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10話 買い物

「あっ! お母さんだ!」

 夕暮れ時、ひとしきり食べ終えて飲み終えて話し終えた私と先生が、公園で遊んでいた小学生兄弟の相手をしていると、お迎えがやって来た。二人はパッと顔を輝かせて母親の元へ駆け出しながら、こちらを振り向いて元気よく叫んだ。

「お兄ちゃんお姉ちゃん、遊んでくれてありがとー! またねー!」

 ぶんぶんと勢いよく手を振る仲良し兄弟に笑みを返すと、母親が私の方を見て深々と頭を下げた。
 正直、私は先生に合わせていただけで大して相手をしていない。強いて言えば、キャッチボールで大暴投を披露したぐらいだろうか。大体、初対面の男子小学生への接し方なんて分かるわけがないのだから、これでも十分よく頑張った方だ。
 だから「私へのお礼なんて不要ですよ」と心の中で囁きつつ、私も軽く会釈した。

「はぁ~……先生って、やっぱりすごいね……」

 談笑しながら和やかに家路に着く親子の姿が見えなくなるまで見送った直後、慣れないことをした代償で疲労がドッと押し寄せ、大きく息を吐いてしみじみと呟いた。

「え? 何が?」

 私の心労を知らずに、何食わぬ顔でそう言い放つ先生をジロリと睨みつける。

「あはははは、ごめんごめん。でも、のどかさんも上手に接してたよ、本当に。教師とか向いてるんじゃないかな」
「……別に、教師になんかなりたくないけど……」

 一瞬、担任のクズ教師が脳裏をよぎってイラッとしてしまったが、お世辞と分かっていても褒められた喜びの方が勝り、ついつい頰が緩む。
 普段の私なら、見ず知らずの子供と一緒にわいわいするなんて断固拒否するし、それ以前に不可能だ。しかし、祝杯の影響でハイになったノリも手伝って、将来の練習になればと思い切って挑戦して良かった。

「さて、そろそろ俺達も帰ろうか。送っていくよ」
「ん~……いや、私はもうちょっと暇を潰してこうかなぁ」

 スイーツパラダイスが決定してすぐ、両親には友達と食べてくるからご飯はいらないと連絡してある。案の定、後顧の憂いを一切無視して食べまくった結果、もはや今日一日は何も口にしたくない、が……帰るにはまだ少し早い。もっとも、当初はこのくらいの時間で切り上げる予定だったのだが、お母さんに「最近、友達付き合いが増えてるみたいで嬉しい。今度お家に連れて来てね」と感激されてしまったので、なんとなく早く帰りづらいだけなのだが……。
 それにしても、実は友達じゃなくてカウンセラーだとバレたら……と考えると、実に気が重い。

「そっか、じゃあ俺も付き合うよ。一人じゃ危ないし、特に予定もないから」
「えっ、でも……」
「いいからいいから。どこか行きたい場所はある?」

 そんなに物騒な町じゃないのに……とは言えないか。自殺か事故かは不明だが、ここ数日で二人も死んでいるのだから、先生が心配するのも無理はないのかもしれない。

「ありがとう、先生。うーんと、じゃあ……――」


 ささやかな宴会の場を名残惜しくも後にした私と先生は、少し離れた繁華街にある大きな本屋へと足を運んだ。そこで私は、どれが良質かさっぱり判別できない参考書の山と長時間にらめっこし、最終的には先生のアドバイスに従って数冊購入した。最初からそうすれば良かったと若干後悔しながら店を出ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。

「ごめん、遅くなっちゃって……」
「いや、俺も色々見て回ってたから。それに、参考書はちゃんと選んで買った方がいいからね」

 一年以上もいじめられていた私は、勉強どころじゃなかったから壊滅的に成績が悪い。中学の時はそこそこ勉強ができたから、この参考書を駆使して今から頑張れば挽回できなくはない――はずだ。多分。きっと……。

「参考書って買っただけで満足して結局放置する人がけっこういるから、のどかさんは気を付けてね」
「だ、大丈夫だって! 明日から……ううん、今日からすっごい頑張るから。それより、私友達いないんだから、分からなかったら教えてよね、先生」
「あ~……力にはなりたいけど、もう随分と昔のことだから覚えてるかなあ……」
「あははっ! なんか先生おじさんっぽい」

 他愛のない雑談をしながら、私達は人がまばらになった大通りを並んで歩く。時刻は午後七時。こんな時間に出歩くのは随分と久しぶりだ。

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