間でござる」
そう言い、掃除も一緒にするようになっています。
今までのイエロはと言うと、以前はセーテンとルア、ルアに子供が出来て狩りから離脱して以降は、セーテンとグリアーナとだけ一緒に狩りに行っている印象が強かったのですが、最近は、率先してみんなのリーダー的な立場としてあれこれ頑張ってくれている次第です。
これには、1つ理由がありまして……
以前、コンビニおもてなしの人事形態を再編したのですが、その際にイエロに狩猟部門の責任者になってもらっていたんです。
「うむ、店長殿からの依頼でございますゆえ、このイエロ、誠心誠意勤めさせて頂くでござるよ」
そう言って、この役目を快く引き受けてくれたイエロですが、その言葉を実践してくれているわけです、はい。
セーテンが教えてくれたんですけど、
「イエロは、店長さんに認められたってすごく張り切っていたキ」
とのことらしいんですよね。
「そんなに、僕なんかに認められたからって……」
僕がそんな風に言葉を返すと、セーテンは、
「何しろ、店長はイエロが勝てなかったテリブルアを倒した方キ」
そう言ってきたんですよね……
……違うんです。
た、確かに、テリブルアこと、暗黒大魔導士ダマリナッセ・ザ・テリブルアが復活した際、そのテリブルアを倒そうとして挑んでいったイエロはテリブルアの魔法の前に敗れ去りました。
一方の僕は、テリブルアにオセロ勝負を挑みまして、魔力切れで休んでいたスアが目を覚ますまでどうにか時間を稼ぐことに成功しただけでして……いや、確かにオセロの勝敗だけでいえば、テリブルアをコテンパンにしたんですけど、そんな小手先の勝利をテリブルアが認める訳もなく……結局、最終的にテリブルアを倒して招き猫に封印したのは他ならぬスアなのですが……
この話を聞いたイエロは、
『あのテリブルアを足止め出来ただけでもすごいでゴザル!』
そう言って、感動しきりだったんですよね。
それ以降、ことあるごとに、
「いやぁ、やっぱり店長さんはさすがでござるな」
「さすが店長殿でござる」
といった具合に、僕を必要以上にリスペクトしてくれているといいますか……
と、とにかく、この件については、いつかイエロとしっかり話し合っておかないと、と思っている次第です。
◇◇
そんなわけで、専属契約希望者に関してはイエロ達がうまくやってくれていますので、最終判断はその結果待ちということにしたいと思います。
そして、お店の方ではパルマ生誕祭フェアがすでに始まっています。
例のポスターの効果もありまして、今年のパルマ生誕祭ケーキの予約がすごいことになっています。
昨年の同時期比で、1.5倍を優に超える注文が入っている次第です。
この1.5倍というのは、昨年、パラナミオのポスターほしさに大量注文してくださったテトテ集落の皆様からの、あの異常な数の注文数を含めて比較してなんです。
これは商店街組合月報に載った影響にほかなりません。
特に、ナカンコンベでにおける影響が凄い感じですね。
ナカンコンベにありますコンビニおもてなし5号店東西両店の予約が本当にすごいことになっているんです。
他の都市にありますコンビニおもてなし本支店も、軒並み昨年の2,3割増しで推移している次第です。
一方、去年すごかったテトテ集落ですが、こちらは去年ほどではないものの、それでも今年も結構な数の予約が集まっています。
これは、先日テトテ集落を訪れたパラナミオが
「今年もパルマ生誕祭ケーキをよろしくお願いします!」
そう、お願いしてくれた影響でしょうね。
テトテ集落でのパラナミオ人気を改めて実感した次第です、はい。
そんなわけで、その予約を受けてすでにパルマ生誕祭ケーキの増産を開始しています。
ヤルメキスが育休中ですので、作業は
僕・ラテスさん・ヨーコさんの、ケーキ作りを得意にしている3人を中心にして、ヤルメキススイーツのケロリンとアルカちゃんがその補佐として頑張ってくれている次第です。
この世界には魔法袋がありますので、少々早めに作成しても、この袋にいれておけば新鮮さを保てますからね。
本当に重宝します、はい。
そんな中……一つ嬉しい出来事がありました。
「店長さん、ご無沙汰しております」
そう言って、コンビニおもてなし本店にやってきたのは魔王ビナスさんでした。
その手には、元気な女の赤ちゃんを抱っこしています。
「先日、無事出産いたしました」
「うわぁ、おめでとうビナスさん!」
そんなビナスさんに、僕は満面の笑顔で拍手していきました。
それを聞きつけた、店員のみんなに加えて、パラナミオ達までもが駆けつけて来た次第です。
「うわぁ、赤ちゃんかわいいですねぇ」
「リョータもそう思います!」
「アルトもですわ」
「ムツキもにゃしぃ」
「アルカもそう思うアル」
と、我が家の子供達も、その顔をぽややんとさせながら、魔王ビナスさんが抱っこしている赤ちゃんを見つめていました。
ちなみに、名前はアンキラと言うそうです。
「というわけで、明後日くらいからアンキラを背負って仕事に復帰させていただこうと思いますの」
魔王ビナスさんは、満面の笑顔でそう言ってくれました。
そうなんですよね。
前回、産休を取られた際にも、産まれてしまうと魔王ビナスさんはすぐに仕事に復帰された次第なんです。
これは、魔王ビナスさんが文字通り魔王だからなんですよ。
すごく強い魔力をお持ちですので、赤ちゃんを産んでも、1日もあれば回復出来てしまうんです。
そして、そんな魔王ビナスさんの血を引き継いでいる赤ちゃんもすぐに首が据わって、すごい勢いで成長していくんですよ。
その証拠に、今、魔王ビナスさんが連れてきている赤ちゃんも、すでにすごく大きくなってしまいて、あと数日もすれば歩き出しそうな気配すら……
「くれぐれも無理はしないでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
僕の言葉に、笑顔で頷いた魔王ビナスさんでした。
◇◇
その夜……
いつものように家族みんなでの夕飯を終えた僕は、お風呂に入っていました。
湯船の中で座り、肩までつかっている僕の隣には、いつものようにパラナミオが座っています。
「パパ、ビナスさんの赤ちゃん、可愛かったですねぇ」
パラナミオは、赤ちゃんのことを思い出しながらその顔にぽややんとした笑顔を浮かべています。
その笑顔がまたすごく可愛いんですよね。
パラナミオと仲のいい、スアの使い魔のシオンガンタが見たら、鼻血を出して倒れそうな……そんな可愛い笑顔です。
で、その言葉に続いてパラナミオは
「パラナミオも、あんな可愛い赤ちゃんを産みたいですねぇ」
嬉しそうにそう言いました。
そうかぁ……パラナミオの赤ちゃんかぁ……
確かにすごく可愛いと思います。
確かにすごく可愛いと思います。
……ですが
うん……それを見るのは、もう少し先がいいかな……と、思ってしまう、複雑な父親心な僕だったわけです、はい。
ぽややんとした笑顔を浮かべ続けているパラナミオを横目で見つめながら、僕は複雑な笑顔を浮かべていた次第です、はい。