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休み明け学力考査結果発表

『シュラリア国とピートヴァール国全対戦』には、全部で六回あったピートヴァール戦についての記述が大まかに書かれていた。
 アーニャが関わった戦いは、最後の六回目だけであったのだが、それを読んで分かった事が三つ。
 一つ目は、自分達精鋭部隊が先陣を切ってピートヴァール兵に突撃し、全滅したという事。インフェルノの研究施設を破壊したという旨は特に記述されてはいなかった。
 二つ目は、一つ目の記述からも分かるように、インフェルノについての記述がなかった事。どうやらインフェルノについての資料は全て破壊され、後世には伝わらなかったようだ。
(それが本当に抹消されたのか、ライアンが危惧する通り危険と判断されて、明かされてはならない史実になっているのかは分からないけどね)
 そして三つ目は、精鋭部隊を除く王国騎士団がピートヴァール国に攻め入り、ピートヴァール軍を制圧、そしてピートヴァールの国王を討つ事によって戦いを終わらせ、領土を広げた事。インフェルノを持たないピートヴァール国には特に苦戦を強いられる事もなく、圧勝に近い形で制圧したようだ。
(でも、この本にも王家滅亡の原因は書かれていなかった。本には十年後、他国に攻め込まれる事によってシュラリア国は終焉を迎えたってしか書かれていなかったもの)
 はあ、とアーニャは溜め息を吐く。やはりトーマスすら知らない史実。これ以上の事を調べるには無理があるのだろうか。
(休み明け学力考査のテスト勉強そっちのけで調べたのに、この程度か。あーあ、これくらいしか分からないようなら、ちゃんとテスト勉強しとけば良かったな)
 朝、寮から学校に登校したアーニャは、一年生の掲示板にデンッと張り出された表を見上げながら、ちょっとだけそれを後悔する。
 その表とは、先日行われた学力考査の結果発表。全員の名前と点数が、順位とともに貼り出されているのだ。
 上位の者はその勝利に酔いしれ、下位の者は次回はこうなるまいと自身を奮い立たせる。そしてその中間の者はホッと胸を撫で下ろすか、微妙な表情を浮かべるかのどちらかに別れるという、人によっては迷惑な表なのである。
(前世ではこのテスト、割と上位にいたんだけど。でも今回は勉強そっちのけで調べ物をしていたから、この結果も仕方ないか)
 微妙な位置にある自分の名に、アーニャは微妙な表情を浮かべる。次回はちゃんと、テスト勉強をしてから挑もう。
「おはよう、アーニャ! テストどうだった?」
「あ、おはよう、セレナ。微妙なところにいた」
 後ろから声を掛けられて振り返る。そこにいたのは、前世でも現世でも仲の良い友人、セレナ。緑色のショートカットに青色の大きな瞳を持った彼女は隣にやって来ると、アーニャの指差した先を見て「あはは」と笑った。
「あ、ホントだ! だってあんた今回勉強してなかったじゃん。あれでまた上位にいたら頭かち割ってやろうと思ってたから、微妙な位置にいてくれて良かったわ」
「……」
 そうか、頭かち割られていたところだったのか。それは微妙な位置にいて良かった。
「あ、アーニャ、セレナ、おはよう!」
「テストどうだったー?」
 次いで、クラスの女友達がわらわらと集まって来る。そんな彼女らに同じように挨拶を返し、みんなのテスト結果を確認していると、その内の一人が「あっ」と声を上げた。
「わあっ、アーニャの彼氏、遂に学年トップだよ! 確か夏休み前のテストでも常に五番以内に入っていたよね? すごーいっ!」
「……」
 彼女が指差したところをじっと見つめる。
 そこにあった名は『ライアン・トランジール』。百歩譲っても彼氏ではない。
「いや、彼氏じゃないし」
「えっ、あんた達まだ付き合ってないの?」
 その否定の言葉に、セレナを始めとする友達全員が驚いた表情を見せる。何故、あんなに拒絶しているのにみんなには彼氏だと思われているのだろうか。ちょっと意味が分からない。
「現世で付き合う事はないわ」
「ええ? あんだけイイ男に言い寄られてるのに付き合わないなんて正気? それともただのバカなの?」
「煩いな」
「まさかあんた、男を焦らすのが好きなタイプじゃないでしょうね? うーわ、嫌な女」
「煩いな」
 勝手に嫌な女扱いするセレナや、ドン引いている友人達はさておき。アーニャは改めてテストの結果表を見上げる。
 確かに前世でも成績の良かったライアン。いつも上位に食い込んではいたが、それでも前世ではトップを取った事なんてなかったハズだ。
(そりゃそうよ。だってあの事件以降、私は必死に勉強して、座学もライアンより常に上だったんだから)
 それなのに今回はライアンが一位で、自分は微妙な順位。何か悔しい。やっぱり次回はちゃんと勉強しよう。
(それにしても……)
 と、アーニャはその視線をライアンの下へと移す。ライアンの下、第二位のところにあった名は『リア・スタンブール』。彼女にとっては転入後初めてのテストだったハズなのに。よくもまあこんな好成績が取れたものだ。
(そういえば、リアは前世でも座学は良かったのよね。私も必死に勉強はしたけど、座学ではリアに勝てなかったもの。やっぱり現世でも頭良いんだなあ)
 入学した時からきちんと授業を受けて来た自分達を差し置いて、転入後すぐのテストで突然学年二位だなんて。もともと頭の出来が良いのか、それともそれなりに努力しているのか。どちらにせよ、悔しいが凄いと認めざるを得ない。
「それにしてもリアも二位だって」
「え、パッ出のクセに凄くない?」
「さすが、傭兵育成専門学校に編入して来るだけの事はあるね。編入テスト難しいって話だもん」
 リアの叩き出した好成績に、みんなが称賛の声を上げる。
 そんな彼女達に、アーニャは「あはは」と苦笑いを浮かべた。
「学年一位のライアンに、勉強教えてもらっていたみたいよ。その成果もあったんじゃないかな?」
「あ、今惚気た」
「私の彼氏が教えたんだから、学年二位は当然って事?」
「さすが、彼氏持ちは言う事が違うわ」
「別れろ」
「だから彼氏じゃないってば」
 違うと何度も言っているのに。何故、みんな中々理解してくれないのだろうか。
「リアって可愛い上に頭も良いんだね。その上性格も悪くないみたいだしさ」
「ねえ、アーニャ。このままだとライアン、リアに取られちゃうんじゃないの?」
「今の話だと、テスト勉強の時にも既に取られていたみたいだしね」
「あんたも、もうちょっと可愛げ出してみたら?」
「じゃないと、マジでリアに取られちゃうよー」
「だからっ、私とライアンは付き合ってないって言って……」
 アーニャとライアンが恋仲であると断定して話を進める友人達に、アーニャは何度目かの否定の言葉を口にする。
 しかし、その言葉は最後までは続かなかった。
 きゃたきゃたと笑う友人達。その彼女達のずっと後方で、じっとこちらを眺めていた少女、リアと目が合ってしまったからである。
(あ……)
 その瞬間、アーニャの脳裏に前世の出来事が甦る。
 前世の騎士養成学校時代でもあった、休み明け学力考査の結果発表。確かあの時も、リアはこうして遠くから自分達の様子を眺めていた。
「あ、リアだ」
「あ、リアー、二位おめでとー」
 リアの存在に気付いたセレナ達もまた振り返り、リアに声を掛ける。
 しかしリアはビクリと肩を震わせると、クルリと踵を返し、勢いよく走り去ってしまった。
「あれ? リアどうしたんだろう?」
「私達が呼んだの聞こえなかったのかなあ?」
 そんなリアの反応に友人達が首を傾げる中、アーニャは面倒臭そうに溜め息を吐く。
 前世でも似たような事があった。二位とまではいかなくとも、休み明けのテストで好成績を残したリアを、アーニャは快く思わなかった。その最たる理由は、ライアンを独り占めにされ、付きっ切りで勉強を教えてもらっていた事。つまりは嫉妬だ。その上で自分よりも好成績だった事に苛立ったアーニャは、友人達がリアを褒め称える中、その苛立ちに任せてつい悪口を言ってしまったのだ。カンニングだ、先生を誑かしたんだ、やり方が汚いなどと適当な事を言って彼女を侮辱してしまったのだ。
 しかしそれを、今のようにリアに聞かれてしまった。アーニャが口にした言葉の凶器に傷付けられたリアは、学校の人気のないところで一人で泣いてしまったらしい。そしてそれを偶然通りかかったライアンが見付けてしまったのだ。
 リアから事情を聞いたライアンは、当然ブチギレた。そして教室に戻るなや否や、クラスのみんなの前でアーニャがリアに対してやった悪行を暴露し、みんなの前で散々非難されたのである。
(あの時はノアやクラスのみんなにも軽蔑されたし、先生にも呼び出されてめちゃくちゃ怒られたのよね)
 傍にいて事情を知っていたセレナや、他の友達が慰めてくれたのが救いだったっけ。
(でも、今回は私、リアの悪口は言っていないもの。だからライアンが怒鳴りつけて来るあのイベントは発生しないハズだわ)
 前世とは違い、現世のアーニャはライアンを好きではない。だからリアに嫉妬なんかしないし、悪口も言っていない。だからこれから教室に戻って、ライアンに怒鳴られる事はないハズだ。良かった、今回はクラスのみんなとも良好な関係のままでいられそうだ。
(リアが走って逃げた理由が気になるけど……。まあいいか。理由が何だろうと私には関係ないわ)
 今回は何も起こらないだろうそれに胸を撫で下ろしながら。アーニャはもう少しだけ友達との談笑を楽しんでから教室に戻る事にした。



「アーニャ、ちょっと確認したい事があるんだが」
「……」
 何もないと思っていたのに。何故、何かが起きるのか。
 教室に戻り、前の席であるノアと話をしていたところにやって来たのはライアン。しかもその背後には、目を真っ赤に腫らしたリアというオプションまで付けている。前世のように突然怒鳴り付けられる事はなかったが、ライアンが連れて来たオプションのせいで、結局はクラスメイトの視線を集める事になってしまった。
「アーニャ、今度は何したの?」
「今度はって何よ?」
 他の生徒達の様に驚いたノアが、直接アーニャにそれを問う。
 しかし、アーニャとて自分が何をしたのかが分からない。だって現世では、リアを泣かせ、ライアンを怒らせるような事はしていないのだから。一体自分は、何をしたのだろうか。
「何よ、ライアン。何を確認したいのよ?」
「お前、リアが学年二位だったのが気に入らなくて、リアの悪口を言って、難癖付けていたというのは本当か?」
「はあ?」
 その確認に、アーニャは素っ頓狂な声を上げる。いや、本当かって、本当じゃない。確かに前世では言っていたけれど、現世ではそんな事は言ってはいない。一言もだ。
「何それ? いつの話?」
「今朝、掲示板に貼られたテスト結果表の前でだ」
 それって、さっきセレナ達と話していた時の事か?
(そういえばあの時、リアは私を見て怯えたような顔をして逃げて行ったけれど……何か聞き間違えたのかしら?)
 リアが何を聞き間違えたのかは知らないが、それでも自分に非はない。ならば前世のように、みんなの前で非難されてやる必要なんかない。
 そう考えてから、アーニャはフルフルと首を横に振った。
「言ってないわよ」
「え?」
「私はセレナ達とテスト結果の話をしていただけよ。リアの悪口なんか言ってないわ」
 はっきりとそう断言してやる。前世のライアンであれば、アーニャがこう主張しても嘘だと決め付け、頭ごなしに怒鳴り付けて来ただろう。しかし現世のライアンは一言「そうか」と呟いてから、咎めるような眼差しをアーニャへと向け直した。
「なら、リアが誤解するような行動を取ったお前に非があるな」
「何ですって!」
 まさかの責任転嫁に、アーニャは勢いよく立ち上がる。私に非があるですって? そんなわけないだろ。どう考えたって、聞き間違えたリアに非があるじゃないか!
「ライアンー、アーニャ本当にリアの悪口なんか言ってないよー」
「アーニャはあんたの惚気話しかしてなかったよー」
「惚気話もしてないわっ!」
「そうだとしてもだ。リアがこうして泣いてしまう程の誤解を生んだアーニャに非がある事に違いはない」
「何でよっ!」
 今朝、一緒にいたセレナ達がそう言って助けようとしてくれるが、それにも耳を傾けず、ライアンは更にアーニャを責めた。
「オレもお前の成績を確認させてもらったが、お前の点数、微妙な位置にあったな。休み前はもう少し上位だっただろう? それがあそこまで成績を落とすとは、勉強していなかった証拠だ。お前が悪い」
「テストの結果なんか関係ないでしょーっ!」
 何がお前が悪いだ。自分の成績が悪くてリアが泣いたわけでもあるまいし。成績云々関係ないだろうが。
「何なのよ、さっきから聞いていれば私が悪い、私が悪いって! だったら言わせてもらうけど、そもそもは勝手に聞き間違えて、勝手にあんたに泣きついて、それを心底信じちゃってるあんたが一番悪いんじゃないのよ!」
「っ!」
「止めろ、アーニャ。リアが怯えている」
「私はあんたを責めているんですけどね!」
「だが、そもそもの原因はお前の成績が良くなかったせいだ。お前がきちんと勉強し、成績がリアより上であれば、お前がリアの成績を妬んで悪口を言っていたと、リアが勘違いして傷付く事はなかったんだからな。だからリアより好成績を残せなかった時点でお前が悪い」
「ンなわけあるか!」
 何故、こんなみんなの前で成績が落ちた事を責められなければならないのか。そのせいでさっきから「アーニャ、成績落ちたってよ」「勉強もしねぇで遊んでたんだろ」「この叱咤もライアンの愛の形だな」などとのヒソヒソ声が聞こえて来る。ある意味前世より恥ずかしい。
「以後、このような誤解は生まないよう、勉強に励むべきだ。余計な事を調べるのはそれからにした方がいい」
「余計なお世話よ!」
 余計な事というのは、アーニャの調べているシュラリア国滅亡の原因についての事だろう。そういえばライアンは、アーニャが調べ物をしている事をあまり好ましく思っていないようだったが、まさか成績が良くなかった事をいい事に、それを調べるのを止めさせようとしているんじゃないだろうな。
「私が何しようと、あんたには関係ないでしょ。私の事は放っておいてちょうだい!」
「いや、放っておくつもりはない。オレと勉強しよう」
「……は?」
 勉強しよう? ライアンと? は?
「お前の成績が上がれば、リアが勘違いする事もないだろう? それにお前も知っての通り、オレは学年一位の頭脳を持っている。そんなオレだからこそ、教えられる事は沢山あると思うんだ。だから……」
 そこで一度言葉を切ると、ライアンは無駄に凛々しい眼差しをアーニャへと向けた。
「放課後、オレの部屋で一緒に勉強しないか?」
「……」
 まさかの展開に、アーニャはおろか、様子を眺めていたクラスメイト達もまたシンと静まり返る。
 どのくらいその静寂が続いただろうか。それを打ち破ったのは、その中の一人の男子生徒であった。
「何だそれ! ライアン、お前、ただアーニャを部屋に誘いたかっただけじゃねぇか!」
 ぶはっ、と吹き出すようにしてその男子生徒が笑えば、ライアンの真意を覚ったクラスメイト達が次々と笑い声を上げた。
「部屋に連れ込んで何する気だよ?」
「ぜってー勉強じゃねぇよな!」
「ライアン、程々にしとけよー」
 あはははは、と男子達の下品な笑い声が聞こえて来る。
 それが恥ずかしくて、真っ赤な顔で俯いてプルプルと震えていると、それを見兼ねたノアが呆れたような溜め息を吐いた。
「女生徒が男子寮に入るのは禁止だよ、ライアン」
「それは午後九時以降の話だろ? それより前の時間は禁止じゃない」
「それはそうだけど、アーニャは嫌がってるよ。止めてあげたら?」
「嫌なのか?」
 困ったように眉を顰めながら、ライアンはそっとアーニャの顔を覗き込んで来る。
 するとアーニャは、その真っ赤な顔でギロリとライアンを睨み付けた。
「い、嫌に決まってんでしょ! 誰が行くか!」
「あーあ、ライアンフラれたー」
「どんまーい」
「部屋に連れ込むのはまだ早いよなあ」
 あはははは、と更に男子達の下品な笑い声が上がる。女子達もまた、「可愛いー」とか何とか言いながらクスクスと笑っているのがまた恥ずかしい。
 そしてそんな時だった。ガラリと教室の扉が開き、クラスの担任教師が入って来たのは。「おーい、お前ら、男女の不順異性交遊は先生の見ている前では禁止だぞー。やるならオレの見ていないところでしろ」
「先生の見ていないところでならいいんですか?」
「それについてはノーコメントだ。ただし、先生にも学校側にもバレるんじゃないぞ」
 担任教師が悪乗りしたせいで、更にドッと笑い声が上がる。このクソ教師、前世では冤罪で怒鳴り付けて来るし、現世では悪ガキどもを煽るし、マジでロクな事しないな!
「とにかく席に着けー。ああ、それからライアン、勉強するなら図書室か自習室を使うように。いいな?」
「……。分かりました」
 担任がそう指示を出し、ライアンが無表情で頷いたところで、ようやく教室が静かになる。
 担任の指示通りにみんなと一緒に席に着くと、リアは一番後ろの席から、耳まで真っ赤になっているアーニャの後ろ姿を面白くなさそうに眺めた。
「……」
 失敗した。でも、みんなが聞き間違えたのだと勘違いしてくれたのは幸いだった。嘘だと指摘されたら、どう返答しようかと内心焦っていたから。やっぱり日頃の行いは大事である。
(前世ではちょっと泣いただけで私の味方になってくれたのに。何で現世ではあの女の事が好きなわけ? これじゃあ上手くいかない。あの女がまたライアンの事を好きになる前に、ライアンにはあの女を嫌いになってもらわなくっちゃ)
 そして今度こそ、ライアンと幸せになるんだ。
 そう決意するリアの貪欲な瞳は、異様な程にギラついていた。

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