日は昇る
永遠にも感じる時が流れ、ついに石壁の明かりは消えた。
ギリーとレザフは帽子を目深にかぶり、兵士たちの帰路をただじっと待つ。
森の小道から話し声が聞こえてくる。
「いや~食った食った」
「お前は食い過ぎなんらよ!ちったあ遠慮ってものを、おおっと」
「おめーも大概だぜ。調子に乗って酒をがぶがぶ飲みやがってよお」
二人とも酔っているのか、声がよく響く。
「おっ、野郎ども。帰ってきたぞ~」
「ああ、お前らが働いてる間に食う飯は最高だったぜえ」
こちらに気づいて歩いてきながら話しかけるが、応答はしない。
「なんだあ?拗ねてんのかあ?」
「ポーカーしようって負けたのはおめえらだ。ツキのなさを恨むんだな」
「違いねえ!はっはっは」
ギリーとレザフに入れ替わっていることに気づかず、千鳥足で二人の間を抜けようとする。ギリーがうなずき、レザフも応える。
突如、酔いどれたちの首元に閃光が走る。二人は「ウッ」っとうめき声をあげ、その場に倒れた。
ギリーが帽子を脱ぎ、見張り台のルーチャに向かって手を振る。
こうして、収容所の制圧は、たった一夜にして成し遂げられたのであった。
石壁の明かりは消え、闇夜の中に見張り台のはしごを降りる音だけが響いていたーーー
「ううっ」
じりじりと照り付ける太陽に目をくらませながら、ギリーは目覚める。
眠い目をこすりながら、体を起こす。地べたで寝た分、少し首が痛むが、幾分かは回復しているようだった。兵士にたたき起こされる朝なんかより、よっぽどましだ。
「おはよう。随分と疲れてたみたいだね」
ルーチャが小屋から出てくる。どうやらぐっすり眠れたようだ。
「ああ、おはよう…ってその髪はどうしたんだ?!」
ルーチャの髪は、昨日の黒とは打って変わり華やかなピンクに染まっている。
「夜に目立たないよう黒く染めてたんだよ。水を浴びたから染料が落ちてね。」
「黒く染めてた?」
「そう。おや、ここに住むキミたちは知らなかったのかい?これだよ」
ルーチャはかがんで、足元にある草になっている小さな実をつまみ上げる。
「ああ、カメロンの実か。オレたちはもともと髪が黒いからな。染料として使うことはないな」
「そっか、たしかにね」
「ここに来た兵士みたく髪が緑色ならそんな使い方をしてたかもしれないな。奴らはこの実に触れないから知らないだろうが」
「てことはこれは知らなさそうだね」
ルーチャはまだ実のなっていないカメロンの花を取り、実から出る黒汁に花の花粉を混ぜる。
すると、黒汁はみるみるうちにピンクへと変色した。
「すごいな!これは面白い」
「でしょ?ボクの髪と同じ色になるんだ」
「ちなみに食うとうまいぞ」
「あ、ほんとだ!」
こうしてみると普通の女の子だ。昨晩のような冷徹さは微塵も感じられない。
そこらじゅうの実をむしり食べようとするルーチャを傍目に、ギリーは昨晩の出来事に思いを巡らせていた。
約束が果たされないと知り絶望し、殺されかけた。そこを彼女に救われ、父とともにたった3人で二桁を超える兵士を倒し、収容所のみんなを救った。まだ戦いは終わっていないが、十分な進歩だ。その証拠に俺たちは今「奴隷」ではなく「人間」としてふるまえている。
収容所を制圧した後も3人にはすべきことがあった。最後の兵士を小屋へ押しこみ、3人は収容所の人々を起こした。約束は反故にされたこと、村を抜け出し、収容所の兵士は皆倒したことがレザフの口から伝えられた。人々は驚き、地獄からの解放を静かに喜び合っていた。小屋に敷き詰められた布一枚の兵士たちは引っ張り出され、動物小屋に押し込まれた。その後、村の男の申し出もあり、見張りを任せて3人は休息をとることとなったのだ。
ルーチャは女性ということで同じ小屋で眠るわけにもいかず、何も考えずに小屋で眠ろうとしていた父親はギリーに引きずり出され、ルーチャは小屋の中で、ギリーとレザフは小屋のすぐ外で寝ることとなった。島民によって小屋から引っ張り出された布団を受け取り、眠りについた。興奮状態にあったものの疲労には勝てず、皆、泥のように眠った。
「ルーチャ」
「ん?」
「ありが…ムグッ!」
ルーチャの小さな手で口がふさがれる。
「それを言うのはまだ早いよ。すべてが終わるまでは聞けないな」
手をそっとのけ、ギリーが答える。
「そうだな。すべてが終わったときに、また言おう」
「うん」
「んん」
レザフも目を覚ます。
「人に叩き起こされない朝というものはこんなにも心地が良いものだったんだな」
「ああ、違いねえ」
親子は、澄んだ青空を見上げていた。