7.初デート(1)
寝る前に、今日の復習をしていると、トークアプリが通知を告げた。
誰だ?画面を付け確認する。
「鷹也?」
急いでトークを開く。
『明日か、明後日用事がなければデートしよ。行きたいところあれば、和美ちゃんの好きなとこ行こう』とあった。
デートか…初めて寄り道したあの時とは違うのか?
用事はとくに無かった。復習は今やってるだけで充分だ。しかし、誰かと会うために休日に出かけるなんて初めてじゃないか?友達がいても、学校で用は済むしわざわざ外で待ち合わせて出かける事もなかったしな。返事はもちろんOKだと返した。そうなれば、街に行っても恥ずかしくない服装をしなければいけない。人の第一印象は見た目から来るという。身だしなみもマナーの1つだしな。だが…服に頓着しなかったばかりに弊害がここでぶち当たるとはな。
どうしたものか…。
タンスを開き、中を確認する。チェック柄の服がいくつも入っていた。これではダメだ。鷹也と並んでも恥ずかしくない服装なんて、持っていなかった。…あまり頼りたくなかったが、かくなる上は…!
俺は携帯で番号を探し出し、相手を呼び出す。
『はいはーい、こちら和美の大好きなお兄ちゃんでーす!』
毎度、第一声がこれでは突っ込むのも面倒だ。
「不本意だが頼み事がある」
『お!いいよ、なになに。和美の頼みなら全然OKだよ』
「ふ、服を…貸してほしい」
『服!!まじか、和美!!あのファッションに無頓智な和美が服を!!あはは!!』
そろそろイライラしてきた。貸してくれるのかハッキリしてほしい。
「もういい」
『あぁ!待って待って。貸す貸す!和美に似合いそうなの持っていくから!いつがいい?』
「明日の朝に。その、明日の昼前には必要なんだ」
『デートだ?』
察しがいいやつは嫌いだ。だから兄には頼りたくないのに。
「…いいから、早く持ってきてくれ」
『はいはい。あ、そうだ、彩音が来週の日曜日に買い物付き合ってほしいって言ってるんだけど、付き合ってやってくれる?俺だと何かダメみたいで』
そういえば、そろそろ兄の誕生日が近いか。そういうことなら。
「空いてると伝えてくれ」
『分かった。じゃ、明日朝イチ行くわ!』
通話が切れてため息が出る。あの兄と話すと疲れる。血の繋がった兄弟だが、あまりにも似ていなくて周りからは驚かれたことがある。それからは聞かれなかったら兄弟だとは言わなくなったんだっけ。あんな兄でもこの家の家系だと思わせるのは頭脳だった。なぜなら俺は兄には一度も成績で勝てたことがない。
県内トップクラスの大学に進学して行った兄は同じように優秀な女性を見初めて結婚した。あの二人から作られる遺伝子は少し興味がある。
ともかく、服の問題がなんとかなって良かった。
その日の夜はそわそわしてあまり寝れなかった。
*
「和美ー、起きてー!」
頭に響く声がして、慌てて飛び起きる。
兄さん!?いま何時だ!?
枕元の時計は7時半を指していた。
「…はぁ…いま何時だと思ってるんだ」
「早くって言うからさ、時間分からなくて来ちゃったよ」
「あ…言わなかったっけ。わざわざありがとう、兄さん」
兄は紙袋をベッドの上にドサリと置いた。
重い…上下セットだとしてもそれ以上の重さだ。いったい、何を入れてきたんだ?
「服だけじゃないのか?」
「ふふん、和美はオシャレなカバンもないと思って!俺のお気に入りのショルダー持ってきたよ。あと、香水とか…あ、ワックスもあるよ、使う?」
混乱してきた。香水なんて何でいるんだ?
オシャレに必要なものすら分からない。
「わ、分からん…好きにしてくれ」
兄は出来すぎることから、他のことは好きにさせてもらっていたから自分の趣味があるが、俺は兄と比べると劣るから、しわ寄せも勉強の期待も全部俺に来たし、少しでも落とすと心配されるから勉強一筋に生きてきたのだ。色んなところで、兄との差を見ている気がする。
兄は俺の考えなど知ることも無く、楽しそうに紙袋の中身を取り出している。
「ほら!和美、これに着替えて。他にも何着か持ってきたから来てみてよ。どうせなら、着ない服持ってきたから和美にあげるな」
渡されるままに、パジャマを脱いで着替える。シンプルだけど、たしかにカッコイイかもしれない。
「お、似合うね。俺の感性狂ってなかったよ。それで行こう!あの、このカバンね。これは返してね」
「分かった。ありがとう。助かった」
「いやぁ、服貸してほしいなんてどうしたのかと。やっぱ、デートなんでしょ?どんな子」
身勝手な好奇心ほど、怖いものは無い。弟の恋人が同性なんて考えてないんだろうな。それを正直に暴露するにはまだ覚悟がなかった。
「…別に、普通だ」
「何だそりゃ…あ、じゃあ可愛いとか綺麗系とかは?」
それも、答えずらいな…。濁せばややこしくなるのは明白だった。しいていうなら。
「整った顔をしているし、可愛いと思う」
これ以上はボロが出そうだ、勘弁してくれ。
そんな心中を兄が知るゆえもない。
「ふーん。今度、お兄ちゃんに紹介してよ」
「…そのうち、な」
そう、そのうち。隠しておけるはずはない。手をこまねくと、バレて大事になるかもしれない。それだけは避けたかった。
「髪もセットしてあげるから、朝ごはん食べにおいで」
兄は満足して、部屋から出ていった。しばらくして、兄と母の談笑が聞こえてきた。
1人になってようやくデートの重大さをひしひしと感じてきた。緊張で寝れなかったとはいえ、気づけばしっかり寝ているんだから気が抜けてきていたのだ。
心臓がバクバクと激しく鳴り全身で感じる。
のろのろと顔を洗い、リビングに向かう。
「おはよう…」
「どうした、顔色悪いぞー。デートなんだからテンションあげていかないと!」
余計なことを兄が言った。
「まぁ!和美、今日デートなの?うそぉ、初めてじゃない?」
案の定、母が声をあげる。ここに、父がいないことを安堵する。あんまり、知られたくなかったからだ。相手が同性だからという理由だけではない。恋人など出来たことがなく、浮いた話の1つも無かった俺を母は心配していた。
いわゆる、うちは母が過干渉なのだ。勉強の面でも応援してくれるがそれが返ってプレッシャーになることも能天気な母には分からないだろう。
「いまはそっとして置いてほしい。母さんにもそのうち、紹介できたらする。それでいいか」
早くここから抜け出したかった。母の過干渉は面倒だったが、母を嫌いなわけではない。余計なことを口にする前に逃げたかったのだ。
朝食を急いで完食し、出かける支度をする。そんな中、兄が部屋に入ってきて、髪を整えてくれる。
「ごめんな、うっかりしてたわ。俺は母さんから逃げたようなもんだからさ。和美にばっかり背負わせて悪いな」
「別に…母さんは子供が可愛いんだろ。自分が見てる近くで見守りたい人だから俺まで出ていったらそれこそおかしくなりそうだ。あの人の扱いなら大丈夫だ。兄さんが申し訳なく思うことないだろう」
兄に頭をワシワシと撫で回される。整えたくせに乱されている。あんまりされるとワックスで変なクセが付きそうで手を払いのける。
「俺はそろそろ出かける。母さんには余計なこと言わないように」
「了解。行ってらっしゃい」
兄に見送られ、俺は鷹也の待つ、待ち合わせ場所まで急いだ。