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99 公爵邸 主の帰還

「……お嬢ちゃん。それ、そんなアッサリ言う事か?」
「分かっているなら、なぜ、そのままなんだ。泳がせているのか」

 うーん…?と、キャロルは小首を傾げた。

「内通者がいるのは確実なんだけど、個人の特定をするには、ちょっと時間がなくて。だったらもう、()()前提で考えて動いた方が良いかと」

「……まあな」

「……情報を流すくらいなら、確かに時間もない事だし、この際見逃しても良いが、内部で身の危険はないと断言出来るのか?」

 眉を(ひそ)めるルスランに、うーん…?と、キャロルは再び小首を傾げた。

「まぁ…厨房のキノコが(しび)(だけ)にすり替わってたくらいなら、こっちで目を光らせておけば済むだけの話だし?後は、飲み水に下剤が入らないよう、気を付けておくくらい?襲撃者撃退するどころじゃなくなっちゃうしねー……」

 少なくともキャロルが、令嬢らしからぬ行動で、使用人食堂に出入りしていたのには、明確な理由があったのだ。
 その過程で、仕入れ値の異常にも気が付いたのか。

 しかもグレイブは、全く気が付かなかった。
 気にしなくて良い、と、キャロルは呆然と立ち尽くすグレイブに、片手を振る。

()()()()()が、そう言うの日常茶飯事だったから、もう、反射的に確認しちゃうと言うかねー…一度気付かされれば、今度からは自分も注意するでしょ?貴方もそうしてくれれば良いから」

「――もちろんでございます、お嬢様」

 グレイブは深々と頭を下げ、ヒューバートとルスランは、呆れたようなため息を吐き出した。

「お嬢ちゃん、公爵邸乗っ取ってんなぁ……」

「人聞き悪いよ、ヒュー。公爵邸(ここ)(あるじ)が人ん()の父親連れて、宮殿に()()()()()、こっち放置なんだから、後をどうしようと私の勝手だと思うのよ。と、言う訳で、コレとコレとコレ、とりあえず借りて良い、ルスラン?」

「……まあ、その通りに聞けば、エイダル公爵の方が、侯爵令嬢を(おとり)(さら)すなどと言う、言語道断な事をしているんだが……目には目をって感じにしか聞こえないのは何故だ……?」

「うん。それも間違いじゃないからね。きっと父は褒めてくれるんじゃないかな。よくやった!って。あ、あとルスラン、白隼(シロハヤブサ)も借りられる?エイダル公爵が宮殿を出れば、それはそっちでも掴めると思うんだけど、襲撃が来たら、合図に白隼飛ばすよ。手紙は付けないから、それだと疑われる心配も少ないし、確実なんじゃないかな?」

「…それならまだ、エーレ様も納得される…のか……?」

 いやいや無理だって、と、ヒューバートがルスランの肩を叩いた。

「最終的には妥協されるにしても、俺らは、とりあえず怒られる未来しか見えねぇよ、ルスラン。まぁ、ある意味、お嬢ちゃんがお嬢ちゃんのまま、復活してくれたのは嬉しいけどな」

「ヒュー……」

「まあ、エーレ様に心配かけるのは、ほどほどに頼むわ。むしろ俺らのために」

 ごめんなさいー…と、全く悪びれた風もなく微笑(わら)うキャロルに、苦笑したルスランが、キャロルの頭に、ポンと片手を乗せた。

「まあ、さすがに式典であのドレスだと、剣は振るえないだろうから、そこは俺とフランツが、ちゃんと護衛をする。暗器を仕込むにしろ、それは最終手段にしておいてくれ。とりあえずは頑張って、今回の襲撃を乗り切れ。今以上に怪我を増やす事だけはするな」

「承知しました、頑張ります」

 (おど)けて、敬礼のポーズを見せるキャロルに、仕方がないと、ヒューバートも肩をすくめた。

「じゃあ、まあ、あまり衣装係を待たせると、今晩徹夜で衣装直さなきゃならなくなるだろうから、帰るわ。不自由があったら、宮殿に使いを出してくれて、構わないからな」

「うん。来てくれてありがとう、ヒュー、ルスラン。またね」

 最初と最後だけを見れば、確かに「親しい者同士のお茶会」に、間違いはなかった。
 だがグレイブにしてみれば、想定していた「姫君の我儘」以上に、中を引っ掻き回された感が強い。

 (あるじ)は、どこの姫君を皇妃にしようと大差はなく、実家の権力にこそ留意すべきと考えているようだったが、もしかすると、この侯爵令嬢を、次期皇帝陛下(エーレ)が皇妃にと望むのは、「必然」なのではないかと思えるのだ。

 (あるじ)と、この令嬢が顔を合わせる瞬間を思うと、何故か背筋が寒くなるグレイブだった。

 滞在4日目。

 グレイブの危惧は、思ったよりも早くに具現化した。

 侯爵夫人(カレル)は、フラワーアレンジメントの作品作りが滞っていたとの事で、部屋を一室提供し、今日は引き籠る予定との事で、それはそれで、侍女達が「新作」が出来上がるのを楽しみにしながら、通常業務に勤しんでいる。

 令嬢(キャロル)の方は、リハビリの一環として、護衛相手に庭で剣の訓練を行っていて、幼い弟が、目を輝かせて、それを見学していた。

 本人達曰くは、本気の欠片(カケラ)もない、緩い打ち合いとの事なのだが、見ているグレイブにその違いは分からない。

「グ、グレイブ執事長!リヒャルト様がお戻りに――」
「は⁉︎」

 (あるじ)が式典の(自分の)準備のために戻って来るのは、明日だった筈だ。

「レアール侯爵も、ご一緒か?」
「いえ、今はまだお一人で、執務室にお向かいに――」
「とりあえず、寝室とダイニングも、手分けして整え直すんだ。執務室には私が行く」

 とは言え、あらゆる突発事項にも揺らがないのが、公爵家の使用人たるもの、ここで醜態を晒す訳にはいかない。

 グレイブは、慌てた素振りは一切表に出さず、執務室の扉を開けた。

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