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3-17 Ironic Blue

 台風の最中に起きた、東京中央国際空港でのテロ事件から、ちょうど1ヶ月。9月下旬、都内の大学病院の入口前には、多数の報道陣が詰め掛けていた。目的は、今日退院の元国会議員だ。
 名前は、伊万里雅治。トーキョーアタックの追悼式典を狙ったテロ事件の首謀者として逮捕され、そのまま病院へ搬送された。
 ……暴風雨の最中、展望デッキでセーラー服を纏った女子高生に撃たれた。
 彼女の銃と銃弾のパッケージは、静音性と反動の少なさに優れる反面、小口径で火薬量も少なく、殺傷能力が比較的抑えられている。伊万里にとってはそれが災いし、6発の銃弾は全て貫通することなく、大腿骨の付近に留まっていた。その摘出手術が、搬送先の病院で最初に行われた処置だった。

 逮捕の直接的な理由は、銃刀法違反と殺人未遂の現行犯だった。
 当初は何故その罪状で、しかも現行犯なのか、報道陣は不思議がっていた。しかしその日の夜、展望デッキの防犯カメラが、その一部始終を捉えていたことが判明し、ニュースでも繰り返し流された。
 ……弾は外れたが、高校生と思しき2人に向かって先に撃ったことが全国に知られることとなり、伊万里への非難が殺到した。それでも「先生」が警察と云う国家権力の陰謀で悪者にされている、と声を上げる狂信的な連中も少なからずいた。
 同時に、伊万里を挟むように対峙していた2人については、プライバシーの問題から非公表とした。報道陣から、この若きヒーローの非公表への批判も出たが、警察は意に介さなかった。
 2人が未成年であること、そして伊万里の支持者が先鋭化していることを受け、警察の刺客だとして2人に危害を及ぼす輩がいる恐れが有ることが、その根拠だった。
 それに対し、一部メディアは制服から2人を特定しようとした。実際、名前まで特定するには至らなかったが、外見から大まかに2人を特定した連中は、東京の東都学園高校と山梨の河月創成高校、それぞれの学校前に現れた。そして、通り掛かった2人に
「見聞きしたことを全てを話せば、ヒーローになるだろう」
と詰め寄り、コメントを求めた。特にシルバーヘアの少年の方は目立つから、最大のターゲットとして何度も粘った。
 ただ、ヒーロー扱いされることを好まない2人、特にこの少年にとっては特大の地雷だったして全て無視した。少女の方も、父親の刑事を通じて猛抗議したことで、メディアの目論見は全て空振りに終わった。
 その分、饒舌な伊万里が後々全てを話すだろう……と云う期待も報道陣には有った。そして、その日を迎えた。伊万里劇場と揶揄される何か一言でも引き出せれば収穫だった。

 時間は15時前。伊万里雅治は、刑事に身柄を拘束された状態で、これから警察署へ移送される。
 何処からか、十数人の支持者が集まった。「先生」への激励と、警察への罵詈雑言が目的だとは誰もが判った。
 やがて、注目の男が自動ドアから出てくる。眼鏡を掛けた顔は変わらないが、1ヶ月見ない間に白髪が多くなったように見える。
 撃たれたのは右足の大腿骨付近だったが、その影響からかまだ足は覚束無い。手首には手錠が掛けられ、刑事2人に両腕を掴まれていた。そして別の刑事が2人、動線確保でその前を進む。
 報道陣が、その行く手を阻むように前方を囲み、コメントを求める。刑事が足を無理矢理進めようとするも押し合いになった。
「何か一言!」
を何度も繰り返すリポーターの群れに囲まれた伊万里は
「全ては法廷で明らかになる!絶対無実だ!」
とだけ叫んだ。しかし、その反動で疵口が痛んだのか、顔を歪めていた。
 その後ろから
「先生は正義だ!警察は悪魔だ!」
とシュプレヒコールが飛ぶ。
 更なる収穫を求めた報道陣とそれが邪魔な警察、そして支持者……全ての苛立ちが頂点に達した頃、今し方伊万里が出てきた自動ドアが再び開いて、1人の男が出てきた。
 野球帽を被り、眼鏡を掛けた男。少し痩せこけたような、地味な風貌だった。それは後ろから、ゆっくりと近寄る。
「邪魔だ!」
と誰かが声を上げた。伊万里連行の絵にならない……それが理由だった。しかし、それは更に近寄ってくる。更に
「邪魔だ!!退け!!」
と、スポーツ向けの動画カメラを持ち、ネットニュースの腕章を着けた男が怒鳴った。その怒号に紛れるように、火薬が爆ぜる音が5発聞こえた。
 「ごっ……がほっ……!!」
目を見開いた伊万里の口から、醜い呻き声と同時に血が溢れた。
 まさかの光景に報道陣が
「う、うわぁっ!!」
と叫びながら後退る。……野球帽を被った謎の男の手には、弾倉にシールが貼られていない銃が収まっていた。周囲に薬莢が散っている。
 全く予想だにしなかった……できるハズもない……事態に、誰も理性など働くワケもなく、報道陣はカメラを本能で回していた。
 「病院へ戻せ!」
倒れそうな元政治家の身体を支える刑事はそう叫び、慌てて病院に戻そうとした。中からその様子を偶然見ていた看護師も、血相を変えてやってくる。
「先生!!」
と叫ぶ支持者が囲む中で、
「ストレッチャー!!手術室も!!」
と叫ぶ声が、開かれた自動ドアの奥で響いた。
 動線確保を務めていた2人の刑事が報道陣を押し退け、数歩下がった男に近寄ろうとする。音からして、弾は1発だけ残っている。
 ただ、政治家を撃った男がどう出るか判らない。刑事は2人揃って銃をホルスターから取り出し、構える。
「銃を下ろせ!」
と1人が声を上げると、男は口角を上げ
「ふん」
と笑うと、銃を己の喉に当て、引き金を引く。最後の火薬が爆ぜた。

 伊万里の顔に白い布が被されたのは、それから5分後のことだった。あの時と異なり、防犯ベストを着けていない体に刺さった銃弾は、心臓と肺に達していた。
 本人も、まさかこんな形でこの世界から去ることになるとは思っていなかったに違いない。
 ……伊万里は意識が遮断される寸前、何を思ったのか。あの河月での一件が、凋落の始まりだったのか。そもそも秋葉原の偽旗作戦がマズかったのか。その疑問だったのかさえ、今となっては誰にも判らない。
 ただ一つ言えることは、全ては砂上の楼閣でしかなく、そして台風の空港で跡形も無く崩落したことだった。

 報道陣はただ、自身が見たことだけを繰り返し、集まった支持者は伊万里が病院に引き戻されると、完全なる警察の失態だと警察官に飛び掛かる騒ぎとなっていた。
 しかし、伊万里を撃ち、そして自殺した謎の男の顔を一瞬見た支持者たちの混乱は沸騰した。誰もが、何が起きているのか判らない。そして、それは警察も同様だった。
 ……自殺したのは白水大和。自らが恩師と呼ぶ伊万里の応援を受けていた、先の総選挙の立候補者だった。そして河月のショッピングモールの事件では、伊万里同様に事情聴取を受けている。
 落選と同時に影を潜めていたが、今日1ヶ月半ぶりに現れ、そして……恩師を射殺して自殺した。
 ……全てが謎。それ以外に相応しい言葉を、大学病院の前にいた数十人、全員が見つけられなかった。
 その地上を嘲笑うかのように、空は雲一つ無い快晴で、蒸し暑さも残っていた。あの2023年8月、最後の日曜日と同じように。

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