第18話 馬鹿ぢからを持ちし者。
アークレイド大陸の北方、レイネメイド山脈の中腹に、岩盤をくりぬいて作られた城塞都市メルオルクがあった。遥か昔……魔神戦争の後、地下に封印した魔族が二度と地上に現れぬ様に結界を張り、それを守る様にそこには勇者とその仲間たちの子孫が暮らしていたと言われていた。
長年平和であったその街に、十年前突如巨大な召喚陣が出現し、街は大量の魔物であふれ返ると人々は瞬く間に蹂躙された。結界は破壊され地下から大量の魔族が押し寄せた。以来メルオルクは魔物と魔族達の王国としてエルムガルド大陸に名を馳せる事となった。
その王城の一室【玉座の間】では一人の
「━━で、南方に派遣していた新人ゴブリン共、千五百名が全滅したというのじゃな?」
「はっ、魔王様」
「あそこには体毛装甲が硬いだけの魔獣とその
悪魔の顔は元々緑色であったが、青ざめて深緑色になる。若干の違いの為、堂々としているように周りから見えてしまうのだが、本人はかなりびびっていた。
「なにとぞお許しを! まさかあのようなへんぴな場所に勇者が現れるとは思いもよらず、また今までの勇者同様さして障害になる程の者ではないかと……」
「ほう……勇者とな」
見た目は十代そこそこの幼女だがその端正な顔立ちからは美しさの片鱗が見え隠れしている。その口元が吊り上がると場の空気が一気に凍りつく。
「貴様、勇者が召喚されたと知りながら我に報告もせず、みすみすゴブリン共を千五百名も死なせたと言うのか!」
「そ、そ、それは……」
魔王が軽く指先をパチンと鳴らすと氷の刃が悪魔の首をはね飛ばした。そしてもう一度指を鳴らすと数本の
「またぞろあの駄女神が勇者を連れて来たのか。奴らはいつまで人間などに肩入れするつもりなのだ。
くちびるを強く噛みしめ、ギュッと握った拳を自らの太ももに叩きつけた。
「あ、痛ーっ! 強く叩き過ぎて足の骨が折れた!! だ、誰か救護班を呼んでおくれ」
突然の事に玉座の間は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。その場にいた悪魔達は全員、自業自得だと思っていたがそれを口にする者はいない。先ほどの緑色の悪魔のようになりたくは無いからだ。
「おのれ勇者め、近いうちに
勇者ビート……完全なとばっちりである。
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一方の勇者一行は、ナーゲイルがあまりにも重過ぎるので馬車に積む事が出来ず、どれだけ離れていても呼べば一瞬で飛んで来るとの事で、教会の倉庫に置き去りにする事になった。
泣いて『連れて行ってー!』と叫ぶナーゲイルだったが、苦笑するエルムとシスターモモの二人を連れて王都へ向けての旅が始まった。
俺たちはダグの村へ塩や胡椒等の調味料と武器や防具を売りにきた行商人の馬車に便乗させてもらい、次の目的地エウロトの村を目指していた。ここ何年かはいろいろな場所で魔物の出現頻度が上がっている為、武器や防具の売れ行きが良いのだそうだ。
「ダグの村に勇者が召喚されたと聞いたが、どうせいつものへっぽこ勇者だろうと高を
「俺も十分へっぽこ勇者なんですけどね」
俺の商人のイメージといえば、某有名ゲームの影響なのか、かっぷくの良いヒゲ面の人の良さそうなおっさんだったのだが、この商隊のリーダーであるオルクさんは腰に鋼の剣を帯剣し、簡単な防具と金属の籠手で武装した見た目戦士な40歳であった。どこで何に襲われるか分からないこの世界では商人であっても戦闘の経験は必須なのだそうだ。見た目は俺よりもよほど勇者らしい。
この商隊は大型の二頭引きの
俺たちは荷台の一部を空けてもらいそこに便乗させてもらっている訳だ。
最初こそ馬車の旅に興味と期待感を持っていた俺だが、小一時間もすると耐えられなくなり現在は馬車の横でランニング中だ。
何故かって?
ろくなサスペンションも無い幌馬車であぜ道を走ればどうなるかは考えるまでも無いだろう。馬車に乗る時、シスターモモが手作りのクッションを渡してくれたのだが、耐えられなくなった俺は体を鍛える為と称して絶賛ランニング中な訳だ。
「勇者くんは元気だねぇ」
先頭の馬車に乗るオルクさんは汗だくで走る俺を見て口の端を少し上げてニヤリと笑う。
「俺は名ばかりのへっぽこ勇者なんでね。少しでも鍛えられる時は鍛えておきたいんすよ。ヤバくなったら全力で逃げられるようにね」
「ハハハ……兄ちゃん面白れえ勇者だな。逃げるために訓練してる勇者なんて始めて見たぜ!」
「人間死んだら終わりですから。心が折れず、生きてさえいればリベンジのチャンスはいくらでもあります」
そう、俺は今までの人生ずっと逃げてきた。他人に関わらず、干渉せず、最低限の付き合いだけで済ませてきた。俺はそれが悪い事だとは思わない。だが、強くなりたい、見下して来る奴らを見返してやりたいという気持ちも無くはないのだ。
だが、努力したとしても、それに見合う見返りが来るとは限らない。むしろ割に合わない事の方が多いだろう。
だけど……。
俺はエルムやシスターモモの乗っている馬車の方をチラリと見ると、せめて彼女らの期待を裏切らない程度の力は欲しいと思うのだ。
「オルクさん、お時間のある時だけで構いません、俺に戦い方を教えて頂く事は出来ませんか? もちろん報酬は支払います」
「ほう、傭兵のギトールではなく、商人の俺にか?」
「ギトールさんは契約履行中ですし、二重契約はまずいでしょ。オルクさんなら商人ですから報酬に対する対価はキチンと払ってもらえるかと。それになんとなくですがオルクさんの方が強そうな気がします」
「おいおい、俺は商人だぜ。だがまあ、一応ちゃんと考えてる訳だ。なるほどな。可愛い嬢ちゃん達を連れてるだけの坊っちゃんでは無いと言うことか。勇者に何が教えられるか分からんが、馬たちの休憩中に少し相手をしてやろう。報酬は何が教えられるかで後から決めよう。それでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
ふん、俺は商人だ。いろんな街や村で召喚された勇者を何人も見てきた。ダグの村に勇者が召喚されたと聞いたが、最初は勇者なんて言ったって、どうせ今までと同じように大した事無いだろうと思っていた。
魔物の軍勢による侵略が始まって5年。
何度となく勇者召喚が行われたが、今まで大した成果を上げた者はほとんどおらず、良くて皇国騎士団のいち団長が精一杯だったと記憶しているからだ。
こんなに大陸の南の端まで来たというのに勇者くんの活躍のせいで、大した儲けも取れていないのだ。金をくれるというのなら、家族と命以外なら何でも売ってやる。それにこの兄ちゃんにはちょっとばかし興味が湧いてきたと言うのも本音だ。だから馬を休ませる休憩中に、少しばかり相手をしてやろうと思うのだ。
「何だなんだそのへっぴり腰は! もっと相手を良く見ろ。ほらほら上段、次は下段、攻撃をいなしてスキをついて突く!!」
「はいっ!」
兄ちゃんの相手をしてみて分かったがこいつは本格的な
金のためと始めた事だが、意外にも楽しくなり始めているオルクであった。
木の影から二人の様子を食い入るように窺うギトールの口元に軽い笑みが浮かぶ。
「勇者が同行すると聞いて、少しばかり警戒していたが、あのへっぽこぶりでは俺の杞憂だったようだ。旦那の金は大して増えなかったが、武器と姉ちゃん達は金になりそうだ。予定通り襲撃するよう団長に報告入れておくか」
獲物たちの未来を想像し、下卑た笑いをテンガロンハットで隠すと、ギトールはニヤリと笑った。
ーつづくー