84 泡沫にて(3)
「…話が…違い過ぎ…て……」
「キャロル様?」
「ランセットは…例えば…キルスティンが侍女長で…自分も相応しくあろうと、努力して執事長になったと…して…実はそのキルスティンが、
キャロルの反応から、ランセットは今、キャロルを必死になって呼んでいるのが、
だがあり得ない仮定にしろ、あまりにも、自分の身に置き換えた時の説明が的確過ぎて、一瞬言葉に窮した。
「それ…は…躊躇するかも…知れません…ね…」
ね?と、ほろ苦くキャロルが
「私は…
「キャロル様」
ランセットは、再度キャロルの表情を覗き込み、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「男には、大なり小なり独占欲があります。自分が大切だと思う人を、自分の手の中に閉じ込めて、ドロドロに甘やかしたいと言う、欲です」
「⁉」
「ええ。私も時々、キルスティンに対して、そんな風に思う事はありますよ。そんな事は有り得ないのに、彼女とヘクターが言葉を交わすと、訳もなくイライラしたり…ですとか」
目を見開くキャロルに、ランセットは「本人達には秘密で」と、
「ですから、キャロル様を呼んでいらっしゃる
「私の…まま……」
「私なら、キルスティンには、自分の意志で、私を選んで欲しいと思いますしね。決して私が望んだから…ではなく」
「!」
「私が望んだから…なんて言うのは、一種の逃げ道ですからね。本当に好きなら、そんな余地すら残したいと思わない。究極の独占欲ですよ。……もしや、それに近い事は言われたり、なさいましたか?」
ランセットの言葉に、キャロルが明らかに動揺した。
「自分を…選んで欲しい…って……」
なるほど…と、ランセットが片眉を上げる。
「それは、ただ『好きだ』と言う事よりも、重いですよ。気まぐれや、一時の情に流された程度で、そこまで言う男は、まず、いません。…本気で、
「……っ」
実体であれば、顔が茹でダコになっていたに違いない、動揺ぶりだ。
ですからね?と、言い聞かせるランセットの口調は、かつての教師時代のそれに、近くなっていたかも知れない。
「相手がどう思うか、周りがどう思うか、まして相手からどう思われたいか、ではないんです。自分が、どうしたいか――なんですよ、キャロル様。会いたいか、会いたくないか。隣に立ちたいか、立ちたくないか。隣に自分じゃない女性がいて、耐えられえるか、耐えられないか。キャロル様が悩んで、考えるなら、そこが全てです。他の事を考えても、永遠に自分の中で折り合いは、つきませんよ」
「私が…どうしたいか…」
ランセットは再度ゆっくりと「会いたいですか?」「隣に立ちたいですか?」とキャロルに尋ね、キャロルはそのどちらにも、コクリと頷いた。
「
最後初めて、キャロルの表情が僅かに揺らいだ。
「ちょっと…辛い、かも」
何だかんだ、どれも、ほぼ即答である。
ただ、一般的な貴族の姫君らしからぬ自分が、第一皇子の隣に「望まれる」事に、躊躇があるだけなのだと、ランセットには思えた。
それもある意味、
相手の気持ちは、いっそ重すぎるくらいに明らかではあるのだが、こればかりは、そのうちキャロル自身に自覚してもらうより他ないのだろう。
「キャロル様。先程は、キャロル様の決断に従うとは申し上げましたが――キャロル様を呼ぶ『声』に、応えて差し上げた方が良いと、今は思います」
そう言って、ランセットはキャロルの左手を、指差した。
「最初から『自分は相応しくない』と、決めつける事だけはおやめ下さい、キャロル様。それは相手に失礼です。それは本来、向こうが決める事なのですから…。一度はキチンと向き合って、話をなさるべきです。ご不安でしたら、おまじないを一つ、差し上げますよ」
「…おまじない……?」
「ええ。どうしても不安が
後でよくよく考えれば、結構怖い事をランセットは言っているように思った。
「更に『キャロル様以外、自分には必要ない』とでも言われたら、諦めて大人しく捕まって下さい、としか」
「―――」
「な…んか…それはそれで怖いような……」
「良いじゃないですか〝溺愛〟ルートも、それはそれで」
「ちょっと、ランセット⁉」
「何にせよ、お互いに胸襟を開いて語り合う事が、必要だと思いませんか。気になる事は――本人の口から聞くべきですよ」
一部気になる部分はあれど、ランセットの言っている事は、概ね間違っていない。
もう一度だけ視線を落として、キャロルは左手の拳を、ギュッと握りしめた。
「まだ〝声〟は聞こえますか、キャロル様?」
「……うん。聞こえてる」
「では
「雪……」
「もし再びお会い出来たら、その時も、キャロル様に仕えさせて頂けますか…?」
「……良いの?」
「それが、私がこの世界で生きるにあたって望んだ事ですから、自分からその場所を手放す事はしたくありません。ただもしキルスティンに、実は
初めてランセットが、年齢相応の明るい笑い声を上げ、キャロルもつられて笑った。
「ランセット」
「はい」
「お礼は、意識が戻ってから…ね」
「かしこまりました、キャロル様。どうぞ、その時はヘクターも一緒に。でないと、
「ふふっ、分かった。じゃあ、
一礼するランセットの姿が、そこでかき消えたような感覚になり、後には自分を呼ぶ〝声〟だけが、残る。
『キャロル…キャロル、頼む!
(エーレ……)
意識を向ける事の具体性が、良く分からない。
『まだ
側にいたいと、願えば良いのだろうか。
私のものだと言ってくれる、貴方の隣の席に、いたいと。
『キャロルっ‼』
その声と同時に、どこかに意識が引かれていく感覚を、確かに感じたと思った。
迷う余地はない、と何故だか思った。
キャロルは逆らわず、意識を