第1話 運命の出会いと別れ
よく『ビビッと電気が走った』なんて陳腐な比喩で例えるけど、そんなに生優しいものじゃなかった。俺———
しっとりと濡れたような黒髪は、その艶だけで周囲を明るく照らしてまう。そして綺麗に整った輪郭に、優しさと知性を如実に表すやや下を向いた愛おしい目尻。ちょっと大きめの眼鏡ですら彼女の美貌の一部として、すっかり取り込まれてしまっている。
俺の脳天に直撃したのは
「よぉ! 俺、小笠原大和! 突然だけど、俺と付き合ってください!」
「……えっ? ええええ?」
始まりは大体こんな感じ。だけど仕方ない。恋とは唐突に芽生えるモノだから。
それからだ。林玲奈を口説き落とすため俺の猛烈なアタックの日々が続いたのは。
周りの友人から彼女の情報を知れば知るほど、俺の想いは心にしっかりと根を生やし、すくすくと成長していく。
学年内の成績でも五指に入り、二年生にして前期の生徒会長を務める林玲奈は誰にでも優しくそれでいて驕っていない。才色兼備。八面玲瓏。唯一無二。
一方の俺はと言えば、金に染め上げた髪だけが唯一の自慢。進級ギリギリの教師たちからは鼻つまみ者だ。
そんな俺からの連日受ける愛の攻撃を、丁重にヒラヒラ躱す林玲奈。それでも俺は諦めなかった。俺の心の中には決して倒壊することがない、不屈の愛のバベルの塔がすでに樹立していたからだ。
最初こそ少し迷惑そうな顔をしていた玲奈だったけど、少しずつその表情と態度にも変化が現れ始める。
ある日廊下のすれ違いざま、玲奈から挨拶をしてくれた。これが大きな第一歩。
そして次第に挨拶以外にも、少しずつ会話も増え始める。好きなアーティストやアプリゲーム、苦手な教科や最近の出来事などなど。
もう『友達』とはっきり言い切ってしまっても、差し支えないだろう。だけどまだまだその程度。
そこで俺は、一大決心を試みた。後期の生徒会長に立候補したのだ。もちろん、玲奈と同じことをしてみたいからという建前と、彼女の気を引くためだ。……何か文句でもあるか!?
友人たちはここぞとばかりに持て囃し、担任からは涙まじりに「辞退してくれ」と訴えかけられた。俺の無鉄砲な行動はすぐさま学園中に知れ渡り、そして同時に震撼させた。それなりに学校の有名人だった俺が立候補をすることで、対立候補がこぞって辞退を始めたのだ。
実質、俺の一人舞台。学園の未来を左右しかねない当選確実の出来レースに、ついに学園長が重い腰を上げた。
「小笠原くん。君の狙いは一体なんなんだね!? 赤点回避の策略か? 正直に答えたまえ!」
「……そんなんじゃねーよ! 出席日数が足りないだけで、俺はやればできる男なんだ。そんな姑息な真似するかってーの!」
「じゃあ一体何が目的で……」
真意を計りかねる俺に、椅子から本当に重そうな腹と腰を浮かせた学園長に、俺は拳を突き出した。
「……惚れた女のため、かな?」
唖然とする校長に背を向けて、見栄えだけは一丁前な扉を開けて勢いよく後ろ手で蓋をする。
顔をあげると目の前の廊下には、俺の
「ねえ、大和くん。学園長に呼ばれたって聞いたから心配で来てみたんだけど……一体何を話していたの?」
俺と玲奈は互いに名前で呼び合うくらい、その距離を縮めていた。……あと、もうひと押しなのだ。
「大した話じゃねーよ。まあ平たく言えば、生徒会長の立候補を辞退しろってことだな」
昼の喧騒は姿を隠し、生徒もまばらな静けさを増した放課後の校舎を、二人で並んで歩き出す。
「生徒会長に、ホントになりたいの? 結構大変だよ?」
「なりたいとかそんなんじゃないな……。玲奈。お前がやっていたことを、俺もやってみたい、ただそれだけだ」
校舎の入り口へ戻るには、非常階段を降りたほうが早い。この学園生なら誰もが使ってる裏ルート。俺はその手すりに体を預けながら、玲奈を見つめた。
「大和くん……」
玲奈の頬が落ちかけた夕日と同じ色に染まる。
不純な動機で立候補した生徒会長就任作戦が、実を結んだのだ。そして玲奈の顔は
「なぁ玲奈。もう一度ちゃんと言うから、答えて欲しいんだ。……俺と、付き合ってくれないか?」
もう何十回も口にした
「……うん。私、お付き合いとか初めてだけど、それでもよければ……」
生きてきて、今ほど神様の存在を信じたことはない。
「ま、ま、マジか……! 玲奈、俺、絶対大切にするから! 絶対泣かせたりしないから!」
「ふふ……じゃあ、大和くんと一緒に付属大学に進学できるといいなぁ」
「ああ! 任せてくれ! 明日から猛勉強するよ! 俺はやればできるんだって!」
玲奈が口に手を添えて、微笑みを漏らす。照れながら少し潤んだ瞳を端正に細めて、肩を揺らす玲奈はすべてに於いて隙がない。完璧すぎる。
俺もへらへらと笑いながら頭を掻いて照れ隠し。……なんだろう、この差って。
暫く笑い声を重ねていると、玲奈の肩の揺れが大きくなり始めた。……いくらなんでも揺れすぎじゃないか?
———って。コレ、地震!?
地の底から巨人が地表を蹴り上げたようなドンと強い縦揺れに、俺たちの足は跳ねるように浮いてしまう。
そして間を置かず、今度は激しい横揺れの到来。
「きゃああああああああぁぁ!」
玲奈の華奢な体は非常階段の手すりの向こう側へと、高跳び選手のような綺麗な姿勢で宙を舞った。
「れ、玲奈———!!」
考えるより先に、体中の細胞がこぞって即座に反応した。
五階の非常階段から投げ出された玲奈を追って、手すりを乗り越え、さらにそれを足で蹴り加速。落下中の玲奈に追いつくと、その体を抱きかかえた。
(せめて俺を下敷きにして、玲奈が助かってくれれば……!)
強固なアスファルトが眼前に迫る刹那、俺の最期の思考は、ただそれだけだった。