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大石医院 過去へ

 午後に熱っぽくなる。客に今日は涼しくありませんねと言われて気付いた。気になっていた異世界通りの向こうにある大石内科を訪れる。

「おや、どういう風の吹き回しでしょうか?」

大石内科の中はパステル調の壁紙に木のフローリング。待合椅子には前の患者のものか子供の玩具が落ちている。受付が休みらしく大石文吾が直々に対応してくれる。客に言われた印象をそのまま話す。

「ふむ。恋の病……精神的なものですな」

文吾は真剣に診察してくれる。妖しに体温の変化はない。精神的なものと断定する。過去のことを引き摺っているのならば、過去の夢を見せるだけでいい。

「いい薬がありますよ、過去に戻る薬です」

どうやら暗示をかけて睡眠させるだけのようだが、それで過去に戻れるらしい。胡散臭いと思う。

「失敗はないのでしょうか……」

文吾としても相手は深雪だ。同級の時に苛めようとした子が返り討ちに遭ったのを覚えている。暴走すれば危ない。危ない相手からは相応の礼金はもらう。

「ええ。御代は高いですが」

深雪は頷くと、奥の暗室に誘導され睡眠導入剤(ほうすいクロラール)を飲む。渡されたアイマスクを付けると、ベッドに横になった。


 睡眠の入りは険悪なものだ。入り混じる不安が現実であるかのように押し寄せてくる。

「くくく……ちょろいものですな」

診療中というのに暗室のカーテンを開ける者がいる。その姿は白蝋王だが幻と理解できる。入ってきたものに呼応して、文吾が歪な笑みを見せる。

「雪女深雪ともあろう者が偽医者の言を信じるなどと」

見ると手には執刀用のメスが握られている。解体されてしまうのではと心臓がドキドキと音を立てる。動かない首を振ってこの醜悪《しゅうあく》な悪夢を振り払おうとする。本物の文吾の声が微かに聞こえる。

「安心してください。まだ10分。誰もいません」

レム睡眠で暴れられては困る。用心のために声をかけている。診察室の時計がチクチクと秒を刻む音が聞こえる。今度は見たこともない老人が入ってきてしわがれた声を出す。

「もう2分ほどで封印ができます」

この会話は我慢がならない。本能が暴れ始める。


『何……! 何だこの精霊(しょうろう)の門は!』


迷惑をかけてないか不安になる。鏡があったら自らの表情を見たいと思う。



秒を刻む間隔は段々長くなり――――

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