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「ああ、遅かったな。もう日も暮れて……ん?」
 待ち合わせ場所で出会ったリゲルは、ライラの手にしていた花束を見て、目を丸くした。
 はじめのその反応は「どうして花束なんか」という気持ちからだっただろうが、すぐにもっと目が見張られる。
 先程ライラが買ってきたばかりのカーネーション。それが何色か、どういう装飾で花束にされているか、そしてそもそもどうしてライラがこれを持ってきたのか。見ただけで理解してくれたのだろう。
「ごめんね、遅くなって」
 今夜はリゲルと星を見る約束をしていた。
 例の、リゲルの作った夜空と星をモチーフにした詩。「まだできてないけど、途中だけど聴いてほしい」とライラが言って、リゲルが「構わないぜ。じゃ、せっかくだからまた星でも見に行くか」と、今度は公園など手近な場所ではなく、街外れの丘まで見に行くことにしたのだ。
 街外れだけあって、街のあかりから少し離れて星が綺麗に見える場所。
 リゲルの詩。
 初めて披露するのだ。大切なものだから、ふさわしい場所で聴いてほしい。
 ほかに誰もいない場所で。
 この詩が二人だけのものでいられるように。
「リゲル。これ、もらってほしい」
 ライラは両手で抱えていた花束を差し出した。オレンジ色のカーネーション。白い薄紙と透明なフィルムにくるまれて、そして根元は細い水色のりぼんで飾られている。
 恋人にお花を渡すのは男のひとからが定石だろうけど、そんなことなんて関係ない、と思って渡すことにした。気持ちを伝えたいのは、男も女も同じ。
 そもそも、はじめて花を贈ったのも自分からなのだ。
 ポケットに詰め込んで、歪んでしまったオレンジ色のカーネーション。
 それと同じ花。同じ色。
 でもずっと、ずっと綺麗できちんとしたものを、彼に。
「これ、お前」
 リゲルは言いかけ、言葉を切った。言うまでもなくわかってくれたのだろうけど、ライラはちゃんと言うことにする。リゲルの目を見つめて。
 しっかりと、瞳を見つめて。
「今度はちゃんと、お花の種類も意味もわかって渡すの」
 ライラの目を見つめ返して、リゲルのめもとが緩んだ。まるで泣き出すかと思うほどに、ほろりと崩れる。
「……ありがとう。もらうよ」
 でもリゲルは泣きやしなかった。嬉しい、という気持ちだけが目に表れていて、花束を受け取ってくれた。ライラを抱き寄せるときのように、やさしく花束を抱く。
 カーネーションを見つめる目も、ライラを見つめるときと同じ色をしていた。
「あのとき、ライラがくれた気持ちが嬉しい、とか俺は言ったかな。今もすっげぇ嬉しいよ」
 あのときのこと。
 幼かったライラよりも、リゲルは余計にはっきり覚えてくれていたのだろう。
 嬉しいと言ってくれたことは覚えていても、『気持ちが嬉しい』と言われた、とまではライラは覚えていなかった。けれど、リゲルならきっとそう思って言ってくれたのだろう。
「でも、あのときとは違うんだな。花もあのときより綺麗になってる。お前と同じように」
 やはりライラにするときのように、花をそっと、丁寧に撫でた。
 潰さないように。
 やわらかくて、薄い花びらを。
「成長を感じてくれた?」
「ああ、勿論」

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