大切なもの
「乙女だけは私がお守りいたします」
マクスウェルが静かに言った。
きっと私が怖がったと思ったのであろう。
その時だった。マクスウェルの体がほのかに光る。
最初は無意識に祈って、最初のあの時の様に何か魔法をかけてしまったのだろうかと思ったけれどそれは違ったみたいだ。
国主が舌打ちをする。
「このタイミングで大人になるか」
吐き捨てる様にいわれるマクスウェルは、国主を睨みつけている。
竜は大切なものができると大人になる。
彼に大切なものが出来たのだろう。
それは国であろうか。それとも約束の乙女という存在であろうか。
私には判断が付かない。
「まあ、どちらでもいい。
この場で私達にはむかっても反逆者の誹りを受けるだけだ」
誰が先ほどまで子供だった人間の言葉を信じる。
そう言って国主は笑った。
白き竜の言った『別に誰でもいいんだよ』という言葉が頭をよぎる。
本当に誰でもいいのだろうか。
もし選べるのならこの国を愛している人がいいと思った。この国に暮らす人が好きで、他の国との争いを嫌う人がいい。
目の前のこの人であればその私の望む王になってくれるかもしれない。
「選ばせてやろう。
この場その女と切り捨てられる人生か、その女をお前が切ってわが一族の一員としてこの国を支配する未来か」
国主に言われた後、マクスウェルがこちらを向く。
彼の瞳には悲しみがたたえられていた。
彼が剣を鞘に戻す。
私はマクスウェルに思わず抱き着いてしまった。
感極まってしまったというのは勿論あった。
突然の事で怖かったし、実際手も震えているし涙も出ている。
「やはり、人間は塵芥のような生き物だな」
そう言われているけれど、別に悲しい気持ちにならなかった。
だから、そんな辛そうな顔をしなくてもいい。そうマクスェルに言いたかったのに、言葉にはできない。
抱きしめた腕を彼の腰に回す。
マクスウェルが私の髪の毛に口付けをするように唇をよせられる。
「……名を教えてはもらえませんか?」
マクスェルは私の耳元で私にしか聞えない音量で言った。
私は小さな小さな声で自分の名前を答えた。
初めてこの国で名前を名乗った瞬間だった。