第五話
私はほっと吐息を漏らしながら、こっそりと持ち込んでいた小さな皮袋を指先で確認する。中には国の大事を左右すると言われている玉璽が入っている。……悪いのは私じゃなくて、あんなところにすり替えておく姉だと思うけど。
とにかく、これをうまく使わないと。切り札になるのだからクラウディオからも隠して……などと考えていると、しばらくして部屋にノックする物音がした。思わずビクっと震えてしまう。ただ今回はすぐには扉が開かなかった。
「アリッサ嬢、そなたの国の人間は、そなたの顔を見なければ納得できないそうだ。まあ顔を見せることと、短い間、立会人の元、話をさせることは了承した。少し付き合うがいい」
その言葉に、私は頷かざるを得ない。果たして誰が使者として来ているのだろうか。味方になってくれる人だといいのだけれど。
そして連れて行かれたのは、奉納の間だった(船の中なのに、神事が出来るようになってた。さすがアルドラドの船)。
「アリッサ様。やはりご本人でしたか……」
私が奉納の間に入った途端、縋り付く勢いで近づいてきた男は……。
「ラ……」
(ランバート? の訳ないよね……)
アリッサの記憶をたどると、ランバートにそっくりで、もっとアリッサと親しかった男の名前が頭に浮かぶ。
「じゃなくて、エドワードね」
「ええ、そうです。アリッサ様が行方不明と聞き、その後アルドラドの船に乗船されていると伺いました。そしてご本人であることを確認するよう王命を受けました」
そういうと、エドワードは私の前に跪く。
エドワードはランバートの兄である。ランバートは後宮騎士団の隊長だけれど、エドワードは海軍騎士団の隊長をしていたはずだ。そして私が姉の用事で船に乗って移動するときは、このエドワードが護衛についていたことが多いのだ。
ちなみにふたりの顔はそっくりだ。
ほらよくあるあれだ。同じキャラデザインをつかって衣装だけ変えた感じ。そのくらい似てる。ちなみにワンコ属性なのは一緒である。
一つ違うのは、ランバートがマリアンヌに好意を持っていたのに対して、エドワードは私に好意を持っている。熱烈な求婚者、と言う設定もちのキャラクターだ。
うーん、面倒くさい。
けど好意的な人間が来てくれることはありがたい。何か脱出手段持って来てるだろうな?
などと現代の意識が考えている間に、アリッサの記憶がつながった。てか、この記憶。なんかおかしい。こう、とぎれとぎれというか、自分の記憶なのに、必要な時だけ引き出される重要な項目があるっぽい。意図的に隠されている、的な?
「……これで満足か?」
とにかくさっさと会談を終わらせたいらしいクラウディオが声を掛けた瞬間、エドワードは私の手をひしとつかみ、唇を寄せた。
「後しばらく……もうしばらくお時間をください。私はアリッサ様をずっと慕っていたのです。身の程知らずと言われようと、アリッサ様を娶りたいと、何度も国王にもお願い申し上げていたのです。このたび、王命でアルドラドの巫女となられるとお伺いして……。ほんのわずかな時間でも……」
とかなんとか言いながら、さりげなくエドワードは私の手のひらに小さな紙の塊を渡す。そして万感の思いを込めてって感じで唇を落した。
次の瞬間、耐えかねたように彼は立ち上がり、私を抱き寄せる。耳元で囁く。
「脱出のお手伝いをします。詳細は手紙に。アリッサ姫、お慕いしております」
それだけ告げた瞬間、彼は神官たちによって私から引き離された。こちらに必死に手を伸ばす彼に私は潤んだ瞳で頷く。
「ありがとうごさいます。エドワード様。貴方のお気持ちは忘れません」
手のひらのなかでぎゅっと手紙を握り、手首の方に隠し込む。とりあえず落ち着いたら中を確認しなければ。
表面上は涙のお別れをした私たちは、引き離されて、そして手紙がクラウディオにばれることなく、無事部屋に戻ってくることが出来た。
***
部屋に入って誰の目もないことを確認して、そっと手紙を開く。本当に小さな文字で書かれているけれど、それは間違いなく叔父の筆跡だという事が分かる。
少なくとも叔父とエドワードは私を救おうとしてくれているらしい。
ありがとうエドワード。
でもランバートと一緒で、絶妙に気持ちが揺らがないのはなんでだろうね。
多分、アリッサのことを好きでいてくれるんだと思うけど、どこかで自分のことを私がアリッサじゃないっていう気持ちもあるからなのかも。
ちなみに叔父によると、姉は逃げ出した私にカンカンで、大事なモノを盗んで逃げた盗人呼ばわりしているらしいけれど、さすがに何を盗んだのかまでは誰も知らないらしいけど(まあ言えないけどね)。
でもって、とにかくなんとしても、キサリエルとしては、私から『大事な物』を取り返さなければならない。
なので、それを取り戻してくれたら、もうキサリエル王国としては、アルドラドとは『聖女の引き渡し』は完了しているので、私が逃げ出したとしても関知しない、と言っているらしい。
ただし、『大事な物』を取り戻さない限りは、私と叔父に圧力をかけ続けるのだそうだ。
ってことで、逃げる手伝いはするから、面倒なものはとっとと返しちまえばどうだ? という内容だった。
まあ……確かにアレを渡して、自由の身になれるなら悪くないかもだけど……。
そううまくいくんだろうか?
なんとなく姉に対しては疑心暗鬼というか、マリアンヌを手放して、私まで手放してそれで満足できるんだろうか、という気がしてならない。常に自分の影響力を実感できる相手がいないと納得できない相手の気がする。
ってことで、『大事な物』はとにかくここを抜け出してから考えよう。
手紙には、キサリエルからの使者が来船した緊張が解けたであろう明日の夜。何とか隙を見て、船から飛び降りろ、と書かれている。
その他もろもろの注意を読んで私は、昔叔父からお守り代わりにもらった指輪をじっと見る。
やるしかないのだ。
アリッサのプライド的にも、私の気持ち的にも。
航行中の船から、夜の海に飛び降りるしか、私が助かる方法はないのだから……。
***
さて、当日。
問題はどうやってこの船室の外に出るのか。
とりあえずトイレ? お風呂はどうやら入れてくれないらしい。お湯とたらいとタオルは貸してくれたけど。まあ仕方ない。
ってことで、チャンスはトイレかな。ただし用をたしている間も、ロープで腰を結ばれて、扉の向こうで紐を持たれたまま扉前で監視、っていう結構な恥辱プレイなんだけどね。
幾つか策を立てて、私は夜を待つ。運の良いことに今日は新月だ。月の光は私が逃げるのの邪魔にはならない。
夕食を終えて、そろそろ就寝時間前、という時間に私は扉を守っている神官たちに声を掛けた。
「あの……すみません。連れて行って頂きたいのですが……」
それだけ言えば向こうは私がトイレに行きたいのだと分かってくれる。そのまま腰にロープを巻かれ、近くのトイレに連れて行かれる。
まあ、トイレって言ったって、板が渡してあるだけで、そのまま海に垂れ流すような仕組みなんだけどね。でもさすがにここから海に飛び込む気はしないなあ。
ってことで、私は個室で腰に結ばれた紐を確認する。どうも神官たちはあまり人を縛るという事に慣れてないのか、ロープの縛り方が甘い。この縛り方なら、ちょっとしたコツを知っていれば簡単にほどけてしまうから、船では使わないんだけど。
海に出る時は命綱が必要になる。嵐がひどい時には自分と船を結びつけたりする。なので船乗りたちはロープの縛り方について、すぐにほどける結び方、けしてほどけない結び方、など幾つも私に教えてくれた。
とりあえず、結ばれていた紐をいったん解いて、パッと見はしっかり結ばれているように見えて、実は反対側の紐を引けば簡単にほどけるような結び方に変えておく。
「よし。準備完了」
後は甲板の縁側で会話をしつつ、相手の隙を見て、海に飛び込む。しばらくは水の中にいて、船に巻き込まれないようにだけ注意すれば、航行中の船は止まることは出来ない。あっという間に私を残して進行方向を進むだろう。
そしてある程度の距離が離れてしまえば、もう私を見つけ出すことは困難だ。
私は自分の左手の中指に嵌めた指輪を右の手のひらで覆い、小さく頷く。
「あの……終わりました」
そう言うと、扉を出て、私を連れている神官に声を掛けた。
「あの……どうしようか迷っていたのですが、実は大事なお話がございます。クラウディオ様をここに呼び出してもらえませんか?
トイレを出ればそこは甲板だ。ここで話をするのならチャンスは広がるかもしれない。
「……かしこまりました。少々お待ちください」
そう言うと、一人の男がクラウディオを呼びに向かった。
***
「何か御用ですか?」
クラウディオが来る前に、海に飛び込もうか迷っていたら、あっという間に本人がやってきてしまった。
いや、さすがにね。
拾ってくれるって言ってたけど、暗い海に飛び込むのって勇気いるんだよね。どうしようか迷っていたら、あっという間に来てしまいました。
本当は気のまわりそうな彼が来る前に飛び込めればベストだったのに。
「……夜の海って吸い込まれそうで、怖いですわね……」
話があってクラウディオを呼び出した、というシチュエーションなのだった。
でも私は具体的に何も考えてなくて、とりあえずそんな風に会話を切り出した。私の言った台詞が意外だったのか、彼は一瞬なんと切り返そうか迷う様な表情を浮かべる。
「……夜の港の海を泳いだ貴女でもこわいのですか?」
皮肉げに笑った彼をじろりと睨むと私は腕を組んだ。
「陸続きの海と、遠海は全くの別物ですわ」
そう言って暗い海をじっと見つめる。甲板に立つ私と彼の間は少しだけ距離があいている。もちろん私の腰に巻かれたロープは見張り役が持っているけれど、クラウディオとの会話に、少しだけロープを伸ばして距離を置いてくれた。
ロープがあるからって安心しきっているね。是非ともそのまま油断しててもらいたい。
「ですが……貴女には海の女神のご加護があるのではないですか」
ほんの少し。両手を開いても届かない程度の距離を置いて、彼は私と並んで甲板の端に立ち、じっと私の目を見つめて、小さく笑う。
「アリッサ姫は、海の女神の寵愛を受けている。神のご加護をその瞳に頂いている、と海の男たちはまるで神話のようにそう伝えていると聞きました。旅をする吟遊詩人たちも、貴女の瞳の色の美しさを歌に唄っているではありませんか」
突然そんな話をされて、私は目を瞬かせる。確かに私は周りにそう言われて育てられた。実際になんどか海での危機を免れているから余計だ。
小さな頃、小舟で遊んでいて海に流された時も、潮の満ち引きと逆方向だったのにもかかわらず、港に戻ってこれた。
叔父の船でマリー・エルドリアへ出かけた時も、大きな嵐に巻き込まれ、メインマストを折り、遭難しかけたけれど、無事目的地につくことが出来た。
「話が大きくなっているだけだと思いますわ。別に私は普通の人間ですし、神のご加護を受けているなんて不遜すぎますもの」
「……そうですか? 私は貴女がうらやましいです。神のご加護を受け、その御印をお持ちでいらっしゃる。きっと神にも家族にも愛されてお育ちになったのではありませんか?」
彼の言葉に思わず黙り込む。確かに母には愛されて育った。けれど早くに死に別れてしまった。
父は血筋が良く、国王に嫁いだ出来の良い姉を可愛がっていた。その姉は自分の母から夫を奪った私の母を嫌いで、平民出身という事を蔑んでおり、一方で私のことは、好きなように扱える奴隷扱いだった。
愛されて、なんて。私のことを大事にしてくれたのは……。
そこまで考えて、ふと軽い頭痛を感じて眉を顰める。
「どうかしましたか?」
「いえ……クラウディオ様がおっしゃっているようなことはないのです。常に味方は少なく、敵が多い人生でしたもの」
だからこそ、実の姉に神殿巫女としてアルドラドに行くようにいわれたのです、と苦笑を浮かべると、彼は言葉に困るように唇を引き結んだ。
「愛情のある姉でしたら、私をどんなに名誉なことだとはいえ、アルドラドの神殿巫女にするために、売り飛ばさないと思うのです」
「売り飛ばすなんてとんでもない」
慌てて否定するクラウディオだが、実際問題、美人が多く生まれると言われているキサリエルは、利益を受けることを条件に、アルドラドから金品を受け取り、見目の良い女性を出荷しているのだ。
世間知らずで知らないと思っているのかもしれないが、そんな商売をしていることは、この海域で公然の秘密となっていることぐらい知っている。
キサリエルの特産品の一番に挙げられるのは、「美女」だというのは、この沿海洲の飲み屋では、よく言われる洒落にならない冗談の一つだという。
つまりは私もお金で売買されたのだ。もともとはマリアンヌを売るつもりだったが、皇太子妃候補となったため売ることが出来なくなり、契約を履行するために、私を身代りに売ったのだ。
「そういうクラウディオ様はどうなのですか?」
ふと自分から話題を変えるために、彼のことに話を振った。
次期宗主のセファーロとよく似ている風貌と雰囲気。血縁があるようにしか見えないのだが。そこにも仔細があるんじゃないかと思う。
「私、ですか? 私にはそもそも家族はおりませんよ」
「セファーロ様は? ご兄弟か近しい親戚なのではないですか?」
私の言葉に、クラウディオは一瞬瞳を伏せた。
「いえ……勿体ない事を……。私は神官の一人にすぎません。ですが、大事な仕事がございます」
「大事な仕事?」
ゆっくりと彼が私に近づいてきて、手を取る。ゆっくりと自らの唇に寄せると、爪先に小さなキスを落す。
「貴女に神の子を産んでいただかなければなりません。セファーロ様は地の女神を求められましたが、それは適わず……代わりに海の女神が我々には必要なのです」
「あら、私はナサエル様に捧げられるのではないのですか? 私はそう姉に伺いましたけど……代わりに私、ですか?」
「地の女神か、海の女神を妻とするのは、大神である光の神には必要なことですから。それに神の子が新たに生まれれば、ナサエル様にはそろそろご隠退頂こうかと個人的には思っておりますので」
「…………」
なんか今さりげなくすごい事言われた気がする。この人、アルドラドの体制変えちゃうって言ってなかった?
「神の子、ですか……」
アルドラド神国の最高神は、光の神である。光の神には二人の妻がいたと言われている。
大地のような黒い瞳を持ったマリアンヌは、その珍しい瞳の色によって、地の女神の加護を持っていると言われていた。
そのマリアンヌに振られたから、今度は海の女神の加護を持っていると言われた私を選んだというわけなのか。
「随分と都合がいい考えですわね。私を神の子を産む道具の代用品にするってことですものね」
「ええついでに、産ませる男も別に、セファーロ様でなくても構わないのです。今は失恋のショックで、他の女性を求める気にはならないでしょうから。なので場合によっては、よく似た風貌の私でも……」
彼は口角を綺麗に上げて笑んだ。それは神に仕える者というよりは、もっと毒を含んだ笑みで。
「生まれた子供を神の子としてセファーロ様のお役に立てればいいだけですから……」
なんだかよく分からないけどとってもゾッとする。自分が産ませた子供を、次期宗主の為に使うと言っているのだ、この男は。
「なんだかずいぶんとややこしいことを考えていらっしゃるのですね。クラウディオ様は、もっと自由に生きたらよろしいのに。一体、貴方は何に縛られていらっしゃるの?」
私の言葉に彼は小さく吐息をつく。
「……何にも縛られてなどおりません。が、余計な話ばかり致しました。どうも……アリッサ様は令嬢らしからぬお方なので、つい私も調子が狂ってしまうようです」
ゆっくりと首を左右に振ると、宵闇に目立つ銀の髪が揺れる。瞳の奥を細めてフッと笑う。多分この人は、いろんなものをあきらめてきている人だとふとそう思った。
だったら余計。私は貴方の前ではっきりと見せてあげる。
「……そうですか。ところでここに呼び出したお話なのですが」
ゆっくりと一歩二歩と彼を見たまま私は後ろに下がっていく。甲板の低い縁に腰掛けて、彼に向かって海の女神にふさわしい笑顔を見せてみせる。
「私、望まない未来は納得できないのです。たとえどんな運命があろうとも、私は私の望む未来を目指して全力で抗いますわ」
ゆっくりと甲板の縁の細い縁の上に立ち上がると、咄嗟に見張りの男たちは私に結びつけたロープを引き寄せようとする。けれど反対側のロープを引いた私の手の中で、予定通りロープは解けた。
「私、気に入らないすべての人生から逃げ切ってみせます! 好きでもない女に子供を産ませることを考えるより、自由に生きられたらいかが?」
その言葉と同時に、クラウディオが私の体を捕えようと手を伸ばす。けれど私はその一瞬の隙をついて、笑顔で手を振って、暗い海に身を投げ出していた。
***
私は鼻だけつまんで頭から海水に飛び込んだ。とにかく衝撃で意識を失わないようにして、水に深く潜っていくと、ゆっくりと海から浮かび上がる。
船の上からは人が騒いでいる声がする。全速力で船を走らせていたはずだから、いくらあの船の航海術が巧みであっても、しばらくは船を止めることは出来ないだろう。
私の予測通り、あっという間に船は私から遠ざかっていく。そして一度離れてしまった船が戻ってきたとしても、海に落ちた私を探すことは困難だ。もちろん、それは私を拾ってくれると言った叔父たちにとってもそうなのだけれど。
真っ暗な世界で、ゆらゆらと昏い水の中でたった一人だ。
逃げようと必死だった気持ちが、無事逃げ出せた瞬間、張り詰めていた気持ちが緩む。その分孤独と何処までも広い海の中でたった一人だと言う孤独感が、私の胸をじわじわと締め付けていく。
はぁっと気力を振り絞るように息を吐く。
(お願いだから、叔父様。早く見つけてよ)
そう願いを込めながら、私は左手の中指に着けていた指輪を口元に運び、そこについていた石を噛む。それは航海石と言われる不思議な力を持った石だ。私がその石を噛んだ途端、淡い光が辺りを染めていく。指輪のある左手に顔を乗せた。
航海石は、海で遭難した時に持っている人間を救うと言われている。数日の間、人一人を浮かせるほどの浮力を持ち、海の色を染めるほどの明るい光を放つからだ。
どのくらい水の中を漂っていただろうか。星の動きからすれば、さほど長い時間ではない。けれど、孤独と不安と、夜明け前の本当に暗い空の下で、心が折れ掛けていた私にとっては、それは本当に長い時間で。
「おーい、航海石だ」
「明りの中心に人がいるぞ。ゆっくりと近づいて行け。小舟の櫂で傷つけるな」
「ようそろ!」
船乗りらしい会話に、私は涙が出そうなほど、ほっとする。どうやら叔父の迎えが来たらしい。ゆったりと水に漂っていると、小舟が近寄ってくる。
「姫、迎えに来たぞ。さあ手を伸ばして」
その声に船の縁から投げられた浮き輪に私は手を伸ばした。
「ああ、よかった。さすがに夜の海に飛び込むのは勇気がいったんだから。すぐに助けてくれて助かったわ」
私が浮き輪ごと引き上げてもらいながらそう話すと、私の手を取った男はニヤリと笑って答えた。
「おかえりアリッサ。口移しの酒とキスはよかったが、眠り薬入りなあたりは頂けなかったな」
いい加減叔父に会えるかと思っていたのに。
「……なんで貴方がここにいるんですか?」
迎えに来てくれたのは、私を後宮から救い出してくれた、黒髪金目の海賊のような男だった。