お嬢様……その作戦はあまりにも無理があるのでは?
アザレアの事を調べていく中で、彼女がスラム街の孤児だと言う事が判明した。ただの平民だったならば、俺もとやかく言う事はない。いや、本音を言うと出来る事ならば関わる事をさけて頂きたいところだ。
ロベリア家は代々王家に忠誠を誓ってきた公爵家の一つだ。そんなロベリア家に初めて生まれた女の子であり長女であるお嬢様は、とことん周りから甘やかされて育った。
そのせいでお嬢様の評判はあまりにも酷く、『ロベリア家のカンナお嬢様は、自分にとって気に入らない事があれば、鞭を使って使用人を痛めつけるそうよ』、『そう言えば前に、ハルシャギク家のご子息に公衆の面前でお顔をひっぱたいたそうよ』、『ねぇねぇ知ってる? カンナ様って実は隠し子らしいのよ』などの、悪い噂ばかりが街の中を飛び交っている。
お嬢様ご自身はあまり気にしていないようだが、俺にとっては癇に障る噂話だ。
どれもが全て噂話であるわけではないが、確かにお嬢様は気に入らない事があれば使用人を呼び出し、怒声や罵声を浴びせるだけ浴びせ、後は旦那様に言って気に入らない使用人を次々と辞めさせていっている。決して鞭打ちなどしていない。
お嬢様がハルシャギク家のご子息を平手打ちしたと言う話は、噂話ではなく本当の話であるが、あれはお嬢様が悪いわけではない。
あれは…………あいつが悪い……と思う。
そして一番俺にとって苛立った話。お嬢様がロベリア家の隠し子だと? そんなわけないだろう! お嬢様はれっきとしたロベリア家のご令嬢だ。一体誰がそんなデタラメを言い出したのか、密かに探っている物の中々尻尾を掴めないでいる。
あぁ、いや、こんな話はどうでも良いんだ。
そんな悪い噂ばかりが街の中を飛び交っている中で、お嬢様がスラム街出身の孤児と関係を持っている、何て話が広まってしまえばお嬢様の立場が危うくなるかもしれない。
最悪な事になった場合、爵位を剥奪されるかロベリア家から勘当されるかして、将来路頭に迷う事になってしまうかもしれない。
お嬢様の頭はちょっとあれなので、ほんっとうに心配でならない!
もし仮にそうなってしまっても、俺は最後までお嬢様に付き従うつもりだが、お嬢様にはそんな最悪は未来を辿ってほしくないし、このまま真っ直ぐ光ある未来へ歩んで行ってもらいたい。
「ですがお嬢様、アザレア様とお友達になられたとしても、どうやって彼女の身分を隠して行くおつもりですか? 彼女がスラム街の孤児だと知れ渡れば、アザレア様を幸せにすると言うお嬢様の目的が果たされないと思いますが」
お嬢様がアザレアと関わって行くと言うのなら、まずはお嬢様と同じ位置に立たせる事が手っ取り早い。そう、アザレアをどこかの家に養子として迎えさせ、その後にお嬢様が関わりを持てば、お嬢様がスラムの孤児と関係を持っている、と言う噂は広まらないだろう。
例えアザレアの出自を探る者がいよう者ならば、この手で片付けてしまえばいい話だしな。
「ふっ……リヒト。このわたくしが何も考えないで、あなたにアザレアを探すように命じたと思っていたのですか?」
その言葉に思わず首を縦に振りそうになり頑張って堪える。
最初から何の説明もされず『アザレアを探し出せ』なんて言われれば、そう思わざるを得ないところだ。しかしお嬢様には何か考えがあっての事だったらしい。その考えが納得出来る物であれば良いけど……。
「ねぇ、リヒト。あなたは『ラナンキュラス家』の事はご存知よね?」
「はい、もちろんです。ラナンキュラス家はロベリア家と同じく爵位は公爵。お嬢様のご両親とラナンキュラス家ご夫妻は、とても仲の良い関係でしたね」
ラナンキュラス家――王家を支えている三つある公爵家の一つで、代々才能ある者たちを数多く排出してきた家系であり、今は『ユリウス・ヴァイス・ド・アウラ・ラナンキュラス』様が当主だ。
あ、今名前が長いなと思いませんでしたか? 普段ユリウス様はご自身を『ユリウス・ラナンキュラス』と名乗っていて、理由は『名前が長すぎるせいで舌を噛んでしまったから』らしい。
普段はフルネームで名乗るのが礼儀であるものの、ロベリア家の現当主でありお嬢様のお父様である『アース・フレア・ド・アウラ・ロベリア』様が、『じゃあ俺もそうしよう』と言って便乗し、もう一つの公爵家である『エーデル家』を除くこの二つの公爵家の者たちは、自分を『アース・ロベリア』または『カンナ・ロベリア』と名乗るようになった。
さすがにそれはまずいのでは? 何て一度か二度思った事はあったが、あのお二人がお決めになった事なら、周りの者が何を言ってもどうせ聞きはしないので、俺は気にする事をやめた。
ラナンキュラスご夫妻には俺も大変お世話になった事があり、一時期『家の子にならない?』なんてユリウス様とその奥様であるカトレア様にしょっちゅう勧誘されたけど、俺はこの道を選んだ。
なぜ、ラナンキュラス家ご夫妻が俺を養子にしたいと言っていたのか、それはお二人の間に子供が居ないからだ。要するにラナンキュラス家を継ぐ跡継ぎが居ないんだ。
何も子供を作ろうとしなかったわけじゃない。ただ奥様であるカトレア様は子供が出来にくい体質だったそうで、何度も不妊治療をしたが結果は駄目に終わってしまった。
そのせいで一時期カトレア様は塞ぎ込んでしまい、外に出る事も減ってしまった。周りはラナンキュラス家の将来を心配する者達が多く、跡継ぎを生むことが出来ないカトレア様には冷たい眼差しがたくさん向けられ、酷い言葉もたくさん投げつけられた。
しかしユリウス様はそんなカトレア様に『跡継ぎなど要らぬ! 我はそなたさえ居てくれれば、後は他に何も要らぬ!』と言ってくれたそうだ。
それからカトレア様は徐々に元気を取り戻していき、今は屋敷にある庭園で色とりどりの花々を美しく育てる事を趣味として、ユリウス様と仲睦まじく生活を送っている。
俺もちょくちょく顔を出しにラナンキュラス家に言っていて、前に行った時にユリウス様から『養子を取ろうと思う』何て話を軽くされた。
「本当だったら血の繋がった我とカトレアとの子に、この跡を継いでほしい思っていた。しかしその願いは叶わない。ふん、叶わなくて良いのだ。我はカトレアさえ側に居てくれれば、後は他に何も望まぬ。しかしラナンキュラス家を絶やすわけにはいかない。だからカトレアと話し合って、養子を一人か二人取ることになったのだ」
「そうなんですね。きっとカトレア様は大喜びだったのではないですか?」
「実はそうなのだ。カトレアときたらとても愛らしく嬉しそうに笑ってな。涙を浮かべながら喜んでおった。彼女は例え血の繋がりのない子であったとしても、精一杯自分たちの愛を注ぎ込みたいと言っておった。当然、我も同じ気持ちだ」
その話を聞いて自然を俺も軽い笑みを浮かべていた。
お二人はずっと子供がほしかった。もし俺がラナンキュラス家の養子として迎え入れられていたら、また今と違った未来が待っていたのかもしれないな。
「と言うことで、リヒト。お前にこの話をしたのは、我らはいつでもお前の事を養子として引き取る用意が整っていると言う意味もなるからな。いつ養子になってくれたって構わなぬ」
「だから俺は養子になるつもりはありません。俺は『リヒト・ルドベキア』として、一生お嬢様にお使えすると決めたんですから」
相変わらずの断りの言葉に、ユリウス様は苦笑するとどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。こんなやり取りもう何十回目にもなるが、何故か一度も嫌だと思った事はないんだ。
そんな少し前のやり取りを思い出していた時、俺は嫌な予想が頭の中を過ぎった。
「――っ! ま、まさかお嬢様!」
「そう、そのまさかよ」
「いや! 待って下さい! さすがにそれは!」
俺の予想が正しければ、お嬢様はアザレアをラナンキュラス家の養子にさせるつもりだ。
「アザレアをラナンキュラス家の養子として迎え入れさせるのよ! そうれば彼女がスラム街の孤児だと知られずに済むし、彼女とわたくしの立場は同じになります」
「で、ですがお嬢様! 相手はあの孤児です! 一体どうやってご夫妻と対面させると言うんですか?! それに上手く行ったとして、ご夫妻にアザレア様がスラム街の孤児だったと知られたらどうするんですか!」
乱れた息を整えつつ、お嬢様の言葉を待った。しかしお嬢様はキョトンとした表情を浮かべると目を瞬かせた。
そして――
「別にバレても大丈夫じゃないかしら?」
「は………………はぁぁぁl?!」
お嬢様のその言葉に俺はびっくりして声を上げた。